再戦・プレイヤーキラーⅡ
(はぐれたのではなかったのか)
ノゾムとアルベルトのやり取りを聞いて、フォルトは目を瞬かせた。
どうやらノゾムは一度アルベルトに殺されていたらしい。その際、彼のテイムモンスターもやられてしまったようだ。
戦闘不能に陥ったプレイヤーは、『身代わり人形』を持っていなかったり、近くに蘇生してくれる仲間がいない場合、最後に訪れた町や村の教会へと強制的に戻される。
その際にテイムモンスターは一緒に復活したりしない。
どうやらノゾムは気付いていないようだった。
教えたほうがいいのかな、とフォルトはちょっと考えて、まあ後で良いかと結論付けた。
(教えないほうが面白そうだし)
部下が聞いていたら「この陰険ショタじじい!!」と喚いたことだろう。
いやいやアガトには負けると、フォルトは思う。
「本当に悪かった。俺も知らなかったんだ。……だがまあ、それはそれ、これはこれだ。俺の眠りを妨げる奴は等しく死ね」
アルベルトは短刀の切っ先をノゾムに向けて、そう吐き捨てた。
大事にしていたらしいテイムモンスターを失ったこと。それが自分が殺したせいだということに、多少の同情や罪悪感は湧くけれど、やはりそれ以上にアルベルトは眠たかったのだ。
睡眠の邪魔をしやがったコイツの、自業自得ではないかとも思っていた。
アルベルトは自分が姿を消して寝ていたことなど忘れていた。
ノゾムは茫然としていた。テイムモンスターは復活しない、という言葉が何度も頭の中で繰り返される。
アルベルトの自分を棚上げにした暴言など耳に届いていなかった。
「嘘だ……」
復活しないだなんて。もう会えないだなんて。信じられない。信じたくない。
きっとどこかにいる。
この鉱山のどこかに。
町のどこかに。
クルヴェットの森の、どこかに。
「嘘だあああああああああああああッ!!!」
ノゾムは矢を放つ。真正面から放たれた矢。避けるのは簡単だ。
アルベルトはそれを避けて、一気にノゾムとの距離を詰める。短刀を振る。
あの時と同じように、アルベルトの短刀はノゾムの首を狙った。
あの時と違うのは、そこでノゾムがふいに左腕のリングを弄ったこと。
ノゾムの体が何かに引っ張られる。短刀は空振りする。
「なに!?」
アルベルトは瞠目した。空振ったせいで、体が前によろめく。踏み出した足が、地面に沈んだ。
落とし穴だ。
カチリと何か音がする。
瞬間、足元が弾け飛んだ。
***
洞窟内に響く爆発音に、ナナミとラルドはハッとした。
場所はここから近い。爆発の振動で、壁の土がパラパラと砂を落とす。
「何? もしかして、ノゾムかしら?」
「オレが見てくる。カイザー・フェニッチャモスケを頼んだ!」
「なんで合体したの」
ヒナの名前はカイザー・フェニほにゃららで決定したらしい。ヒナは「ピィピィ」と返事をしているが、決して自分の名前が気に入ったからではないだろう。
ヒナをナナミに預けたラルドは単身で爆発音が聞こえた……アルベルトが逃げ込んだ休憩所へ向かった。
そこにいたのは、オレンジ色の長い髪を後ろで束ねた、一見無害そうな小柄な少年であった。
「なんじゃ、お主は?」
「お前こそ誰だ?」
鉱山に自分たち以外のプレイヤーがいるとは思っていなかったラルドは、首をかしげて問いかける。
少年はフォイーユモルトと名乗った。
「ほいーる……」
「長いからフォルトで良いぞ」
「分かった、フォルト。オレはラルド・ネイ・ヴォルクテットだ。ラルドと呼んでくれ」
「……お主も長ったるい名前を付けたのぅ」
まあいいやと、お互い「よろしく」と挨拶を交わす。
ラルドはさっそく本題に入った。
「今の爆発音は、お前か?」
休憩所の中には煙が上がっている。アルベルトが使う『スモーク』の煙ではない。爆発が原因で起きたのだろう土煙だ。
ラルドが入ってきたほうではない、もう1つの入口の前には穴がある。たぶん、落とし穴の痕跡だ。
ノゾムの仕業かなぁと思ったのだけど、ここにノゾムの姿はなかった。
「わしは何もしとらんぞ」
「じゃあ、やっぱりノゾムか?」
「お主、ノゾム少年を知っておるのか?」
「マブダチだぜ!」
「なんと」
フォルトは大きな目をさらに大きく見開いた。口調がやけに古めかしい。見た目と違って中身は老人なのか、それともこういうキャラを作っているだけなのか。
(ショタじじいより、ロリばばあの方が好きなんだけどなぁ)
ラルドはそんなどうでもいいことを思いながら、フォルトの話の続きを待った。
「先ほどの爆発は、察しのとおり、ノゾム少年が仕掛けた罠にプレイヤーキラーの青年がかかったのじゃ」
「おお、やっぱり!」
「今はあちらで戦っておるよ」
あちら、と言ってフォルトが指差したのは落とし穴の向こう側だ。
ラルドはさっそくそこへ向かった。落とし穴の向こうの通路にも、たくさんのワイヤーが張り巡らされている。
ノゾムはいつの間にか、アルベルトを完全包囲していたらしい。
(やるじゃないか!)
ラルドは心の中で親指を立てた。
ノゾムは狙ってそれをやっていたわけではないが、まあ、結果オーライというやつである。
通路の中で、ノゾムはワイヤーを使って宙に浮いていた。浮いている状態で弓を使うのは難しいらしく、代わりに魔法を使って戦っている。
【狩人】の魔法攻撃力は【戦士】のそれに比べると、わずかに高い。しかしそれでも、魔法を中心に育ててきたプレイヤーに比べると、遥かに劣る。
ノゾムは『精神統一』も使えないので、与えられるダメージも微々たるものだ。
だが罠に囲まれている状況、手の届かないところから放たれ続ける魔法は、アルベルトを確実に追い詰めているようだった。
「この卑怯者が!!」
「うるさい! 卑怯とかどうとか、もうどうでもいい! ロウを探しに行くんだ、お前は邪魔だ!!」
ノゾムは珍しく怒っているらしい。
ロウはどうしたんだろう……はぐれたのかな?
ラルドとしては、もうちょっと広い場所で戦っていてほしかったけど……。
「よっしゃあ! あとはオレに任せろ!!」
ラルドは大剣を構えて参入した。抱えていたタマゴが孵ったので、久しぶりに両手で柄を握り、全力で振れる。
突然現れたラルドを見てノゾムは目を丸め、アルベルトは忌々しげに舌打ちを漏らした。
「どいつもこいつも……ッ!」
アルベルトがアイテムボックスから草を取り出す。
黄色いギザギザの草だ。
「『スモーク』!」
アルベルトが叫ぶと同時に発生したのは黄色い煙。
煙は狭い通路に充満し、ノゾムも、ラルドも、逃げる間もなく煙に包まれる。
……度重なる戦闘で草の補充もままならなかったアルベルトの手元に残っていたのは、睡眠効果のある『ユウミンカ』と、麻痺効果のある『ピリピリソウ』だけだった。
睡眠不足に悩んでいるアルベルトは、ユウミンカだけは手元に残しておきたいと考えた。
ゆえに、使ったのはピリピリソウ。
煙が出た瞬間、ノゾムは片手で口を押さえて息を止めた。これが何の効果をもたらす煙なのか、見た目だけでは分からなかったからだ。
毒の煙は緑色だったので、毒でないことだけは分かるけど……。
目を凝らす。アルベルトは、高い場所にいるノゾムではなく、大剣を振り上げたまま固まっているラルドに向かっていた。ラルドはまともに煙を吸ってしまったらしい。
ノゾムはとっさにワイヤーを踏み台にして、アルベルトに突っ込んだ。後ろからタックルを食らったアルベルトは前へ倒れ込んだ。
ラルドがニヤリと笑う。
「毒が緑なら、やっぱり麻痺は黄色だよな!」
何が「やっぱり」なのかはさっぱり分からない。が、ナナミの『エンチャント』によって麻痺に対してのみ対策を打っていたことを、ノゾムは思い出した。
振り下ろされる大剣。
態勢を崩したアルベルトは避けることも出来ずに、その身でそれを受け止めた。