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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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睡眠負債はVRで解消できますか

 アルベルトはただ寝たいだけだ。


「なら現実世界で寝ろ」というツッコミは至極当然。しかし彼には、それが出来ないワケがある。


 彼にとって現実世界は、“安心して眠れる場所”ではなかった。生きるか死ぬかという危険地帯というわけではない。そんな地域に住んでいたなら、そもそもゲームなど出来やしないだろう。


 子供の頃のアルベルトは、夜が怖かった。

 耳を塞ぎ、身を丸め、ただそれ(・・)が過ぎ去るのを待つ暗闇の時間が、怖くて怖くて、仕方がなかった。


 もうその時間(・・・・)は訪れなくなったというのに、恐怖は魂に刻み込まれ、アルベルトはすっかり眠れない体になってしまった。


 『アルカンシエル』を始めたのは、単純に現実から逃げたかったからだ。


 意識をまるごとゲームの世界へダイブさせる、世界中のゲーマーが待ちに待った、新たな形のVRゲーム。


 その世界でなら……。


 この世界でなら……。




「眠れたんだ、不思議なことに」


 毒の草を燻らせながら、アルベルトは淡々と告げる。ちなみに毒草はこれが最後だ。残るは麻痺をもたらす草と、眠りをもたらす草が1つずつ。


 そう、この眠りをもたらす草。

 これがアルベルトに安眠を与えた。


「いやもう、本当に驚いた。グッスリ眠れたんだ。まあ、モンスターの一撃を受けて、あっさり目が覚めたんだけど。あれほど眠れたのは何年ぶりだろう?」

「苦労してんだなぁ、お前。じゃあ、鉱山を占拠したのって……」

「ここにはモンスターが出ないからな」

「ああ、やっぱ、そういう……」


 大剣を思い切り振って毒の煙を吹き飛ばした黄色い箒頭の男は、気の毒そうな顔をしてアルベルトを見た。現在、アルベルトはこの男と交戦中である。


 先ほどの変な弓使いと赤い犬を撃退したあと、寝場所を変えようと移動したところで遭遇した。なんだ今日は厄日か。


 今まで多くのプレイヤーを殺してきたが、こんなにも頻繁にPKKと戦う日はなかった。


 おかげで草を補充する暇もない。


「ちょっと疑問なんだけど、ゲームの中で寝たときって、どうなんの? ほら、プレイ中は肉体は寝ていても脳は動いてるから、ログアウトしたあと、ちょっとした疲労は残ってるじゃん。でも、寝た場合は……?」

「少しスッキリする」

「本当か?」

「気になるなら試してみるといい」

「そうだな。だがそれは今じゃないな」


 振り下ろされる大剣をアルベルトは身をひねって避ける。受け止めるような馬鹿はしない。アルベルトの得物は短刀だ。大剣を受け止めるなんて不可能だ。


 そのまま体をくるりと回して、箒頭の男の首を狙う。箒頭はギリ避けた。頬をかすっただけで、大したダメージはない。


 毒の煙はまだ周囲を舞っている。再び大剣で吹き飛ばす暇など与えない。休む時間も与えない。さっさと煙を吸いやがれ。


「……っ」


 箒頭の男は口を閉ざし、頬を膨らませる。大剣を巧みに操りながら、さっきまでのおしゃべりが嘘のように呼吸を止めている。


 そのまま窒息してしまえばいいのに。残念ながら、このゲームに窒息死はない。息を止めていると、なんとなく苦しいような気分にはなるけど。


(窒息死はない。けど、窒息死してしまうかもっていう恐怖はあるよな。さっさと吸い込めよ)

「〜〜〜〜っ!!」


 息を止めたまま、箒頭の動きがだんだん鈍くなってくる。毒状態にしたほうが楽なのだけど、無駄に頑張るのだから仕方ない。


 動きが完全に止まったところで仕留めよう。

 そう思ったときだった。



「グラシオ、凍える息吹!」



 突然女の声が聞こえたかと思えば、白い虎のような生き物が視界の端に現れた。


 虎のような生き物が息を吐く。冷たい。凍てつくようなその息吹は、まるで雪国に吹く氷の風だ。


 氷の風はあっという間に毒の煙を吹き飛ばした。

 箒頭が大きく息を吸い込む。


「死ぬかと思った!!」

「このゲームに窒息死はないわよ?」

「そうなのか? そうだったな。でも苦しいような気がしたんだよ」

「勘違いでしょ」

「マジで?」


 白い虎と共に現れた金髪の女は、箒頭と軽口を叩き合う。仲間がいたのか。アルベルトは舌打ちした。


 手にしていた短刀を鞘に戻す。すると、戦闘態勢に入っていたことで効果が消えていた『隠密』が再びかかり、アルベルトの姿は消えた。


「ほあっ!? 消えやがった!」

「3対1で分が悪いと思ったんでしょうね」

「状況判断がさすがかよ!」

「なんで褒めてるの?」


 とにかく、と金髪女は箒頭の耳を引っ張る。


「ここは予定どおりに……」


 ボソボソと呟かれた内容は分からなかったが、箒頭の男は浅く頷き踵を返した。女と虎がやって来たのとは別の道へ向かっていく。


 この鉱山の内部は迷路のように入り組んでいるが、大きく3つのエリアに分かれている。入口を入ってすぐのところで道が3方向に分かれ、そこから右側のエリア、左側のエリア、中央エリアに分けられているのだ。


 左右のエリアは鉱山の奥で中央エリアと合流する。今いるこの場所は、その地点だ。


(……どう考えても、罠だよな)


 箒頭と金髪女が向かったのは、右側のエリア。アルベルトがやってきた道だ。


 箒頭と遭遇したとき、アルベルトは『隠密』で姿を消していた。だから箒頭は、アルベルトがそこから出てきたことを知らなかったのだろう。


 知っていたなら、疑問に思ったはずだ。


(罠らしきものはなかったけどな)


 アルベルトは首を捻る。右側のエリアを通ってきたアルベルトは、罠になどまったくかかっていない。


 アルベルトが移動したあとに罠を設置したのかもしれないが、姿を消しているアルベルトがいつ、どこを通ったかなんて、分からないはずである。


 罠を設置する役割を担う人間が、偶然アルベルトと遭遇する可能性だってあったわけで……。


 そこまで考えて、アルベルトは思い至った。


(あの弓使いか)


 アルベルトが先に殺したあの男。彼こそが、罠を設置する役だったのではないか。弓を使っていたということは、たぶん【狩人】の『罠作成』を持っていただろうし。


 だとするなら……。


(罠はないな)


 アルベルトはそう結論付けた。あの男が死に戻りしたあとに戻ってくることなど、考えもしない。


 何故なら、アルベルトが彼を殺したときに切り裂いたのは、喉だ。こんなにリアルな世界で、首を切られ、恐怖しない人間などいない。


 アルベルトへの仕返しを考えたとしても、恐怖が体を縛り付ける。


 現に、今までアルベルトが殺してきたプレイヤーたちの中に、『アルベルトと再戦しよう』なんて奴は1人もいなかった。


 首を切られるのは怖い。

 たとえ、ゲームの中であっても。


 ここがフルダイブのVR世界だから。


(罠はない……けど、追いかけるのは面倒くさいな)


 アルベルトはただ寝たいだけだ。鉱山に他に誰かがいたとしても、静かにしてくれるのであれば、構わない。


 今まで殺してきた連中だって、カンカンカンカン煩くなければ、アルベルトだって別に殺さなかった。


(寝よう……)


 アルベルトは地べたに横になる。ひんやりとして、気持ちがいい。


 そのまま目を閉じた。





「アルベルトぉぉぉぉ!!! ちゃんとついて来てるかぁぁぁぁ!!?」





 馬鹿みたいな叫び声が響いた。


「ちょっと! 何やってんのよ!?」

「だって、ちゃんとついて来てくれないと困るじゃん!」

「だからって、あんたねぇ!」


 ぎゃんぎゃんと喚き立てる2人。洞窟内にその声は、響く、響く。


 アルベルトはむくりと起き上がった。


「よし殺そう」

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