その頃のバジルたち
寄ってきた大きな蛾のようなモンスターを、バジルは戦斧で叩き潰す。倒しても倒しても、次から次に湧いて出てくるモンスターに思わず舌を打った。戦闘はわりと好きであるバジルだが、それでも飽きというものはやって来る。
ローゼは「MPがもったいないから」と言って傍観を決め込んでいるし、セドラーシュはネルケを押さえ込むので忙しい。そしてネルケは、あろうことか、無謀なことに――セドラーシュの手から逃げ出そうとしている。
少し前までのネルケなら有り得なかったことだ。わざわざ押さえつけられずとも、以前のネルケならセドラーシュの正論に口を噤み、大人しくしおれていただろうに。
セドラーシュに反発できるほど強くなったことを喜ぶべきか、現状たった1人で戦うはめになっていることを、嘆くべきか。
「別にいいけどな! レベルも上がるしな! レッドリンクスと差をつけるチャンスだクソが!!」
「うるさいわよ、バジルー」
「心配しなくても差ならとっくについているじゃないか。上下関係は理想と逆だけど」
「クソ! クソ! クソ!!」
余計なことを言うローゼとセドラーシュに、バジルの機嫌はいっそう悪くなる。口が達者なセドラーシュと違い、バジルのボキャブラリーのなんと貧しいことか。
それでも周囲を圧倒することは出来るらしく、怒鳴りながらモンスターを屠り続けるバジルを見て、ネルケは震えていた。
ローゼとセドラーシュは平然としているが……それは彼らがただバジルの癇癪に慣れているだけであって、ネルケの反応が過剰というわけではない。
「「「わああああああああああああああああああああっ!!!」」」
そこへ、待ちわびた者たちの声がようやく聞こえてきた。
「ノゾム、止まって! 止まりなさい! 止めてええええええっ!!」
「いや、止めるんじゃねぇ! 減速だ! 減速しろノゾムーーーーッ!!」
「どっちなんだよおおおおおおっ!!」
ノゾム、ラルド、ナナミの3人は、ひとかたまりになって突っ込んでくる。ノゾムは左腕をワイヤーに引っ張られているようだ。セドラーシュに教えられた使い方をさっそく実践しているようだが……何故ひとかたまりになって、しかも、全速力で?
このままではノゾムがワイヤーをくっつけた場所――頑丈な岩――に激突してしまう。
両隣から「止まって」「減速しろ」と訴えられたノゾムは、迷いに迷って――もちろん、そんなに悩んでいる時間はない――最終的に『止まる』を選択した。
その結果、どうなったかというと。
「うぎゃっ」
「ぶへっ」
「へぶしっ」
ワイヤーは止まったものの、3人の体は慣性の法則に従って、危惧したとおりに仲良く岩に激突した。
「だ、大丈夫!?」
ネルケが悲鳴のような声を上げる。ノゾムたちは地面に倒れたままピクリともしない。慌てて駆け寄ろうとするネルケをセドラーシュは素直に解放した。3人が戻ってきた以上、押さえ込む必要はなくなったと判断したのだろう。
セドラーシュもまたネルケに続いて3人のもとへ向かい、倒れた彼らに向かって爽やかに微笑んだ。
「やあ、楽しそうだね」
「どこを見て言ってるんですか!!」
ノゾムががばりと身を起こす。
「いやノゾム、これは嫌味だ! くそう、この爽やか毒舌マンめ!」
同じく身を起こしたラルドが的確な指摘をした。『爽やか毒舌マン』という言葉に、バジルは思わず噴き出してしまった。
いやいや、目の前にモンスターがいるのだ。気を緩めるわけにはいかない。こちらがモンスターの急所を攻撃することで即死させられるように、モンスターもこちらの急所を攻撃して、即死させることが可能なのだから。
「おいセドラーシュ、そろそろ加勢しろ! そこの箒頭、テメェもだ!」
「ほうきって……、オレのことかよ!?」
黄色い箒頭のラルドは素っ頓狂な声を上げた。何度も『オッサン』呼ばわりしてきやがったことへの仕返しだ。
ラルドはむぅ、と顔をしかめて大剣を構える。左腕にはまだタマゴ。今の激突でも割れないとは、なんて硬いタマゴだろう。
セドラーシュもやれやれと肩をすくめて槍を構える。孤軍奮闘していたのが、3人になった。これでようやく楽になる。
「気ぃつけろよ。この蛾みてぇなやつは毒を持ってるからな!」
「おおう……それは、厄介そうだな」
「なんでちょっとワクワクしてんだテメェ」
厄介そう、と言いつつ口元をニヤけさせるラルドに、バジルは引いた。
普段とは戦い方を変えねばならない相手を前にして、ラルドは『面倒くさい』より『楽しそう』が勝ってしまうタイプなのらしい。
「毒は鱗粉か? 近づかないほうがいいのかな。あ、でもオレ、もう魔法使えねぇや。吸い込まないようにすれば大丈夫かな」
ブツブツと考察するさまも、なんとも楽しそうである。バジルはフンッと鼻を鳴らして、戦斧を振り下ろした。
「オレ様は風を起こして防いでいる」
「おお、そんな手が。かっけぇ…………いや、このオッサンがカッコイイってのは無いな。うん、無い。目を覚ますんだ、オレ」
「ぶっとばすぞテメェ!!」
やはりコイツは気に入らない。
次から次へ湧いて出てくる蛾を協力して倒していく。途中からはノゾムも加わった。離れたところから攻撃できる弓は、毒の鱗粉を撒き散らす蛾に近付く必要がないので、戦いやすいようだ。
少しは腕を上げたのか、矢が明後日の方向へ飛んでいくこともないし、うっかり刺さりそうになることもない。
背後からの援護は正直助かる……が、弓を引くノゾムを見ていると弓バカのユズルや、以前プレイしていたゲームで揉めた弓使いを思い出すので、バジルは素直に感謝したくなかった。
がさりと葉がこすれる音と共に、モンスターたちの背後から2匹の獣が現れる。1匹は赤い毛並みの狼、ロウ。そしてもう1匹は、白い体に黒い斑点模様を持つ、豹に似た生き物だ。
額に蒼い角を生やした白い獣は、蛾のモンスターを見据えると、大きく息を吸い、吐いた。
「!? さむっ……!」
白い獣が吐いた息は、とてつもなく冷たかった。離れているバジルたちのところまで、冷気が届く。冷気の直撃を受けた蛾のモンスターたちの動きが、鈍くなった。
「今だ!」
何度目になるか分からない青白い光を見送って、蛾がこれ以上湧いてこないのを確認し、バジルはようやくひと息つくことが出来たのだった。