死んでも終わりじゃないけど……
ゲームの用語には『デスペナルティ』というものがある。
操作するキャラクターが死んでしまった時に受ける罰則のことで、所持金が減る、経験値が減る、持っているアイテムをその場にぶちまけてしまう……などが、例として上げられる。
このゲームでも教会で復活した時に蘇生料を取られるが、それがまさに『デスペナルティ』だ。
『デスペナ』と略されることもある。
「なにそのタマゴ?」
合流したナナミは、ノゾムが抱えるタマゴを見て目をしばたかせた。
見た目はラルドが持っていたタマゴにそっくりだ。しかし、ラルドのタマゴは孵っている。
カイザー・フェニほにゃららと名付けられた赤い鳥のヒナは、ピィピィと甲高い声で鳴きながら逃げるグラシオを追っていた。
生まれたてで、この行動力はいったい何なんだ。
「ちょっと、カイザー……なんとか! 炎を出すのはやめなさい! グラシオが嫌がってるでしょ!」
「グラシオは氷属性だもんな〜。あとナナミ、『なんとか』じゃなくて、フェニッチャモスケだぞ」
「長いのよ!」
こんなに長くて意味の分からない名前になるくらいなら、まだ最初の『カイザーフェニックス』のほうがシンプルで良かった気がする。
「カイザー・フェニッチャモスケ!」と声をかけるラルドにピィピィと返事をするヒナは、やっぱり絶対、それが自分の名前だとは認識していない。
「ロウはどうしたの?」
ナナミは続けてノゾムに問いかけた。ノゾムは眉を寄せて俯く。タマゴを抱きしめる力が、強くなる。
「ノゾム……?」
ただごとではなさそうな様子に、ナナミの眉も自然と寄った。
しばらくの沈黙のあと、ノゾムは絞り出すように告げた。
「ロウは……アルベルトに……」
それだけで、理解するには充分だった。ナナミは目を見開き、思わず口を手で覆った。
プレイヤーは戦闘不能になると教会へ飛ばされる。けれど、そういえば、テイムモンスターの場合はどうなるのだろう?
ナナミはそんなこと考えたこともなかった。
「教会には……」
「……」
ノゾムは力なく首を横に振る。教会にはいなかった、ということだ。
ナナミは青ざめた。
カイザーに追いつかれたグラシオは、疲れてしまったのかぐったりと横になる。
カイザーはそんなグラシオにすり寄って、ピィピィ鳴いた。
モンスターをこんなにも愛らしく作って、仲間にするのをとても大変にしておいて、なのに、戦闘不能になったら……。
……消える?
「運営には、血も涙もないって言うの……?」
ノゾムはタマゴに額を押し付けた。グスッと鼻が鳴る。
誰だ、こんなふざけた仕様にした奴は。アガトか。あのモンスターに偏愛を注ぐ変態か。
テイムモンスターを死なせてしまったペナルティだとでも言うのか!
「え? ていうか、そのタマゴがロウなんじゃねぇの?」
不思議そうに首をかしげながら、ラルドが口を挟む。
ノゾムとナナミは固まった。ほぼ同じタイミングで、ゆっくりとラルドを振り返る。
ノゾムは今にも泣きべそをかきそうな顔で。ナナミは、今にもルージュの城に乗り込んで、アガトの首を絞めそうな顔をして。
「だってさっき、ショタじじいが言ってたじゃん。『生まれ直し』だって。テイムモンスターは、やられたら教会に行くんじゃなくて、タマゴに戻っちゃうんじゃねぇの?」
「「……」」
ノゾムとナナミは、再びタマゴを見た。
どこからともなく唐突に現れたタマゴ。なるほど、ラルドの説が正しいのであれば、筋は通る。
「……狼は哺乳類だよ?」
「いや知ってっけど。モンスターはみんなタマゴから生まれるんじゃねぇの?」
「そうなのかな……」
「それなら、ロウのステータスを見てみろよ。『死ぬと消える』なら、ステータスだって消えているはずだろ?」
「あ」
そういえばそうだ。消えてしまったテイムモンスターのステータスが残る理由などない。
ナナミが慌てて言った。
「ノゾム、見てみなさいよ」
「う、うん……」
ノゾムは恐る恐る、メニュー画面を操作する。そういえば、ノゾムがステータス画面を見ている姿はあまり見たことがないなと、ラルドは思った。
ステータスを見ても、実際にどのくらい強くなっているのか分からないからだという。数値の変動に興味がないのだろう。
現れた半透明の板を見つめるノゾムの青い目が、徐々に見開かれていった。
「…………あった……」
ナナミは隣から画面を覗き込む。そこに、ロウのステータスは存在していた。
レベルは1。攻撃力や防御力は、どれも初期のもの。もともとこうだったわけではないだろう。だってロウはそれなりに強かった。あの強さでレベルが1だったわけがない。
ゲーム用語には『デスペナルティ』というものがある。
操作するキャラクターが死んでしまった時に受ける罰則のことで、おそらくこれが、テイムモンスターを死なせてしまった【テイマー】が受ける罰なのだ。
テイムモンスターの生まれ直し。
すなわち、能力の初期化。
「……消えてしまうよりはいいけど、これも充分厳しいわね」
ナナミは苦々しく吐き捨てる。
いくら時間をかけて育てても、死なせてしまったらすべてが無駄になるのだ。
厳しいと感じるのは当然だろう。
ラルドはうんうん頷いて同意した。
「本当にな。デスペナが厳しすぎると、やる気も削がれるしな〜」
だけど、と。
ノゾムをちらりと見て、ラルドは続ける。
「だから『死なせるわけにはいかねぇ』って思うんじゃねぇの?」
死んでも終わりじゃない。
これはゲームだから。
だけど、だからといって、『死』を軽いものとして扱うことは出来ない。それが運営側の方針なのだろう。
ノゾムはタマゴを抱きしめてうずくまった。肩が震えている。泣いているのかもしれない。
何度も漏れ聞こえてくる言葉は、「ごめん」と、「良かった」の2つだけだ。
ナナミはぎゅうっと眉を寄せた。
「それでもやっぱり、あの王様は殴りたいわ」
「お前って結構過激だよな」
でも嫌いじゃねぇわ、とラルドはケラケラ笑う。
ナナミは思わず、そんなラルドの脇腹を殴ってしまった。
***
見えないワイヤーに足を取られて転倒する。倒れたそこにはまた落とし穴があって、踏みつけた瞬間に穴の中にあった爆弾が破裂する。
壁に手を付けば竹槍が飛び出てきて、致命傷というわけではないけれど、地味にHPを削ってくる。
激マズのポーションを飲んで回復するが、この味はそう何度も味わいたいものではない。仮想現実の世界であっても、舌と精神に思いっきり悪影響がある。
「くそ、あの弓使いめ……どれだけ罠を張っているんだ!!」
アルベルトは、自分を倒そうとするPKKたちを何人も屠ってきた。その連中の人数も顔も記憶してはいないが、それでも己の強さを驕れるくらいには倒してきたはずだ。
中にはアルベルトより明らかにレベルの高い奴もいた。広範囲に強力な魔法を放つ奴もいた。
それでもアルベルトが勝ち続けて来られたのは、アルベルトが手段を選ばない『奇襲特化型』のプレイヤーだからだ。
相手のレベルがいくら高かろうとも、首を切りさえすれば即死させられる。
どれだけ強力な魔法を使ってこようとも、鉱山の中には隠れる場所も多く、攻撃が途切れたところへ『隠密』で近付いて首を切れば、これまた即死だ。
不利な状況であるなら一度撤退し、機会を窺えばいい。
簡単だ。簡単だった。
恨むなら、首を切られたら即死という仕様を作った運営を恨めばいい。
そう思っていた。
(罠に囲まれるだけで、これほど動きにくくなるとは……。まさかあんな奴が、俺にとっての天敵になろうとは……!)
こんなことなら、離れたところから攻撃するスキルを1つくらい取得しておくべきだった。
遠距離攻撃は命中させるのが難しいからと避けていたことが、アダになった。
(どうする? どう戦う? どうすればアイツらを殺せる?)
考える。考える。考える。罠にかかりながら、無様に転がりながら、それでも必死に考え続ける。
罠は鉱山の全域に張ったんだろうか。罠の張っていないエリアはないのか。そこに奴らを誘導する方法はないか。
(考えろ、考えろ!)
その時、目の前にオレンジ色が飛び込んできた。
「!!?」
間一髪。少しでも位置がずれていたら、それはアルベルトに直撃していた。
オレンジ色は、そいつの髪の色だ。
長く伸ばした髪を後ろで束ねて、馬の尾のように揺らしている。
「む? 外したか……」
アルベルトは混乱した。彼は今『隠密』で姿を隠している。なのに、どうして居場所が分かった?
慎重に距離を取る。ワイヤーに体が触れた。見えないのが本当に厄介だ。
「むむぅ……。近くにいることは確かなんじゃがなぁ……」
オレンジ頭の少年はそうボヤきながら、右足を高く上げた。そのまま勢いよく下ろし、足の裏を地面に強く叩き付ける。
信じられない光景だった。
足を叩きつけた瞬間、地面が派手に弾けたのだ。
(はあああ!?)
それと同時に、地面に埋まっていた爆弾が次々に爆発する。アルベルトの近くにあったものもだ。
アルベルトは体を丸めて地面に転がる。もはや何度転がったか分からない。このまま眠れたらいいのに……
「そこか!」
そうは問屋が卸さない。地面を割った足がアルベルトを襲う。背中を踏みつける。
ここが現実世界なら、確実に背骨がイッただろう。ゲームの世界においても、かなりの大ダメージだ。
アルベルトはまた死んだ。けれども『身代わり人形』のおかげですぐに復活する。
ふざけるなよ。『身代わり人形』はそこそこ値が張るから沢山は買えないんだ。
さっきと今で、アルベルトの持つ『身代わり人形』は使い切ってしまった。
「まだ戦闘不能になっておらんようじゃの。良いわ良いわ、そのほうが長く戦えるからのう」
アルベルトの背中に乗った少年は、その姿に似合わぬ口調で楽しげに言う。
アルベルトはイラッとした。
「ふざけるな! お前、運営の人間だろう!? なんでプレイヤー間の問題に手を出す!?」
プレイヤー同士で揉め事があった場合、運営は介入しない。最初の案内の時に、案内役の天使はそう言っていたはずだ。
PKに関しても、PKKを推奨しているくらいだから、介入してこないはずじゃないのか?
「お主は殺し過ぎたのじゃよ。あれだけ通報が入れば、運営としても動かぬわけにはいかん」
「……」
「まあ、それとは別に……」
にっこりと、フォイーユモルトは無邪気に笑った。
「わしは強いPKと戦いたいんじゃ!!」
「……」
アルベルトは意識が遠くなるのを感じた。ああ、マジでこのまま眠れないかな……。
こんな戦闘狂の相手をするなんて、心底いやだ。