ネーミングセンスをください
モンスターが極まれに落とす、大きなタマゴ。
バスケットボールよりも大きなそのタマゴは殻が異様に硬く、食用にも加工にも向いていない。
じゃあ何のためのタマゴなのかと言えば、それはもちろん孵化のためだ。プレイヤーが愛情たっぷりに抱えると、やがてモンスターの仔どもが生まれてくる。
実はモンスターのタマゴを孵すことも、【テイマー】に転職する条件を満たす手段のひとつであった。
【テイマー】の転職条件は、愛。
慈愛の心を持つこと。
タマゴの孵化は、エカルラート山の洞窟でドラゴンとひと悶着を起こすよりも達成しやすい条件だ。しかしモンスターがタマゴを落とす確率は通常のアイテムよりもかなり低く、孵化させるのにも、それなりに時間がかかる。
ドラゴンと相対するか、めちゃくちゃ時間をかけてタマゴを孵化させるか。どちらにせよ、【テイマー】になるのは大変という事実には変わりないのである。
そんなこととは露知らず、すでに【テイマー】になっているラルドは頑張ってタマゴを温めていた。ちなみに【テイマー】がタマゴを温めると、テイマー以外の人間が温めるより少しだけ早く孵化させることが出来る。
そんなわけで、今、ラルドのタマゴは硬い殻を突き破り、生まれ落ちようとしていた――……
「来た来た来たーーーーっ!!」
赤く輝くタマゴに亀裂が走る。砕けた殻がポロポロとこぼれ、中から小さなくちばしが見えてきた。
赤い体に、小さな翼。まるで寝癖のように、頭頂部の毛がぴょこんと逆立っている。
「ピィ! ピィ!」
生まれてきたのは、バレーボールくらいのサイズの赤い鳥のヒナだった。よく見ると尾羽の先っぽだけ色が黄色い。
成長するとあの怪鳥のように巨大になるのだろうか。ラルドは怪鳥の雄々しい姿を思い出し、頬を緩めた。
「名前はもう考えてるんだ!」
「へぇ、どんな?」
ナナミはおざなりに問いかけた。いつ再びアルベルトが襲いかかってくるのか気が気でないので、それも仕方のないことと言えよう。
ラルドはフフンと鼻を鳴らした。
「その名も! カイザーフェニックス!」
「カイ……」
怪鳥のヒナはピィピィ鳴く。
ナナミは何とも言えない顔をして、ドヤ顔のラルドを見た。
「カイザーって、必要?」
「フェニックスだけじゃ物足りないだろ?」
「そうかしら……」
「ピィピィ!」
なんとも壮大な名前を付けられようとしているヒナは、ただただ元気に可愛らしい声を上げている。
「ほらコイツも喜んでるし!」とラルドは主張するが、ナナミの目には何も分からず鳴いているようにしか見えない。
「ねえ、グラシオはどう思う? ……グラシオ?」
「……」
グラシオは無言のまま、カイザーフェニックス(笑)から距離を置いている。
変な名前すぎて近付きたくないのかな、と考えていると、ふいにフェニックスがクシャミをした。
くちゅん、と、なんとも可愛らしいクシャミだ。
クシャミと一緒に、小さな炎も飛び出した。
「「え……」」
グラシオはさらに距離を取る。その顔は、なんだかとても居心地が悪そうだ。
カイザーフェニックスはふるふると体を震わせ、再びピィピィと鳴き始めた。
「炎……? あの怪鳥、炎なんて使ってたっけ?」
エカルラート山の山頂で怪鳥と戦っているとき、赤く輝くその体から炎を連想することはあった。だけど、炎そのものを怪鳥が扱うことはなかった気がする。
訝しげに首をかしげるナナミに、ラルドは無言のまま、真面目な顔を向けた。
「アチャモのほうがいいかな?」
「知らないわよ」
ヒナはピィピィ鳴いている。
「くっ、こっちの名前も気に入ったというのか!」とラルドは叫んでいるが、たぶん、ヒナは名前の良し悪しなど考えていない。
「オレは、オレはいったいどうしたら……!」
「ピィピィ!」
「慰めてくれるのか……? ありがとう、ピースケ!」
「ピピピピピィッ!」
「『ピースケ』さえ気に入るというのかーっ!?」
ラルドは頭を抱えた。ナナミはやれやれと肩を落とす。
もう、勝手にやってくれたらいい。呆れたような目で1人と1匹を見ているグラシオも、どうやら同じ心境のようだ。
ラルドがどんな名前で呼んでもヒナは元気よく返事をする。
もしかしたらそれが名前であることも、認識していないのかもしれない。
そしてヒナの「ピィピィ」という鳴き声は、
(うるせぇぇぇぇぇぇぇっ!!!)
アルベルトの機嫌を確実に降下させていた。
寝不足の頭に、甲高い鳴き声はやたらと響くものである。
(あのヒヨコも殺すっ)
アルベルトは容赦がない。もともとそういう性格なのか、はたまた寝不足により理性がぶっ飛んでしまっているのかは、定かではないが。
しかし今、ぶっちゃけアルベルトは不利に立ちされている。
(風のない中でアイツらのところまでスモークを届かせるのは無理だ。遠距離からの攻撃手段を持っておくべきだったか)
攻撃を当てられるかどうかは各プレイヤーの技術による。遠距離からの攻撃はどうしても命中させるのが難しい。
アルベルトが短刀を使っているのは、それが一番軽く、扱いやすかったからだ。
間合いの広さを誇る武器を使う相手には、素早く距離を詰めれば問題ないだろうと思っていたし。
(でも殺す。アイツらは絶対に殺す)
こうなったら、罠にかかるのを覚悟で突っ込んで行くしかないか――そう考えて短刀を強く握りしめた、その時だった。
「お主が噂のPKかのぅ?」
後ろから、実に朗らかに、幼い少年の声が聞こえてきた。
慌てて短刀を構えて振り返る。そこにいたのは、リアルの世界で言うならおそらく小学生の高学年くらいの、オレンジ色の髪をした少年だった。
武器を手にするアルベルトに怯えた様子も、警戒する様子もなく、にんまりと口を猫のように緩めている。
「怖いのぅ。しかし良い殺気じゃの。ビンビン感じるぞ、ゲームの中なのに」
「……なんだ、お前」
「いやなに。ただの幼気な子供じゃよ」
「……」
確かに見た目は子供だ。だがこの世界において、見た目と中身は必ずしも一致しない。アルベルトは警戒を強める。
「良い目じゃのう。しかしお主、このゲームではPKが禁止されていると分かっていてやっておるのか?」
「禁止、ね。垢バンされるわけでなく、PKKに関してはむしろ推奨されているようでもある。やられる覚悟があればやっていい、ってことだと思っていたけど?」
「おお、そうかそうか。そこに気付いておったのか」
子供は何故か、嬉しそうに笑った。
「本当はの、そんな回りくどいことをせずに、どこででも、誰とでもPvPが出来るようにしたかったんじゃ。しかし殺伐としたゲームになるからダメだと反対されての。それでなんとか押し通せたのが、PKKの推奨と『バトルアリーナ』だったのじゃよ」
PvPというのは、プレイヤー同士の対戦という意味である。
このゲームの戦闘はプレイヤーのセンスによる部分が多く、それゆえ戦闘を苦手とするプレイヤーも多くいる。
どこででもPvPが可能になってしまえば、そういう戦闘が苦手なプレイヤーにとっては居心地が悪くなってしまうかもしれない。
まあ、格闘技の観戦を楽しむ人がいるように、自分に不利益が被らなければウェルカムだよ! というプレイヤーも、中にはいるかもしれないが……。
まあ、そんなことはどうでもいい。それよりも、この子供は奇妙なことを言っていなかったか?
「殺伐といったら、チュートリアルの国でドラゴンを普通に闊歩させようとしておったアガトも相当じゃろう。まあ、あやつのその案もボツになったがの……。そういえば、ルージュのどこかにこっそりドラゴンを配置したと聞いたが、本当じゃろうか?」
こてん、と首をかしげる子供を睨みつけながら、アルベルトの頬には、冷や汗が一筋垂れる。
アガトというのは、たしか、『はじまりの国』ルージュの王の名前だったはずだ。
「お前、まさか……」
「ところで!」
子供はなおも笑みを絶やさずに、アルベルトの言葉を遮る。
猫のように細めた瞳に、アルベルトの顔が映った。
「わしは何故、こんな話をしておるのじゃろうの?」
「は……」
知るか、と。吐き捨てたかった。
しかしいっそう笑みを深めた子供を見て、アルベルトは息を止めた。
「ヒントは、後ろじゃ」
一瞬の間。アルベルトは慌てて背後を振り返る。しかし一瞬、遅かった。
飛んできた矢は、振り返ったアルベルトの左肩を貫いた。