死んでも終わりじゃない
意識がふわふわと漂っている。
暗闇の中でその意識はふいに浮上した。まぶたを開けると、見知らぬ天井が飛び込んでくる。
「おや、目覚めましたか」
近くにいた白装束の人が声をかけてきた。顔が白い布で覆われていて、男か女かはパッと見では分からない。
声も男性にしては高く、女性にしては低くて、性別を判断できるものではなかった。
「ここは……?」
「教会です。あなたの魂は天空神の思し召しによりここまで運ばれ、蘇生されました」
魂。天空神。蘇生。
ノゾムは鈍い頭で考える。
(えっと……俺は『死に戻り』したってことだよね?)
アルベルトにやられてしまったことは覚えている。
脳裏に浮かぶのは、教会へ飛んでいく光たちだ。あの光がプレイヤーの『魂』で、光が教会へ飛んでいくのは『天空神の思し召し』があるからで……という理屈でOKだろうか?
相変わらずよく分からない世界である。
「蘇生料は3000ゴールドです」
「……」
そういえばお金がかかるんだった。
3000ゴールド……結構高い。足りなかったら、代わりにアイテムを渡さなければならないんだっけ。アイテムすらなかったら、教会でしばらくタダ働きだ。まったくゲームの中だというのに世知辛い。
幸い、ノゾムはお金を持っていた。お金を渡すと、白装束の人――おそらく神官だ――は、「まいどありー!」と言ってホクホクした様子で去っていった。
たいへん俗物的な神官である。
その背中をポカンと見送っていたノゾムは、ふとそれに気付いて慌てて神官を追いかけた。
「あ、あの、待ってください!」
声をかけられた神官は部屋を出たところで立ち止まり、「どうかなさいました?」と首をかしげた。
「あ、あの、ロウ……赤毛のガルフは、ここにいませんか? 俺の少し前に、やられてしまって……」
「ガルフ……あなたのテイムモンスターですか? 残念ながら、ここへ運ばれるのは天空神の加護を受けた人間のみになります」
「そんな!? それじゃあ、ロウは、ロウはどこに……」
「さあ。私には分かりかねます」
青白い光を思い出す。モンスターが倒された時に現れる、あの光。ノゾムは顔面蒼白になった。
「あの……俺、もう行きます。お世話になりました……」
「はい、お大事に」
慇懃に応える神官にぺこりと頭を下げて、ノゾムは急いで教会を出た。途中で足がもつれて転んでしまうが、それでもすぐに立ち上がって走る。
教会の外には、先ほど会った男たちの姿があった。男たちはノゾムを見ると、心配そうに眉を下げてやって来る。
「光が飛んできたのを見て来たんだが……お前さんだったか。アルベルトにやられたか?」
「はい……。あの、せっかく助言してくれたのにすみません。俺、毒の煙を吸っちゃって」
「謝ることじゃない。煙を吸わなかったとしても、アイツに勝てるとは限らない。厄介なやつだったろう。アイツはあらゆる手段を使って、正確に急所を狙ってくる」
急所。ノゾムは思わず自分の喉に手を当てた。
急所を攻撃すると、相手を即死させることが出来る。それはプレイヤーが相手でも同じこと。
プレイヤーの急所は、現実の人体と同じ箇所だ。つまり、頭、首、そして心臓である。
「ほんとクソ仕様だよな〜。即死させんのはいいけど、即死させられんのはマジでクソ」
「うーん。でも、首をはねたのに動いてたら普通にキモくねぇ? ホラーゲームかよ」
「だからモンスターに対してだけはそうすればいいんだって。プレイヤーの場合は、首を切られても何らかの力で守られるとかさ」
急所で即死という仕様は、たぶん、リアルさを追求した結果なのだろう。
ノゾムとしては、むしろその仕様は有難く思う。何故なら、実力の差がものすごくあっても、急所さえ狙えば倒すことが可能だからだ。
「俺、行きます」
「え? どこに?」
ノゾムの言葉に男たちはきょとんとする。どこにって、決まっているだろう。ノゾムの足は鉱山に向く。男たちはハッと息を呑んだ。
「待て待て待て! またアイツに挑むつもりか!? やめとけ! 運営には一応連絡を入れてあるし、対応を待とうぜ!」
「運営に、連絡……」
それならなおさら、対応される前に行ったほうがいい。アルベルトと戦えるのは、きっと今だけだ。
「大丈夫です。次は煙を吸いません」
「いや、だから、吸わなかったとしても、勝てるとは……」
「もしラルドたちが死に戻りしてきたら、ノゾムは鉱山に戻ったと伝えてください。まあ、ラルドは俺なんかより強いんで大丈夫だとは思いますが。ナナミさんにはグラシオもついてるし」
やはり一番やられる可能性が高いのはノゾムだ。しかしだからと言って、安全な場所で待機しておくなんて、今は御免である。
「心配してくれてありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて駆けていくノゾムの背中を、男たちは呆然と見送った。やられたばかりだというのに、何故、再び戦いに挑みに行けるのか、男たちには分からなかった。
「彼はああ見えて戦い好きなんだろうか?」
連れの黄色い箒頭の青年はともかく、彼は最初、アルベルトと戦うのを嫌がっていたように思うのだが。
「ホッホッホッ、瞳に火が宿っていたのぅ」
「そうそう火が……って、え?」
唐突に割り込んできた言葉に振り返る。
いつの間にか、男たちの後ろにオレンジ色の長い髪を後ろで束ねた小柄な少年が立っていた。
「うむうむ。なかなか面白い展開になっておるようじゃ」
小さな顔に、ぱっちりとした大きな目。
どう見ても少年なのに、口調は何故か老人のよう。
袖の長い服で隠れた腕を胸の前で交差させて、何やら楽しそうに頷いている。
「今の子供は、『ノゾム』と言うたかな?」
「え、あ、ええ、確か、そう言って……」
お前のほうが子供だろうというツッコミはしないほうがいいのか。アバターは幼い子供の姿をしているけど、中身はもしかして老人なのか。
いや、でも、この老人口調、明らかに作ったものに聞こえる。年齢不詳のショタじじいを前に、男たちは困惑した顔をした。
ショタじじいは男たちの戸惑いなど気にした様子もなく、にんまりと口角を持ち上げる。
「コウイチの倅か、はたまた同じ名前なだけなのか……」
ショタじじいが何を言っているのか、男たちにはさっぱり分からない。
ショタじじいは再び「うむうむ」と頷いて、歩いていった。鉱山に向かって。男たちはそれを止めることすら出来ずに、ぽかんと口を開けて見送った。