森の王者Ⅸ
はてさて。ナナミを抱えると言っても、どう抱えたら良いだろうか。
小さな子供にするように、縦抱きにするか――これは正面から密着する形になるので、ノゾムとしては遠慮したい。
それとも女子が憧れているらしい横抱き――いわゆる『お姫さま抱っこ』というものかにするか。だがあれはイケメンがやるから良いのであって、自分のような冴えない男がやっても喜ばれないだろう。
ワイヤーによって、リングをつけた左手は引っ張られることになる。つまりナナミを抱えるのは、右腕一本だ。
右手だけで横抱きは難しい。
しかし縦抱きはちょっと……。
ノゾムは悶々と考えて、ナナミを見た。
「ねえナナミさん。その、どういう風に抱えたらいいのかな?」
「え? そうねぇ……」
ナナミは深緑の目を瞬く。口元に手を当てて、うーんと唸った。
「こう……荷物を持つみたいに抱えてくれたらいいわ」
「え、本当に?」
荷物みたいって……それでいいのか? 女の子にそんな扱いをしたら、普通は怒られるのではないだろうか。
しかし、まあ、縦抱きよりは断然いい。
「それじゃあ、失礼するね」
ノゾムはナナミを抱えた。荷物を持つみたいに、という話だったので、米俵をかつぐみたいに抱える。やっぱり軽い。苦しくないかと尋ねてみれば、ナナミは大丈夫とばかりに片手を振り、くたりと体の力を抜いた。
「ナナミさん?」
何をやってるんだ、この人。
急に具合でも悪くなったのかと心配になったが、どうやらわざとぐったりしているようだった。
「よし。準備はできたみたいだな」
大剣を片手にジリジリと下がっていたラルドが、こちらをちらりと見て言った。豹たちも、もう間近に迫って来ている。
「行くぞ!」
ラルドは叫び、大剣を納めた。武器から手を離した瞬間、豹たちは一斉に飛びかかってくる。ラルドは豹たちに右手をかざした。
「『精神統一』からの、『サイクロン』!!」
突風が豹たちを襲う。ローゼのものほど威力はないが、目くらましには充分な威力だ。
ラルドは魔法を放ったあと、すぐさまノゾムに飛びついた。軽い衝撃。ナナミよりは重いが、背負えないほどではない。この体は現実のものより力持ちなのだろう。
ノゾムは意を決してリングのボタンを押した。左腕が前へ前へと引っ張られる。足が浮く。
「え、ちょ、まっ……!」
下手をすると地面に顔面がこんにちは、そのまま猛スピードで引きずられるだろう。ノゾムは頑張って足を動かした。
「腕がもげる!!」
「大丈夫だって! ほら、もっと力を抜け。スキップ、スキップ、ランランラン!」
「ふざけてるだろラルド!?」
「いやいや。それくらい軽やかに跳んだほうが、結果として上手くいくんじゃねぇかなと……」
このまんまじゃ、地面にダイブしそうなんだもん。
ラルドはタマゴを大事そうに抱きながらそう言った。
想像以上にスピードは出ているし、腕はもげそうだ。だが、この程度じゃ豹の脚には敵わないのではないかと、ノゾムは不安に思った。
背後の豹たちは『サイクロン』で足止めされたが、正面のユキヒョウは違う。ナナミのテイムが上手くいかなかった場合、その牙は再びこちらに向かうだろう。
「ナナミさん……ナナミさん!?」
あっという間にユキヒョウの横を通り抜ける。だというのにナナミは体をくたりと畳んだまま、ぴくりとも動かない。
ユキヒョウの淡黄色の瞳が向く。
敵意に満ちた、恐ろしい目だ。
「ナナミさん……っ!!」
ナナミはその時を待っていた。
だらりと力を抜いたまま、視界の端に映る雪をかぶったような色をしたモコモコの足が、地面を蹴る、その時を。
このゲームのモンスターはやたらとリアルに作られている。武器を持つ人間がいれば警戒し、攻撃されれば回避し、まるで本物の生き物のように行動する。
だから、たぶん。
追いかけたのが駄目だったのだ。
「ナナミさん!!」
ノゾムの悲鳴が聞こえる。モコモコの足が、地面を蹴る。距離が詰まるのは一瞬だ。視線を上げるとそこには、獰猛な牙が見えた。
「――『破邪』」
光り輝くユキヒョウの身体。
そこから紫色の靄が抜けていくのを見て、ナナミはにんまりと笑みを浮かべた。