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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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森の王者Ⅶ

「……とりあえず、セドラーシュさんたちに連絡を入れとこう」


 ナナミの目的である豹を捕まえるのに、どれだけ時間がかかるか分からない。その間、彼らを待たせることになるのは申し訳なく思う。


 ズンズン突き進むナナミを止めることも出来ないし、あまり待たせるようなら、先に進んでもらったほうがいいような気もする。


 もちろん、セドラーシュたちの協力なしに、森を抜けるのは厳しいだろうが。


「連絡は取れないわよ。ここ、圏外だから」


 振り返ることなくナナミが言う。

 ラルドは首をひねった。


「ここ、ダンジョンじゃないだろ?」


 リングでの通信は、ダンジョンの中では使えない。圏外になるからだ。


 だけどこの森は、ただの森のはずだ。ただちょっと生命力が強すぎて踏みつけた跡がすぐに復活する長い草が生えているだけの、ただの普通の森のはずである。


「さっき崖に落ちたとき、助けを呼ぼうとしたけど使えなかったのよ」


 まさか。この森は、森と見せかけたダンジョンだったのか? オランジュにはダンジョンが存在しないと聞いていたが……。隠しダンジョン、というものなのかもしれない。


 ノゾムは眉間にしわを刻んで、通信画面を表示する。発信ボタンを押してしばらくすると、相手からの応答があった。


『やあ、ノゾムくん? お転婆なお嬢さんは捕まえられたのかな?』

「通じたけど」

「嘘でしょう!?」


 ナナミは愕然とした顔で振り返った。ズンズンと突き進んでいた足が止まっている。それほどの衝撃だったらしい。


 ラルドはそんなナナミの顔が面白かったらしく、ケラケラ笑った。ナナミにギロリと睨まれた。


 ノゾムは困ったように眉を下げ……リングから聞こえてきた『おーい?』という声に、慌てて返事をした。


「す、すみません。ナナミさんとは合流できました。……合流は、できたんですが。えっと……」

『豹には逃げられて、まだテイムすることを諦めていない?』

「そ、そのとおりで。あの、まだ時間がかかりそうなので、俺たちのことは置いて先に進んでくれたらと……。こっちから協力を頼んだのに、申し訳ないんですが……」

『いや、待ってるよ。君たちを置いて行ったら、ネルケがうるさいだろうし。今も押さえつけておかないと君たちを追いかけそうでね。できるだけ早く戻ってきてくれると助かるよ』


 リング越しに爽やかな笑顔が見えた気がした。もちろん、爽やかなのは顔だけだ。ノゾムは冷や汗をかきながら、囁くような声で「善処します」と返すのが精一杯だった。


 押さえつけられているネルケは大丈夫なんだろうか。心配に思ったが、尋ねる勇気はなく。ノゾムはそっと通信を切った。


 ナナミはまだ口をあんぐり開けている。


「な、なんで? さっきは、確かに……」

「たまたま電波の通りが悪かったんじゃね? 崖の下だしな」

「そんな馬鹿な話がある!?」


 よく分からないが、この森がダンジョンでないことは確かなようだ。ノゾムはホッとしたが、ナナミは「おのれ運営め……!」と拳を握りしめている。すべてを運営のせいにすることにしたらしい。


「それより、早く豹を探そうよ。ネルケを解放してあげなくちゃ」

「おお、そうだな。別にネルケがついて来ても良かったのになー。……あ、そしたら、崖に転落する奴が増えるのか」

「その時はラルドも道連れにするよ」

「やめて! タマゴが割れちゃう!」


 ラルドはぎゅうっとタマゴを抱きしめる。ノゾムは今更だろうと思った。タマゴを片手に抱えたまま、ラルドは今まで戦ってきたのだから。


 木の上、木の陰、草の僅かな音に注意を払いながら進んでいく。豹という生き物は、とにかく隠れることが得意な動物だ。どこから襲ってくるか分かったものではない。


 ここは狼の鼻が頼りだ。鼻先を地面につけて歩くロウを、ノゾムは期待を込めて見つめた。


 慎重に、慎重に、草を掻き分けながら進んでいく。やがて、正面に泉が見えてきた。



「「「…………ッ!!?」」」



 ノゾムたちは絶句した。その泉の前には、何十体もの豹がいたからだ。


 身体の大きさは大小さまざま。毛色も、綺麗な黄金色のものもいれば、つややかな黒色のものもいる。


 木漏れ日が降り注ぐそこは居心地がいいのか、リラックスした様子で寝転んでいるやつがほとんどだ。器用なことに、木の上でうたた寝しているやつもいる。


 なんだ、ここは。


「オレ、テレビでこういうの見たことある。あれはライオンだったけど」

「ライオンは群れを作るから……」


 ライオンのように群れを作るネコ科の動物はあまりいない。豹も基本的に、群れて行動することはない。


 ラルドは「ふうん?」と返して、隣にいるナナミを見た。


「で、どれを捕まえる? あの黒いやつとかカッコよくね?」

「私はさっきのリーダー格のやつがいいの。すらっとしてて、毛並みもすべすべで、すっごく綺麗だったんだから」

「毛並み……? どれも同じに見えるけど?」

「どこがよ?」


 どこがと言うが、どこが違うのかさっぱり分からない。ナナミはゆっくりと群れを見渡した。まさかナナミには、豹の区別がつくのだろうか。


 しばらくすると、ナナミの視線がぴたりと止まる。端正な顔が歪んだ。ナナミの視線の先にいるのは、じゃれ合う豹の仔どもたちだ。


 両親だろうか。2匹の大人の豹が、あたたかな目をして仔どもたちを見守っている。


 微笑ましい光景だ。

 なのに何故、ナナミは顔を歪めているのだろう?


「ほんっと、ここの運営って……」


 忌々しげに呟くナナミ。何故だか深くため息を吐いて、深緑色の目をノゾムに向ける。ノゾムは目を瞬いた。


「ノゾムのお父さんって、運営の人なのよね?」

「えっ、うんえい……」

「私の分も殴っておいてくれない?」

「任せといて」


 よく分からないが、お安い御用だ。もともと4〜5発は殴るつもりでいたし、7発に増やすとしよう。


 ナナミは力なく頷いた。


「それじゃあ戻るわよ」

「え、いいの? 豹は?」

「私にだって情くらいあるのよ」


 どういう意味だろう。ノゾムにはちんぷんかんぷんだ。ラルドは「ふぅん」と笑みを浮かべた。


「じゃあ、あの黒いのにすれば?」

「あんたが気に入ったんでしょ。自分で捕まえれば?」

「オレはタマゴを孵化させるのに忙しいから」

「孵化できるの、それ?」

「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」

「ラルド、声おさえて。見つかったら大変だよ」


 この数の豹たちと戦うのは無理だ。ノゾムたちはローゼのように大規模な魔法を使うことも出来ないし。


 とにかく、ナナミが豹を捕まえるのを諦めたというなら、気付かれないうちに退散するべきだ。


 ――しかしその判断は、少しばかり遅かった。


「うわっ!?」


 ロウに体当たりされた。ノゾムが一瞬前までいた場所に、鋭い牙が襲いかかる。気配はまったくなかった。音も全然しなかった。おそらくノゾムの後ろにあった木から飛び降りてきたのだろう……ロウが助けてくれなければ、ノゾムは首を噛みちぎられていたに違いない。


 青ざめるノゾムを背に庇って、ロウは低く唸った。


「なんだコイツ、他の奴とは毛色が違うな。色違いか?」


 ラルドが片手で大剣を構えながら言う。口調は軽いが、表情は真剣だ。今のやり取りのせいで、他の豹たちもこちらに気付いてしまったのだから、能天気でいられないのは当然だろう。


 目の前に現れた豹の毛皮は、黄色でも黒でもない。雪のような淡灰色。額に生えた角は蒼く光っている。


(ユキヒョウ……? でも、ユキヒョウなら、もっと標高の高いところにいるはず)


 開発者たちがユキヒョウの生態を間違えてしまったのか。それとも、あえてこの森に登場させたのか。もしくは、ラルドの言うとおり、ただの色違いの豹なのか。


 ロウと白い豹は睨み合う。白い豹は淡い黄色の目でロウを見据え、おもむろに口を開いた。


「ニャー」

「鳴き声かわいいな!?」

(やっぱりユキヒョウだった!!)

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