再戦・プレイヤーキラー
――時間はちょっと遡る。
中央のエリアをまっすぐ進んでいたノゾムとフォルトは、アルベルトとラルドがやり合っていた、あの合流地点に到着していた。
「いないなぁ……」
ノゾムはきょろりと周囲を見渡して、落胆した声を漏らす。ここまでの道中に、アルベルトも、ロウの姿も、見かけなかった。
アルベルトはこの時ラルドたちを追いかけていたので、見かけないのは当然だったが。
「ロウとやらとは、どこではぐれたのじゃ?」
「入口に一番近い休憩所だよ」
フォルトの問いかけに答えつつ、ノゾムは「もしかして」と思いつく。やられたテイムモンスターは、もしかするとその場で復活するのかもしれない、と。
ということは、ノゾムがまず向かうべきだったのはその休憩所だった。何の準備もなくアルベルトと遭遇してしまった場所なので、ついつい避けて来てしまったが……。
「ふむ。では、右のエリアにおるのかもしれんの。ここを曲がれば、その休憩所まで行けるぞ」
「うん……」
そんなわけでノゾムたちは、アルベルトたちの後ろを知らぬうちについて行ったのだった。
かくしてその休憩所にて、ノゾムは再びアルベルトと遭遇する。
休憩所のもうひとつの出口(鉱山の入口に近いほう)のそばにうずくまって、何やら禍々しいオーラを背負うアルベルトは、ノゾムたちの登場にまったく気付いていなかった。
「ふむ。これは一撃を食らわせるチャンスじゃぞ」
フォルトはノゾムにそう囁きかけた。
「わしが注意を引きつけておくから、後ろから狙うが良い」
「後ろから? それはちょっと卑怯なんじゃ……」
「卑怯は有りじゃと言うたじゃろ? そもそも狙われている身の上で隙を見せておるあやつも悪い」
そういうものなんだろうか?
ノゾムは首をかしげたが、フォルトがさっさとアルベルトに近付いていくのを見て仕方なく覚悟を決めた。
さっさとアルベルトに一撃を食らわせて、ロウの捜索再開といこうじゃないか。
そんな感じで放った一矢。狙いはアルベルトの後頭部。ええ、死に戻りさせられた分と、ロウをやられた分の恨みは、存分に込めさせていただきましたとも。
しかし矢は狙いどおりの場所には刺さらなかった。フォルトが余計なことをアルベルトに吹き込んだからだ。
アルベルトが唐突にこちらを振り返ったために、矢は彼の頭ではなく、左肩に突き刺さった。
「くっ……!」
アルベルトがよろめく。
急所ではないので即死させることは出来なかったが、弓での攻撃は命中させるのが難しい分、威力が高い。HPは大きく削れたはずだ。
だが、ちょっと待ってほしい。
「フォルトさん……?」
隙を狙って攻撃しろと言った張本人が、なぜ後ろから攻撃されることをバラしたのか?
胡乱な目を向けるノゾムに、真面目くさった顔をしたフォルトはしゃあしゃあと言い放った。
「卑怯はいかんと思うのじゃ」
「言っていることが支離滅裂なんですが!?」
卑怯は有りだと言ったその口で何を言うのか。真偽を問おうと見つめてみるけど、フォルトはニコニコと笑っているだけ。
まさかこれは、もしや……。
「て……めぇ……ッ」
呻くように呟かれた声にハッとする。アルベルトの赤い目と視線がかち合った。目尻が凶暴に釣り上がっていて、ノゾムは蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなってしまう。
アルベルトは肩に刺さった矢を抜いた。血は出ない。ゲームの中だからだ。ゆらりと立ち上がったアルベルトの背後には、さっきよりもずっと禍々しいオーラが見える。
肌がピリピリするようなこの感覚は、たぶん、殺気ってやつだ。
平和な国で平凡な中学生をしている人間には、おそらく一生縁がないだろう類のもの。
そんなものまで感じられるなんてフルダイブVRってすごいんだなぁと、ノゾムは思わず現実逃避した。
「まさか、戻ってきていたとはな……」
アルベルトが苦々しく吐き捨てる。その口角が、わずかに持ち上がった。
手元の短刀が鈍く光る。
「また殺されたいのか?」
首元がヒヤリとした。ノゾムは冷や汗を掻きながら、弓を強く握りしめる。
(落ち着け、落ち着け)
彼我の実力の差は歴然。焦って戦えば、また死に戻りさせられる。
フォルトはわくわくした様子で見ている。手を貸してくれそうな様子はまったくない。ということは、やっぱり最初からノゾムと彼を戦わせたかったのだろう。
それが何故かなんて分からないし、知りたいとも思わないけど、なんて迷惑なやつなんだ。
右足を一歩下げる。バクバクと暴れる心臓を無理やり気力で抑え込んで、ノゾムはアルベルトを睨みつけた。
「聞きたいことがある」
アルベルトは訝しげに眉を寄せた。無言の催促。ノゾムはごくりと唾を飲み込んで、縋るように、その赤い瞳を見つめた。
「ロウを見てない?」
ノゾムの問いかけに、アルベルトの眉間にはいっそうシワが寄る。
「ロウ?」と呟くアルベルトに、ノゾムは強く頷いた。
「俺と一緒にいた狼だよ。ここに復活してないかな? 見てないかな?」
「狼……?」
犬じゃなかったのか、とアルベルトは呆けた声で呟いた。ノゾムは何とも言えなかった。
尻尾を振って寄り添ってくるロウは、確かに犬のようだったから。
「どこかで、ほら、視界の端にチラッとでも! 見てない……かな……?」
ロウが復活するのがここじゃないなら、じゃあ、どこを探せばいいのか。
あとはロウと初めて出会った、クルヴェットの森くらいしか思いつかない。
アルベルトはノゾムを見る。殺気と敵意に満ちていたはずの赤い目には、ほんのちょっとだけ憐憫が含まれているように感じた。
「それは、あー……悪かった」
悪かった? こいつ、悪かったなんて言葉を知っていたのか?
これは謝罪?
何に対する謝罪?
瞬きすらせずに硬直するノゾムを、アルベルトは眉を寄せて見据える。
「どうやら、テイムモンスターは復活しないらしいな」