スタンド・バイ・ミー
「悪いな、オレがトドメを刺しちまって」
「いや、それはどうでもいいんだけど」
「あー、うん。お前ってそういうやつだよな」
最後のいいところを取られたら、普通は悔しく思うものなんじゃないかとラルドは言う。
普通はそうかもしれないが、今のノゾムにとって、大切なのはそこじゃない。
倒れたアルベルトを見る。ちゃんと戦闘不能になっているようだ。このまま放っておけば、アルベルトの体は勝手に教会へ飛んでいくだろう。
『テイムモンスターは倒されたら復活しない』なんてのは、【テイマー】でもないアルベルトが出した、ただの推測に過ぎない。
そんなことが、あっていいはずがない。
「ラルド、オレ、ちょっとクルヴェットに行ってくる」
「は?」
ラルドは目を点にした。
「クルヴェットって、ルージュの? 戻るの? なんで?」
「ロウを探しに行く」
「え、話が見えねぇんだけど」
ロウとは鉱山ではぐれたんじゃねぇの? と首をかしげて問いかけてくるラルドには答えずに、ノゾムは左腕のリングをいじる。出てきたのはアイテムボックスの一覧だ。
クルヴェットまではかなり遠いが、ノゾムたちはルージュに家を持っている。
全然、まったく、アイテムの保管にしか使ってないような家だけど、玄関には『転送陣』というものを貼っていて、いつでもどこからでも帰宅できるようになっているのだ。
移動する前に手持ちの『ミニ転送陣』をその辺に貼っておけば、再びここに戻って冒険を再開することも出来る。
全然、まったく、ちっとも使っていないが、非常に役に立つアイテムなのである。
ノゾムはアイテムボックスから『ミニ転送陣』を取り出そうとして……ふと、その手を止めた。
一覧の中に、入れた覚えのないものが入っていたからだ。
「タマゴ……?」
アイテム覧の一番最後に書かれた名前は『大きなタマゴ』。
ノゾムは眉間にしわを刻んでラルドを見た。
「ラルド、勝手に俺のボックスにタマゴを入れたの?」
「そんなことしねぇよ。つーか、オレのタマゴは孵ったし!」
「そうなの?」
「その名も! カイザー・フェニッチャモスケ!」
「カイ……フェ……?」
どうしてそんな長い名前をつけたのかは謎である。
しかしラルドのタマゴじゃないとすると、このタマゴはどこから入り込んできたのだろう?
ノゾムは不思議に思いつつ、試しにタマゴを取り出してみた。
バスケットボールくらいのサイズのそれは、ラルドが抱えていたタマゴに、よく似ている。
ラルドがタマゴをしげしげと見て言った。
「これもモンスターのタマゴじゃねぇか?」
「モンスターの……?」
ノゾムはいっそう困惑した。
タマゴはとても温かくて、微かな鼓動も感じる。なんだか今にも生まれてきそうだ。
何故だろう。まったく見覚えのないタマゴなのに、じわじわと胸に温かなものが満ちていく。
――この子に会いたくて仕方がなかった。
何故だかノゾムは、そう感じていた。
「……あっ!? アルベルトがいねぇ!!」
ラルドの声にハッとする。
慌ててアルベルトが倒れていた場所を見ると、確かにそこにアルベルトの姿はなかった。
どうして? 戦闘不能になっていたんじゃないのか?
「そうか……あいつ、『身代わり人形』を持ってたんだよ!」
戦闘不能を一度だけ肩代わりしてくれる『身代わり人形』。
エカルラート山のふもとにある村で売られていた。
ノゾムも以前は持っていたが、エカルラート山の怪鳥との戦いで使い切ってしまったので、今は持っていない。
どうしよう。追うか?
ノゾムとしては、やられた分はやり返した気がするし、何より今はこのタマゴのほうが気になる。ロウも探さなくちゃだし。
だがあの厄介なプレイヤーキラーを放置しておくのも、いかがなものだろう。放っておけば、彼はまた理不尽な理由で他のプレイヤーを襲うに違いない。
実際、アルベルトのせいで鉱山に入れず、困っているプレイヤーもいるわけだし……。
「あやつのことは、わしに任せよ」
ふいにフォルトが話に割り込んできた。
いつの間にかすぐ近くに立っていたフォルトは、にっこりと微笑んでノゾムが抱えているタマゴを見つめている。
「お主はそのタマゴを抱いておけ。確か生まれ直しの場合は、孵化に時間はかからぬはずじゃ」
ノゾムは眉を寄せた。
「生まれ……なおし……?」
生まれ直しって、何だ。
このタマゴは、いったい何なんだ。
疑問で頭がいっぱいになる。
けれども、ノゾムはより強く、タマゴを抱きしめた。
遠くで爆発音が鳴る。たぶんアルベルトがノゾムの仕掛けた罠に引っかかったのだろう。
フォルトは「ではまた後で」と言い残して、音が聞こえたほうへ駆けていった。
タマゴが温かい。
「どうする、ノゾム?」
ラルドが問いかけてくる。
「……。ナナミさんはどこにいるんだろ?」
「あっちで待ってるぜ。グラシオと、カイザー・フェニッチャモスケと一緒にな」
「チャモスケ」
その名前の由来は何なんだろう。
ノゾムは、あえて聞かないことにした。