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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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プレイヤーキラー

 物事というのは、たいてい思い通りには進まないものである。だからラルドの立てた作戦がいきなり躓いてしまっても、なんら不思議なことではない。


 そもそもノゾムは運が悪い。罠にかけようとしていた相手とうっかり遭遇してしまう可能性だって、ちゃんと考慮しておくべきだったのだ。


(ても、だからって……)


 けれどもさすがに、相手が姿を隠して寝ているなどと予測できる人間はいないだろう。というか、寝るなら現実世界に戻って寝ろ。何故わざわざスキルを使って、姿を隠す必要がある?


 疑問を浮かべている間にも、再び刃が迫ってくる。ノゾムは慌ててそれを避けた。


 向こうにはいまだにノゾムの姿が見えていない。おかげで攻撃には正確性が欠いている。自他共に認めるにぶちんなノゾムでも、容易に避けることが出来た。


 腰ほどまである長い黒髪。長い前髪の間から覗く、赤い瞳。黒いロングコートには、腰や腕に太いベルトが幾重にも巻いてある。彼はベルトが好きなのだろうか。


 まあ、今はそんなことはどうでもいい。ノゾムは急いで男から距離を取り、息を潜めた。()で居場所がバレてしまわないように、細心の注意を払う。


 男――PKのアルベルトは、神経質そうに眉を寄せて、慎重に辺りを見渡した。わずかな音も聞き逃さないぞ、という気迫が伝わってくる。


 向こうは、動かない。

 ノゾムも、動けない。


 そんな緊迫した状況を最初に崩したのはアルベルトだった。アルベルトは盛大にため息をついて、アイテムボックスから何かの植物を取り出した。


「もうあんまり残ってないんだけどな……」


 独り言のようにそうこぼし、「『スモーク』」と呟く。すると、アルベルトが手にしている植物から緑色の煙が出てきた。


 スモーク……【薬師】のスキルだ!


 煙はあっという間に膨れ上がり、休憩所の狭い空間に充満する。煙を吸い込まないようにしろ……ここに入る前にもらった忠告を思い出したのは、残念なことに、吸い込んでしまった後のことだった。


 異変はすぐにやってきた。


(体が重い……っ!)


 全身が鉛と化したかのような、強い倦怠感。視界が緑色に点滅する。唐突に体の内側から衝撃が走って、HPがごっそりと削れた。


「うっ……」

「そこか!」


 わずかな呻き声さえ聞き逃さず、アルベルトが短刀を振るう。眼前に迫る刃。避けなければ。しかし体が重い。


 やられる――と思った瞬間、視界の端で赤い獣が動いた。


「なに!?」


 飛び出したのはロウだ。鋭い牙をむき出しにして飛びかかってきたロウを、アルベルトはとっさに身をひねらせて、短刀で防いだ。


 ノゾムの体を再び衝撃が襲う。HPがまた減った。これ以上減ると戦闘不能になる。急いでアイテムボックスから毒消しのポーションを取り出し、飲み干した。すごく不味い。


 しかし効果が現れるのはとても早く、視界が緑色になる現象や、ひどい倦怠感はすぐに消えた。


(これが『毒状態』……)


 このゲームの毒はマジで毒だ、と言われたが、本当にそうだ。このわずかな時間で、ノゾムのHPは半分以上もなくなってしまった。


 毒の煙はまだ休憩所内に充満している。ノゾムはそれを吸い込まないよう気をつけながら、急いで出口に向かって走った。


 逃げなければ。今は状況が悪い。一度退いて、やり過ごして。きちんと準備を終えた状態で戦わなければ、このアルベルトとかいう男には太刀打ちできそうにない。


「鬱陶しいな、このイヌ!」


 アルベルトの短刀がロウの頭をかすめる。ロウは呻き声を漏らした。動きにいつもの俊敏さがない。ロウも毒にやられてしまっているのかもしれない。


「ロウ、もういい! こっちにおいで! 逃げるんだ!」


 煙の届かない場所まで退避できたノゾムは叫ぶ。ロウはぴくりと耳を動かして、こちらへ足を動かそうとした。よたよたとして、足元がおぼつかない。


 凶刃が迫る。


「ロウ!!」


 アルベルトの短刀がロウの体を裂く。ロウの体は、他のモンスターたちと同じように、青白い光と化して消えてしまった。


 ……本当に、あっけなく、消えてしまった。


「え……」


 ノゾムは呆けた声を漏らす。今、目の前で起きたことが信じられなかった。受け入れられなかった。


 アルベルトの目がこちらに向く。いまだに『隠密』を解除していないノゾムの姿は見えていないようで、目が合うことはないけれど。


 たった今、ロウを消した短刀が、こちらへと向いた。


「さあ、次はお前だ。いつまでも姿を消している卑怯者め」


 その言葉を聞いた瞬間、こみ上げてきたこの感情は何だろう。気がつくとノゾムは弓を握りしめ、アルベルトに向かって構えていた。


 馬鹿だ。武器を構えたせいで『隠密』の効果が消えた。そもそも弓は、真正面から射つものじゃない。正面から射っても、避けられるだけだ。


 だけど、それでも。



「卑怯はお前だろ!!!」



 ノゾムは矢を射った。眉間に深いしわを刻んだアルベルトは、やはり簡単にその矢を避けた。


 一瞬で距離を詰められる。


 喉を切り裂かれ、ノゾムはあっけなく死んだ。

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