クルヴェットの訓練所Ⅱ
弓の練習場は、訓練所の一番奥にあった。
広くて奥行きがあり、奥には木でできた四角い的がある。壁にはさまざまな形の弓が並べてあって、どことなく漂う厳かな雰囲気が学校の弓道場に似ていた。
練習場にいたのはウサギのように長い耳を頭に生やした、若い女性。女性は入ってきたノゾムに気付くと、これまたウサギに似た赤い目を柔らかく細めた。
「珍しいね。弓の練習がしたいのかい?」
高すぎない、よく通る声だ。
ノゾムが頷くと、女性はにこりと笑った。
「アタシはここで弓の指南を担当している、ルドベキアって者だ。弓を射ちたいなら好きに射って構わないし、弓に関することで分からないことがあるなら、何でも聞いてくれて構わない」
「えと、じゃあ、あの、基礎から教えてもらっていいですか。俺、まったくの素人で……」
「よしきた」
ルドベキアは快く頷いてくれた。優しそうな人で良かった。門の前にいたヒゲのおじさんのような人が出てきたら、どうしようかと思っていた。
「じゃあ、まずは弓について説明しよう。弓にはさまざまな形があるのは知っているかい?」
「あ、はい……。長いのとか、短いのとか……」
壁に飾られた弓を見ながら、ノゾムはしずしずと答える。小さいもので全長が1メートル弱。大きいものだと、2メートル以上ありそうなものもある。
「長いものはロングボウ。短いものはショートボウだね。ロングボウは大きく弦を引ける分、より遠くから、強力な一撃を浴びせられる。古い戦争では最も多く敵を屠ってきた、まさに最強の武器だ。けれど反面、足場が悪いところではうまく踏ん張れないし、障害物の多い場所では扱いが難しい。
ショートボウはロングボウより短い分、引きが軽くて威力が低い。しかし小回りがきくため、狩猟に使われることが多いね」
「狩猟ですか……」
「それから、こちらがクロスボウ」
ルドベキアが指差したのは、壁に立てかけられている機械仕掛けの弓だ。銃と弓を組み合わせたような形をしている。
「弓は離れたところから攻撃できるという、戦闘において圧倒的優位を誇る武器だが、一人前になるまでに一定の訓練時間が必要だ。それを克服したのが、このクロスボウ。ロングボウより長い射程距離と、高い命中精度を誇る。何よりロングボウほど長い訓練時間を必要としない」
「おお……!」
「しかし矢をつがえるのに時間がかかるため、発射速度はかなり遅い。1分間に最大12回も射撃できるロングボウに比べると、これはかなりのネックだね」
「おお……」
訓練が必要ないという言葉に舞い上がってしまったが、結局はどの弓にも一長一短があるらしい。
クロスボウにはついでに高価だという弱点もある。……所持金が320ゴールドしかないノゾムに買えるものではなさそうだ。
「そして、これが『和弓』だね」
「あ……」
ルドベキアが最後に取り出したのは、佐藤たち弓道部員が使っている弓だ。今まで紹介された弓とは違って、握る箇所が中央ではなく、やや下のほうにある。上部がとても長い。
「一般的にロングボウより射程が長いけど、命中率が低いとされている弓さ。他の弓とは扱い方が違うから、まあ、これは興味があったら練習しよう」
「あ、はい」
そんなに難しい弓を扱っているのか、佐藤くん。
ちなみにノゾムが使っている『見習い狩人の弓』はショートボウに分類される。
「まずは正しい射撃姿勢を覚えること。正しく引けば、まっすぐ飛ぶからね。まあ、動く獲物が相手では、まっすぐ飛ぶだけではダメだけど……」
それでも、動いていない的にも当たらないようでは話にならない。そんなわけで、ノゾムはまず『正しい射撃姿勢』を覚えることになった。
アバターなので肉体的な苦痛はないが……この姿勢、現実世界でやったらまず間違いなく背中が痛くなると思う。
***
「ノゾムー! 訓練は終わったかー?」
「ほらまた肘が下がってるよ! 基本を思い出して!」
「ひぃぃぃ」
「…………村の外から邪悪な気配がする。悪いがしばらく出てくるぜ!」
ひょっこりと様子を見に来たラルドは、何やら難しげな顔をして出ていった。
ようはモンスター狩りがしたいだけだろう。邪悪な気配も何も、村の外にはモンスターがたくさんいるのだから当然だ。
ちなみにモンスターが村に入ってくることはないらしい。『教会や神殿のある街や村では神様の加護がある』からだそうだ。
弓の指南を受け始めて、1時間。
ノゾムはいまだに一本も矢を射っておらず、ひたすらに弓を射る姿勢を繰り返させられていた。
「集中力が切れてきたかい? ここをクリアしないことには、矢は使えないよ。どこに飛んでいくか分からないからね」
それは、分かる。森で射ったノゾムの矢はとんでもない方向に飛んでいった。
それは分かるのだが……。
「あの、ちなみになんですが、的に矢を当てられるようになるまで、だいたいどのくらいかかるものなんでしょうか……」
ノゾムは恐る恐る問いかけた。
ルドベキアはパチパチと目を瞬かせて、考えるように顎に手を添えた。
「そうだねぇ……。人によっては1週間くらいでモノにしてしまうこともあるけど、だいたい1、2ヶ月ってところじゃないかな」
「1、2ヶ月!?」
夏休みが終わってしまうじゃないか!!
唖然とするノゾムをよそに、ルドベキアは「弓は難しい武器だからねぇ」とのたまった。
『いいか、希。冒険に出たら、まずは村の周りでレベルを上げながら戦い方を覚えるんだ。なあに、危なくなったらすぐに村に戻ればいい。レベルをある程度上げてから旅に出ると、その後が楽だぞ』
……親父、なんだかレベル上げ以前の問題みたいなんだけど、どうしたらいい?
脳裏にひょっこりと現れた父親に問いかけてみると、父はきょとんと目を丸めたのち、ゲラゲラと笑った。
もうやめたい。
***
【不遇な狩人で頑張ってみるスレ#2】
[024]ハンス/盗賊Lv.15
クルヴェットで木こりのおっちゃんに会ってきた。これから木を伐りまくるぜ!
[025]ユズル/狩人Lv.25
ここ狩人のためのスレだから! そういう報告は他でやって!?
[026]ジェイド/空手家Lv.30
俺達が来なかったら、ここ誰も書き込まないだろ。
[027]ユズル/狩人Lv.25
運営はどこまで狩人に苦痛を強いるんだ!
[028]ジェイド/空手家Lv.30
運営のせいにするなよ……。
[029]K.K./鍛冶職人Lv.21
運営がリアリティを求めすぎた結果ではある。
[030]ハンス/盗賊Lv.15
そいやクルヴェットの訓練所で
[031]ハンス/盗賊Lv.15
ごめん送信押しちゃった。クルヴェットの訓練所で弓の練習してるやつがいたぞ
[032]ジェイド/空手家Lv.30
マジか
[033]ユズル/狩人Lv.25
狩人仲間キタァァァァ!!!!
[034]ハンス/盗賊Lv.15
センスはなさそうだった。
転職するに10ゴールドかける。
[035]ジェイド/空手家Lv.30
俺は1000
[036]K.K./鍛冶職人Lv.21
賭けが成立しないだろ?
つ500
[037]ユズル/狩人Lv.25
お前ら本当にこのスレから出て行ってくんない?
でも狩人ってほんと長続きしないもんなぁ……。
でも俺は負けない。
この不遇に打ち勝ってみせる!
[038]ジェイド/空手家Lv.30
まあ頑張れ