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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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死んでも終わりじゃないけど……

 ゲームの用語には『デスペナルティ』というものがある。


 操作するキャラクターが死んでしまった時に受ける罰則のことで、所持金が減る、経験値が減る、持っているアイテムをその場にぶちまけてしまう……などが、例として上げられる。


 このゲームでも教会で復活した時に蘇生料を取られるが、それがまさに『デスペナルティ』だ。


 『デスペナ』と略されることもある。



「なにそのタマゴ?」


 合流したナナミは、ノゾムが抱えるタマゴを見て目をしばたかせた。

 見た目はラルドが持っていたタマゴにそっくりだ。しかし、ラルドのタマゴは孵っている。


 カイザー・フェニほにゃららと名付けられた赤い鳥のヒナは、ピィピィと甲高い声で鳴きながら逃げるグラシオを追っていた。

 生まれたてで、この行動力はいったい何なんだ。


「ちょっと、カイザー……なんとか! 炎を出すのはやめなさい! グラシオが嫌がってるでしょ!」

「グラシオは氷属性だもんな〜。あとナナミ、『なんとか』じゃなくて、フェニッチャモスケだぞ」

「長いのよ!」


 こんなに長くて意味の分からない名前になるくらいなら、まだ最初の『カイザーフェニックス』のほうがシンプルで良かった気がする。


「カイザー・フェニッチャモスケ!」と声をかけるラルドにピィピィと返事をするヒナは、やっぱり絶対、それが自分の名前だとは認識していない。


「ロウはどうしたの?」


 ナナミは続けてノゾムに問いかけた。ノゾムは眉を寄せて俯く。タマゴを抱きしめる力が、強くなる。


「ノゾム……?」


 ただごとではなさそうな様子に、ナナミの眉も自然と寄った。

 しばらくの沈黙のあと、ノゾムは絞り出すように告げた。


「ロウは……アルベルトに……」


 それだけで、理解するには充分だった。ナナミは目を見開き、思わず口を手で覆った。


 プレイヤーは戦闘不能になると教会へ飛ばされる。けれど、そういえば、テイムモンスターの場合はどうなるのだろう?


 ナナミはそんなこと考えたこともなかった。


「教会には……」

「……」


 ノゾムは力なく首を横に振る。教会にはいなかった、ということだ。

 ナナミは青ざめた。


 カイザーに追いつかれたグラシオは、疲れてしまったのかぐったりと横になる。

 カイザーはそんなグラシオにすり寄って、ピィピィ鳴いた。


 モンスターをこんなにも愛らしく作って、仲間にするのをとても大変にしておいて、なのに、戦闘不能になったら……。



 ……消える?



「運営には、血も涙もないって言うの……?」


 ノゾムはタマゴに額を押し付けた。グスッと鼻が鳴る。

 誰だ、こんなふざけた仕様にした奴は。アガトか。あのモンスターに偏愛を注ぐ変態か。


 テイムモンスターを死なせてしまったペナルティだとでも言うのか!


「え? ていうか、そのタマゴがロウなんじゃねぇの?」


 不思議そうに首をかしげながら、ラルドが口を挟む。

 ノゾムとナナミは固まった。ほぼ同じタイミングで、ゆっくりとラルドを振り返る。


 ノゾムは今にも泣きべそをかきそうな顔で。ナナミは、今にもルージュの城に乗り込んで、アガトの首を絞めそうな顔をして。


「だってさっき、ショタじじいが言ってたじゃん。『生まれ直し』だって。テイムモンスターは、やられたら教会に行くんじゃなくて、タマゴに戻っちゃうんじゃねぇの?」

「「……」」


 ノゾムとナナミは、再びタマゴを見た。


 どこからともなく唐突に現れたタマゴ。なるほど、ラルドの説が正しいのであれば、筋は通る。


「……狼は哺乳類だよ?」

「いや知ってっけど。モンスターはみんなタマゴから生まれるんじゃねぇの?」

「そうなのかな……」

「それなら、ロウのステータスを見てみろよ。『死ぬと消える』なら、ステータスだって消えているはずだろ?」

「あ」


 そういえばそうだ。消えてしまったテイムモンスターのステータスが残る理由などない。

 ナナミが慌てて言った。


「ノゾム、見てみなさいよ」

「う、うん……」


 ノゾムは恐る恐る、メニュー画面を操作する。そういえば、ノゾムがステータス画面を見ている姿はあまり見たことがないなと、ラルドは思った。


 ステータスを見ても、実際にどのくらい強くなっているのか分からないからだという。数値の変動に興味がないのだろう。


 現れた半透明の板を見つめるノゾムの青い目が、徐々に見開かれていった。


「…………あった……」


 ナナミは隣から画面を覗き込む。そこに、ロウのステータスは存在していた。


 レベルは1。攻撃力や防御力は、どれも初期のもの。もともとこうだったわけではないだろう。だってロウはそれなりに強かった。あの強さでレベルが1だったわけがない。


 ゲーム用語には『デスペナルティ』というものがある。


 操作するキャラクターが死んでしまった時に受ける罰則のことで、おそらくこれが、テイムモンスターを死なせてしまった【テイマー】が受ける罰なのだ。


 テイムモンスターの生まれ直し。

 すなわち、能力の初期化。


「……消えてしまうよりはいいけど、これも充分厳しいわね」


 ナナミは苦々しく吐き捨てる。

 いくら時間をかけて育てても、死なせてしまったらすべてが無駄になるのだ。

 厳しいと感じるのは当然だろう。


 ラルドはうんうん頷いて同意した。


「本当にな。デスペナが厳しすぎると、やる気も削がれるしな〜」


 だけど、と。

 ノゾムをちらりと見て、ラルドは続ける。


「だから『死なせるわけにはいかねぇ』って思うんじゃねぇの?」



 死んでも終わりじゃない。

 これはゲームだから。


 だけど、だからといって、『死』を軽いものとして扱うことは出来ない。それが運営側の方針なのだろう。


 ノゾムはタマゴを抱きしめてうずくまった。肩が震えている。泣いているのかもしれない。

 何度も漏れ聞こえてくる言葉は、「ごめん」と、「良かった」の2つだけだ。


 ナナミはぎゅうっと眉を寄せた。


「それでもやっぱり、あの王様は殴りたいわ」

「お前って結構過激だよな」


 でも嫌いじゃねぇわ、とラルドはケラケラ笑う。

 ナナミは思わず、そんなラルドの脇腹を殴ってしまった。




 ***




 見えないワイヤーに足を取られて転倒する。倒れたそこにはまた落とし穴があって、踏みつけた瞬間に穴の中にあった爆弾が破裂する。


 壁に手を付けば竹槍が飛び出てきて、致命傷というわけではないけれど、地味にHPを削ってくる。


 激マズのポーションを飲んで回復するが、この味はそう何度も味わいたいものではない。仮想現実の世界であっても、舌と精神に思いっきり悪影響がある。


「くそ、あの弓使いめ……どれだけ罠を張っているんだ!!」


 アルベルトは、自分を倒そうとするPKKたちを何人も屠ってきた。その連中の人数も顔も記憶してはいないが、それでも己の強さを驕れるくらいには倒してきたはずだ。


 中にはアルベルトより明らかにレベルの高い奴もいた。広範囲に強力な魔法を放つ奴もいた。

 それでもアルベルトが勝ち続けて来られたのは、アルベルトが手段を選ばない『奇襲特化型』のプレイヤーだからだ。


 相手のレベルがいくら高かろうとも、首を切りさえすれば即死させられる。


 どれだけ強力な魔法を使ってこようとも、鉱山の中には隠れる場所も多く、攻撃が途切れたところへ『隠密』で近付いて首を切れば、これまた即死だ。


 不利な状況であるなら一度撤退し、機会を窺えばいい。


 簡単だ。簡単だった。


 恨むなら、首を切られたら即死という仕様を作った運営を恨めばいい。


 そう思っていた。


(罠に囲まれるだけで、これほど動きにくくなるとは……。まさかあんな奴が、俺にとっての天敵になろうとは……!)


 こんなことなら、離れたところから攻撃するスキルを1つくらい取得しておくべきだった。

 遠距離攻撃は命中させるのが難しいからと避けていたことが、アダになった。


(どうする? どう戦う? どうすればアイツらを殺せる?)


 考える。考える。考える。罠にかかりながら、無様に転がりながら、それでも必死に考え続ける。


 罠は鉱山の全域に張ったんだろうか。罠の張っていないエリアはないのか。そこに奴らを誘導する方法はないか。


(考えろ、考えろ!)


 その時、目の前にオレンジ色が飛び込んできた。


「!!?」


 間一髪。少しでも位置がずれていたら、それはアルベルトに直撃していた。


 オレンジ色は、そいつの髪の色だ。

 長く伸ばした髪を後ろで束ねて、馬の尾のように揺らしている。


「む? 外したか……」


 アルベルトは混乱した。彼は今『隠密』で姿を隠している。なのに、どうして居場所が分かった?


 慎重に距離を取る。ワイヤーに体が触れた。見えないのが本当に厄介だ。


「むむぅ……。近くにいることは確かなんじゃがなぁ……」


 オレンジ頭の少年はそうボヤきながら、右足を高く上げた。そのまま勢いよく下ろし、足の裏を地面に強く叩き付ける。


 信じられない光景だった。

 足を叩きつけた瞬間、地面が派手に弾けたのだ。


(はあああ!?)


 それと同時に、地面に埋まっていた爆弾が次々に爆発する。アルベルトの近くにあったものもだ。

 アルベルトは体を丸めて地面に転がる。もはや何度転がったか分からない。このまま眠れたらいいのに……


「そこか!」


 そうは問屋が卸さない。地面を割った足がアルベルトを襲う。背中を踏みつける。

 ここが現実世界なら、確実に背骨がイッただろう。ゲームの世界においても、かなりの大ダメージだ。


 アルベルトはまた死んだ。けれども『身代わり人形』のおかげですぐに復活する。


 ふざけるなよ。『身代わり人形』はそこそこ値が張るから沢山は買えないんだ。

 さっきと今で、アルベルトの持つ『身代わり人形』は使い切ってしまった。


「まだ戦闘不能になっておらんようじゃの。良いわ良いわ、そのほうが長く戦えるからのう」


 アルベルトの背中に乗った少年は、その姿に似合わぬ口調で楽しげに言う。


 アルベルトはイラッとした。


「ふざけるな! お前、運営の人間だろう!? なんでプレイヤー間の問題に手を出す!?」


 プレイヤー同士で揉め事があった場合、運営は介入しない。最初の案内の時に、案内役の天使はそう言っていたはずだ。


 PKに関しても、PKKを推奨しているくらいだから、介入してこないはずじゃないのか?


「お主は殺し過ぎたのじゃよ。あれだけ通報が入れば、運営としても動かぬわけにはいかん」

「……」

「まあ、それとは別に……」


 にっこりと、フォイーユモルトは無邪気に笑った。


「わしは強いPKと戦いたいんじゃ!!」

「……」


 アルベルトは意識が遠くなるのを感じた。ああ、マジでこのまま眠れないかな……。


 こんな戦闘狂の相手をするなんて、心底いやだ。

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