出戻り鉱山
鉱山に戻ってきたノゾムは、とりあえず『隠密』で姿を隠した。
勢いだけで来てしまったので、何をすべきなのか分からないが、まずは当初の目的どおり、罠を張りまくることにする。
ただし、罠を張る場所は例の休憩所ではない。休憩所には、まだアルベルトがいるかもしれない。だからノゾムは、とりあえず鉱山の入口付近に山ほど罠を設置した。
(ワイヤーと、落とし穴……落とし穴の中身は爆弾でいいか。ラルドとナナミさんには味方識別をつけてるから、2人がかかることはないだろう……)
意外とおっちょこちょいなナナミはもしかすると罠にかかってしまうかもしれないが、その時は素直に謝ろうと思う。
入口からラルドたちと別れたところまでの通路も、罠でいっぱいにする。天井にはワイヤーを張り巡らせ、地面を落とし穴でいっぱいにして、壁からは竹槍が飛び出してくるようにした。
これだけ罠を張れば、アルベルトが鉱山を出るときに1つくらいは引っかかってくれるだろう。
そう考えるノゾムは、鉱山を利用する他のプレイヤーたちのことをすっかり失念してしまっていた。
「ほんぎゃあああああああっ!!!」
「!?」
入口のほうから突如聞こえてきた悲鳴。
「なんじゃこれは! 取れぬぞ! 誰かー! 誰か助けてくれーっ!」
声を聞く限りでは子供だろうか。言葉遣いがだいぶ変ではあるけれど。
ノゾムは慌てて来た道を戻った。鉱山の入口で、オレンジ色の髪の少年が赤く光るワイヤーに絡まっている。
「だ、大丈夫!?」
「むむっ! 誰かそこにおるのじゃな、姿は見えぬが! 頼む、助けてくれ! 何かに絡まって動けぬのじゃ!」
設置した罠は、罠を仕掛けた本人と、味方識別をかけた仲間にしか見ることが出来ない。見えない何かに捕まるというのはとても怖いことだろう。ノゾムは罪悪感を抱いた。
「ご、ごめんね。すぐに解――」
ノゾムはハッとした。突然黙ってしまったノゾムに、オレンジ色の髪の少年はいぶかしそうに眉を寄せる。
「どうしたのじゃ? 助けてくれんのか? おぬし、それはちょっと人としてどうかと思うぞ?」
「い、いや、助ける! 助けるよ! だけど、その……」
『罠作成』使用時に出てくるパネルには、罠を解除するボタンがついている。設置した罠をすべて消すか、選んだものだけを消すかは、選択が可能だ。
「えっと……」
ノゾムが困っている理由は、ひとつ。
「どれを解除すれば……」
ワイヤーをたくさん張りすぎて、少年が絡まっているワイヤーがどれか分からない。
「かーッ! それでは全部消せば良かろう!」
「そ、それは……」
「ハッキリせん男じゃのう! いまだに姿も見せぬし……ああ、そうじゃ。それならわしにマーキングをかけてくれ。糸が見えさえすれば、自力で抜け出せよう。わしの名前は『フォイーユモルト』じゃ。ほれ、ちょちょいとかけてくれ」
「え、あ、うん」
言われたとおりにメニュー画面を弄って、彼に味方識別をかける。
ついでに『隠密』も解除した。「いまだに姿も見せぬし……」と言われて、アルベルトに指摘されたことを思い出してしまったのだ。
(別に、うっかり解除するのを忘れてただけだし……)
決して、姿を見せるのが嫌だったとか、姿を隠したまま悪いことをしようとしたわけではない。
ようやく姿を現したノゾムを見て少年は「おお、さっきの」と呟く。続いて周囲を見渡して、彼は大きな瞳をこぼしそうなほどに見開いた。
「これは……なんとまあ。全部を消すのを嫌がるはずじゃな。おぬし、ずいぶんと卑怯じゃのう」
「うっ……」
卑怯という二文字が胸に突き刺さる。
「で、でも、毒を使う人よりは、マシじゃないかと……思ったり、思わなかったり……」
「ほお、毒か。それも卑怯じゃのう。卑怯なのは良いことじゃ」
「はあ!?」
ノゾムは目を見開き固まる。少年は見えるようになったワイヤーを一本一本ほどきながら、ほがらかに続けた。
「愚直に正面から戦うのも良いがのう。正面から立ち向かうだけが戦いではない。毒を使われて悔しいのであれば、おぬしも毒を使えば良いのだ」
「いや、それは」
いいのか、それは?
本当にいいことなのか?
少年は何が楽しいのか「ホッホッホッ」と笑っている。姿は子供なのに、雰囲気が明らかに子供ではない。中の人は、大人なのかも。
「えーっと……。フォイーユモルトさん、だっけ?」
「うむ。フォルトで良いぞ」
「……フォルトさん。入口をこんなふうにしてしまったことは謝るよ。ごめんなさい。でも、今この鉱山の中には、アルベルトっていう悪い奴がいるんだ」
「アルベルト……例のPKかの? 報告は受け取るよ」
「報告? ……とにかく危険な相手だから、どうにか出来るまで外に出ていて欲しいんだけど」
「嫌じゃ」
「なんで?」
「なんででもじゃ!」
ノゾムは顔をしかめた。今は子供のワガママに付き合っている暇はないというのに。
フォルトはニヤリと笑う。
「大丈夫じゃ。おぬしの邪魔はせん。おぬしはそのアルベルトなる者を狩るつもりなのじゃろ?」
「……」
ノゾムは目を丸めて、静かにフォルトを見る。
少しだけ沈黙し、ゆるやかに首を横に振った。
「俺に狩れるような相手じゃないんだよ」
「そうなのか?」
「うん。いくら俺だって、実力の差くらいは分かるよ」
今度はちゃんと『スモーク』に気をつけるつもりではいる。だけど、先ほど外で言われたように、煙を吸わなかったとしても勝てるとは思えない。
アルベルトにとっての『スモーク』は、おそらく相手を効率的に倒すための手段の1つに過ぎないだろう。
「たぶん、狩られるのはまた俺のほうだろうね」
「なんじゃおぬし。そんなことを言って、悔しくはないのか?」
「悔しいよ。でも事実だ。俺はきっと、彼には勝てない。だけど……」
きっと勝てない。
たぶん狩られる。
そう思っても、ノゾムは不思議と逃げようという気にはなれなかった。
「一発くらいは、食らわせたいと思ってるよ」
淡々と告げるノゾムに、フォルトは目を見開いた。再び、沈黙。しばらくしてフォルトは、深く息を吐き出した。
「おぬしの一発は重そうじゃのう……」
「そうかな?」
「自覚がないのか? 今、ものすごく怖い目をしておったぞ。……ああそうか、一発食らわせるというのは『一撃で殺る』という意味なのじゃな」
「え?」
どうしてそうなる。
ノゾムの言う『一発』は、文字通りの『一発』だ。しかし何を勘違いしたのか、フォルトの目は好奇心にキラキラと輝き始めた。
「ますます面白い。わしはおぬしについて行くぞ!」
「ええっ!?」
「ほれほれ、さっそくアルベルトとやらを探しに行こうぞ。いやその前に、もうちっと罠エリアを広げるかの?」
ノゾムはあんぐりと口を開けた。フォルトはそんなノゾムを振り返ることなく、器用に罠を避けながら進んでいく。この手の人間には、何を言っても無駄だ。
ノゾムは片手で額を押さえて、天を仰いだ。
「それなら、ひとつ頼みがあるんだけど……。赤い狼を見かけたら俺に教えてくれない?」
「む? この鉱山に狼なんぞいたかの?」
「俺のテイムモンスターなんだよ」
「なんじゃ、はぐれたのか。分かった。見かけたら知らせよう」
ようようと頷くフォルトに、ノゾムはホッと息を吐いた。
教会にはいなかった。鉱山にもいなかったら、他にどこを探せばいいだろう。
(消えたまま……なんてことは、ないよね?)
頭に浮かんできた言葉を、首を振ってかき消す。弓を強く握りしめて、ノゾムは先を進むフォルトを追いかけた。
アルベルトには一発食らわせなければ気が済まない。
しかし、ノゾムが鉱山へ戻った一番の理由は……
(待っててね、ロウ。すぐに迎えに行くから)