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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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廃人プレイはほどほどに

「こいつ、氷の属性持ちなのか。ユキヒョウだからかな?」


 ふるふると頭を振って冷たい息を吐き出すユキヒョウを、ラルドは興味深そうに見ている。ノゾムは目を瞬いた。


「氷の属性……」

「ルージュにはあんまりいなかったよな、属性持ち。炎を使うモンスターとか……ドラゴンが炎を吐いてたくらいか」


 『悪魔の口』の下層には多いらしいけど、と言うラルドに、ノゾムは「ふうん」と相槌を返した。


 このゲームにも、属性というものがあるらしい。火とか水とか、闇とか光とか。単なる攻撃が、有利になったり、不利になったりするやつだ。


 昔父親に勧められてやったゲームには16種類もの属性があって、それぞれの力関係を覚えるのがとても大変だった記憶がある。


「このゲームの属性って、いくつあるの?」

「そうだなぁ。【魔道士】の『初級魔法』の炎、氷、雷と、『中級魔法』の風と地はあると思う。あとは光と闇かな」


 炎と氷と雷は三つ巴の関係になっていて、風と地、光と闇はそれぞれ対立しているのが定番だという。それくらいなら覚えられそうだ。


「それにしてもこいつ、さっきキミたちが追いかけたやつとは別のやつじゃない?」


 不思議そうにユキヒョウを見ながら問いかけてきたのは、セドラーシュだ。ネルケがその隣で、戦々恐々としながらユキヒョウを見ている。


 ナナミはにんまりとして答えた。


「さっきのやつは、事情があって諦めたのよ。でもこの子だって、さっきのに負けないくらい綺麗でしょう?」

「……まあね」

「それよりさっさと森を抜けようぜ! 蛾にはもう、うんざりだ!」


 声を荒らげるバジルはたいそう機嫌が悪いようだ。いつもだいたい悪いけど。ノゾムはハッと息を呑んで、彼らに向かって深々と頭を下げた。


「お待たせして、すみませんでした!」

「いいんだよ、待つのを了承したのはこっちなんだから」


 セドラーシュは朗らかに言うが、


「オレは了承してねぇ」


 バジルはそんなセドラーシュをギロリと睨んで、そう告げる。ああ、セドラーシュだけでなく、彼にもきちんと了承を得るべきだった。ノゾムはだらだらと冷や汗を掻いた。


「わぁぁぁ、モフモフだぁ〜〜〜!」

「そうでしょ? そうでしょ!?」

「ふぅん。あんた、いい趣味してるわねぇ」


 女子3人は、ユキヒョウを囲んで楽しそうにしている。恐る恐るといった様子でユキヒョウを撫でているネルケが、少し羨ましい。


 『破邪』の影響で敵意も悪意もなくなったユキヒョウは、されるがままだ。あ、でも、ちょっと嫌そうにしている。撫でられるのはあまり好きではないのかもしれない。

 撫でて撫でてと尻尾を振るロウとは、やはり違うみたいだ。


「その豹……ユキヒョウ? は道案内は出来るのかな?」


 セドラーシュが首をかしげて問いかける。


「それが可能なら、この森もすぐに抜けられそうなんだけど……。それが無理なら、誰かが木に登って方角を示しながら進むのが一番確実かなぁ。目がいい人にお願いしたいな〜」

「お、俺、やります! 待たせちゃったし、『視力補正』のスキル持ってるし!」


 ノゾムは高らかと手を上げた。セドラーシュたちを待たせたことに負い目があるからだ。原因を作ったのはナナミだけれど、止められなかった自分にも責任があるとノゾムは思っている。


「『視力補正』ならオレも持ってるけど」

「セドラーシュの野郎も持ってるぞ。体よくアイツに押し付けてるだけだろ」


 ラルドとバジルの会話はノゾムには聞こえていない。手近な木によじ登り始めるノゾムをセドラーシュは面白そうに見ている。


 少女たちに囲まれているユキヒョウはその様子をちらりと見ると、急に地面を蹴って、ノゾムが登ろうとしている木をあっという間に駆け上がっていった。


「え……」


 枝の上に立ち、こちらを見下ろすユキヒョウ。口がわずかに動いた。


「にゃー」


 甲高い、猫のような鳴き声。バジルとセドラーシュはポカンと口を開けてユキヒョウを見上げ、ローゼとネルケは両手で口を覆った。


「なにあの鳴き声……!」

「かわいい……っ!!」

「そうでしょ? そうでしょ!?」


 凛々しい顔とのギャップがたまらないのよね!! と興奮しきった顔で叫ぶナナミのことは、とりあえず置いておくとして。


 後ろを向いてしまったユキヒョウをノゾムたちは困惑した顔で見上げた。


「案内してくれる……ってことかな?」

「マジかよ、罠じゃないだろうな」

「テイムしたモンスターなんだから、それはないだろ」


 どうやら、ノゾムが木登りをする必要はなくなったらしい。ノゾムは正直に言うと木登りが得意なわけではなかったので、助かった。


 でもそれじゃあ、どうやってセドラーシュたちに詫びればいいのだろうか?


 ノゾムは心底困ってしまった。




 ***




 枝から枝へとスイスイ移動するユキヒョウを追いかけると、あっという間に森を抜けることが出来た。


 森の向こうには町があり、町の奥には切り立った山がある。山には穴がいくつも空いていて、穴の入口は落盤を防ぐための太い木々で固定されていた。

 穴を行き来するのはツルハシを持った人々と、トロッコだ。


 町には線路が伸びていて、汽笛と共に白い煙を出しながら蒸気機関車が街へ入っていく。


「あれがカピ、カピュ、カピュシーヌ? 次の目的地なのかな?」

「言いにくい名前だよなぁ」

「なんでフランス語なんだろうねぇ」

「え、これフランス語なんですか?」


 肩をすくめるセドラーシュにノゾムは首をかしげて問いかける。セドラーシュは頷いた。


「『アルカンシエル』自体がフランス語なんだよ。シエルは空、アルクは橋。『Arc-en-ciel』……空に架かる橋、つまりは虹のことさ。『ようこそ虹の世界へ』って、最初に言われただろう?」

「そういえば……」


 ゲームを始めたばかりの時、案内係の天使さんに言われた気がする。


「このゲームに出てくる地名はフランス語で統一されている。なのに魔法は英語……。中途半端だと思わないか?」

「そうですね……いっそ魔法もフランス語にしたら、統一感が出るかも?」

「いいや、全部英語にすべきだ。英語のほうが浸透しているんだから、分かりやすくていい」


 セドラーシュはキッパリと告げる。ノゾムは小首をかしげた。英語のほうが分かりやすい……それは確かにそうかもしれないが……。


「セドラーシュさんたちは、英語圏の国の人なんですか?」

「英語の発祥の国だよ」

「え、ってことはイギリス人?」

「そのとおり」


 ノゾムは目を丸めた。彼らが外国のプレイヤーだということは察していたが、まさかイギリスからアクセスしていたなんて……。


「あれ? でも時差が……。今、そちらは何時なんですか?」

「さあ。夜は明けたかな?」

「さすがにそろそろ寝ないとキチぃな」

「いくら夏休みだからって、廃人プレイにも程があるわよねぇ〜」


 のほほんと告げる3人に、ノゾムは開いた口が塞がらない。


「ノゾムくんたちは?」

「日本人です。日本は今、お昼頃かな? ていうかみなさん、徹夜でゲームしてたんですか!?」


 マジか、この人たち。

 まさかネルケも?


 ネルケに目を向けると、ネルケは慌てたように首を横に振った。


「ウチはちゃんと休んでるよ!」

「そ、そうなんだ」


 それは何よりである。


 そろそろプレイ時間も終わる頃だ。1時間の休憩を挟まなければならない。


 セドラーシュたちは一旦戻って寝るとのことなので、ここでひとまず別れることになった。


「また機会があれば一緒に遊ぼうね」

「オレは嫌だけど!?」


 心底嫌そうに叫ぶバジルを無視して、セドラーシュはログアウトした。忌々しげに舌を打って、バジルもそれに続く。


「じゃあまたね〜」


 明るく手を振ってローゼもログアウトして、ネルケだけが残った。ネルケは、まだちょっとだけ時間が残っているらしい。


「……ネルケ、大丈夫か?」


 神妙な顔をしたラルドが声をかける。ネルケはきょとんとした顔でラルドを見た。何が『大丈夫』なのか分からなかったらしい。


「あいつらの廃人プレイに、付き合わされたりとか……」

「え、大丈夫だよ? ローゼさんは『あたしたちの遊び方はオススメしない』って言っとった。美容にすごく悪いからって」

「美容」

「それでも夢中になっちゃうんだって。ローゼさんたちも、このゲームを思いっきり楽しんどるんやね。ウチも、もっと楽しみたい!」


 ネルケの瞳はキラキラと輝いている。なんだかその顔がとても眩しく感じられて、ノゾムは思わず目を細めた。ラルドは「そうか」と呟く。


「それならいいんだけどさ。無理はするなよ? しんどかったら、オレたちのとこに来ていいんだからな?」

「えへへ、ありがとう。ラルドくんは優しいね」

「フッ。オレは慈愛の戦士、ラルド・ネイ・ヴォルクテット」

「慈愛」

「『孤高』はどこに行ったのかしらね」


 ラルドの二つ名はときどき変わるらしい。

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