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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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鉱山の町

 一旦休憩を挟んで、再びゲームの中へ。

 休憩の間にネットで調べてみたのだが、どうやらこのゲームに出てくる地名は、すべてフランス語の色の名前のようだ。


 『ルージュ』は赤、『オランジュ』はオレンジ、『ジョーヌ』は黄色、『ヴェール』は緑。『アンディゴ』は藍色で、『ヴィオレ』は紫。そして『ブルー』はフランス語でも青色のことらしく、つまり、これらは『虹の7色』を表している。


 ルージュの首都『カルディナル』は枢機卿の赤、『クルヴェット』は小海老の赤、『ガランス』は茜色、『アブリコ』は杏色、『ペーシュ』は桃色。


 カタカナばかりの名前でも意味さえ分かれば、少しは覚えやすく……は、ならない。残念ながら無理。

 やっぱり、知らない横文字ばかりが並んでいるのは読んでいて辛いと思う。目が滑るというか、なんというか。


 ちなみに、今まででダントツに言いにくい名前の『カピュシーヌ』は金蓮花という意味だ。赤に近い、深いオレンジ色である。金蓮花の花の色を表しているらしい。


 まあ鉱山の町カピュシーヌに、そんな鮮やかな色は存在していないのだけれど。


「鉱山って、ゲームにはよく登場するけどさ。なーんか過疎ってんな?」


 町に入ってすぐ、通りをぐるりと見回したラルドがそんなことを言う。確かに道を行き交う人はまばらだし、鉱山を出入りする人も少ないようだ。ノゾムは首をひねった。


「鉱石を採るのって、面白くないのかな?」


 ツルハシを振り下ろし、ひたすら壁を掘り続けるその姿を想像してみると、確かに地味ではあるのだが。


 ラルドはかぶりを振った。


「いや、そんなことはないだろ。うまくいけば一攫千金だし、鉱石そのものが好きって奴も結構いると思う。採掘すること自体が楽しいって奴もさ。まあオレは、やっぱり戦闘のほうが楽しいけど」


 戦闘が楽しいというラルドの感覚は、ノゾムには分からない。


「じゃあ、なんでこんなに人がいないのかな?」


 SLの駅もある。乗り降りする人も、まあまあ多い。この町の状況に首をかしげながら、鉱山へ入っていく人も、結構いる。


 しかし鉱山から出てくる人たちは、何故かみんな揃ってうつむいて、暗い顔をしている。中で何かあったのだろうか。


 道端に集まっている男たちの話に耳を傾けると、こんな会話が聞こえてきた。


「運営には連絡を入れたのか?」

「ああ、何度もな。どうにかしてくれるといいんだけど……」

「くそっ、迷惑な奴だぜ」


 ……やはり、鉱山で何か問題が発生しているらしい。バグでも発生しているんだろうか。


 首をひねりつつ鉱山に目を戻すと、何やら眩い光が勢いよく飛び出してきた。それも1つではない。2つ、3つ、4つ……いくつもの光の塊が、町に飛んできては、ひとところに収束していく。


 光が収束した場所は、町の入口近くにある寂れた教会だ。


「ああ、またやられたか!」


 苦々しく顔を歪める男たち。いったい何があったのかと首をかしげるノゾムに答えてくれたのは、ラルドだった。


「『死に戻り』したんだ」

「死に戻り……ああ、」


 そういえば戦闘不能になった場合は、最後に訪れた町や村の教会へ戻されるという話だった。


 戦闘不能を肩代わりしてくれる『身代わり人形』や、蘇生薬をかけてくれる仲間がいなければ、あんなふうに光の塊になって飛んでいくのか。はじめて見た。


「これで何人目だ!?」

「強すぎるだろ!」


 どうやら鉱山で発生している問題というのは、とてつもなく強い『何か』が住み着いているということらしい。ノゾムは「うわぁ」と顔を歪めた。豹の次はこれかよ。


「むむ。強すぎるとな。運営がモンスターの調整を間違えたのかな? 何か特殊なスキルでも持ってんのかな?」


 うきうき、わくわく。そんな効果音が聞こえてきそうな様子で考察を始めるラルドに、ノゾムは嫌な予感がした。キラキラと輝くオレンジの瞳は、お宝を前にしたナナミとそっくりである。


「ラルド? まさかとは思うけど、今から鉱山に突撃したりとか……しないよね?」

「当たり前だろ?」


 ラルドはきょとんと目をしばたく。

 ノゾムはホッとした。


 嫌な予感は気のせいだったか……。


「まずはアイテムを補充して、情報を集めないとな。いきなり突撃だなんて、そんな冷静を欠いた真似、オレはしないぜ?」

「冷静に戦うつもりはあるんだね。俺は嫌だよ!?」


 やはり的中してしまった予感に、ノゾムは全力で叫んだ。何人ものプレイヤーを死に戻りさせる相手となんて、絶対に戦いたくない。


 ラルドは唇を尖らせて「えー?」と言った。「えー?」じゃねぇよ。


「何人ものプレイヤーが勝てない相手だから(・・・)挑みたいんじゃねぇかよ。ナナミだってそう思うだろー?」

「うーん……よし、決めた。あんたの名前は『グラシオ』よ! エスペラント語で氷って意味なの。クールなあんたにピッタリだわ!」

「うん、見事なまでにこっちに興味持ってねぇな」


 ナナミはナナミで、ラルドに負けないくらいキラキラした目でユキヒョウを見つめている。無事に名付けは済んだらしい。


 グラシオという名前を付けられたユキヒョウはちらりとナナミを見て、そっぽを向いた。愛想がないというか、確かにクールな奴である。ノゾムにすり寄って尻尾を振っているロウとは大違いだ。狼のくせに犬みたいなことをするんじゃない。


「モンスターにも性格ってあるんだね」

「本当にな。おいナナミ、そいつが気に入ったのは分かったから、いい加減こっちに意識を戻せよ」


 会話に参加してくれ、と呆れた顔をするラルドに、ナナミは首をかしげた。


「なによ?」

「鉱山にめちゃくちゃ強い奴がいて、みんな困ってるみたいなんだよ。お前だって鉱石採りたいだろ? 金銀財宝ざっくざく、お宝だぞ」


 お宝好きのナナミを、ラルドはお宝で釣るつもりらしい。なんてやつだ。


 ナナミは眉間にしわを刻んだ。


「加工していない石に興味はないわよ」


 ばっさりと切り捨てられて、ラルドの目論見は外れた。えっ、と固まるラルドを見て、ナナミは目を細める。


「回りくどいことしないで、直球で言いなさいよ。その『めちゃくちゃ強い奴』ってのに、『あんた』が挑んでみたいんでしょ? そのために私に協力してほしいんでしょ?」

「そ、そのとおりです……」


 ナナミの鋭い指摘に、ラルドは大きな体を縮こませた。いつもは跳ね上がっている眉尻を情けなく下がらせて、ラルドはおずおずと、うかがうように言葉を重ねる。


「協力してくれねぇかな……?」

「いいわよ」

「いいのかよ!?」


 驚いたことに、ナナミは快諾した。目を見開くノゾムとラルドを順に見て、ナナミはにっこりと口角を持ち上げる。


「あんたたちには、この子を捕まえるのに協力してもらったからね。私はちゃんと借りは返す主義なのよ」

「へぇ、意外と律儀なんだな」

「意外と、は余計よ」


 いや、本当に意外だ。ノゾムは、まさかナナミが快諾するなんて思わなかった。


 ラルドがくるりと振り返る。ノゾムは肩をびくりと動かした。キラキラと輝くオレンジの瞳は何かを期待しているようだが……それに乗ってあげる気はない。


「……俺は嫌だからね?」

「そんなこと言わずに頼むよノゾム! お前の『罠作成』めっちゃ便利なんだもん!」


 なんだもん、と可愛らしく言われたところで、嫌なものは嫌だ。『罠作成』が便利だというなら、ラルドが自分で身につけたらいいのだ。職業レベルを上げるには、かなり時間がかかるけど。


「協力してくれるなら、オレもノゾムのお願いを聞いてあげる!」

「えー……」

「SL! SLに乗ろう! ノゾム、乗りたがってたじゃん!」

「…………」


 確かにそうだが、乗りたがっていたのはラルドも同じだ。SLに乗ってしまうと線路が通っていない町や村を素通りしなければならないので、しぶしぶ乗らないという選択をしただけで。


 今、それを出してくるなんて、ずるいと思う。

 ノゾムは口をへの字に曲げた。


「……首都まで行ってくれる?」

「えっ」

「途中、どんな駅に停まったとしても、首都までSLで行ってくれる?」


 目的の1つであった【忍者】には転職できるようになった。まだ転職はしていないので『隠密』は覚えていないが、この町にも役所があるなら、すぐに転職はできる。『隠密』が忍者のファーストスキルなら、そのたった一度の転職で習得可能だ。


 目的は果たされたのだから、ノゾムはさっさと首都に行きたい。そして川を渡って隣国ジョーヌへ行き、図書館に行きたい。今の状態では、図書館に辿り着けるのがいつになるのか分かったものではないし。


 父親の行方はどうでもいい。すでにどこかですれ違っていたのだとしても、名乗り出ないアイツが悪い。ノゾムが探していたことは、アガトやルージュの城の人たちが知っているので、父親の耳にも入っているだろうし。


「ナナミさんはどうかな? SLに乗らずに徒歩で行きたい?」

「別にどっちでもいいわよ。採取したいアイテムがあったら、また来たらいいだけだし」


 ナナミは移動手段にこだわりはないという。であれば、あとはラルドさえ頷けばSLでオーケーということだ。


 ラルドは「ぐぬぬ」と唸った。


「分かった! 言うとおりにする!」

「よし、交渉成立!」


 何人ものプレイヤーを死に戻りさせた相手と戦うのは気は進まないけど、『戦闘不能』が大したものじゃないということは怪鳥との戦いを通じてすでに知っている。


 ただちょっと、殺される寸前が怖いだけだ。死ぬ前には視界が暗転して眠りにつくような感じになるし、目覚めた時も、夢から覚めるような感覚で、恐怖が持続することはない。


 『戦闘不能』なんて大したことない。


「それじゃあ、俺も協力する。本当は嫌だけど」

「ありがとな! じゃあさっそく、情報収集だ。なあそこの兄さんたち、聞きたいことがあるんだけどー!」


 ラルドはウキウキしながら、道端の男たちに近付いた。難しい顔をして鉱山を睨んでいた男たちは、そんなラルドを見て首をかしげた。


「なんだ、お前?」


 訝しげな声を漏らす男たちに、ラルドは怯む様子もない。今この町に来たばかりのプレイヤーなんだけどと前置きをして、ラルドは男たちに問いかけた。


「さっき兄さんたちが話してた奴って、どんな奴なんだ? めちゃくちゃでっかいモンスター? 何か厄介な能力でも持ってるのか?」


 うきうき、わくわく。目をキラキラさせて尋ねるラルドに、男たちはわずかに眉を寄せ、互いの顔を見合わせた。


「いや、モンスターじゃねぇよ」

「へ?」

「モンスターだったら、どれだけ良かったことか」


 深々とため息を吐く男たち。ノゾムは首をかしげた。モンスターじゃないって、どういうことだろう?


「鉱山にいるのは『PK』だ」


 忌々しげに吐き捨てられた言葉に、ラルドは目を見開く。ノゾムはますます首をかしげた。


 PKと聞いて、思い浮かぶ言葉は1つしかない。


「ペナルティーキック?」

「ノゾム、それ、サッカー」

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