森の王者Ⅵ
崖を上ってきたノゾムたちを見て、ラルドは目を丸めた。てっきりノゾムだけが上がってくると思っていたのに、その背中にナナミがしがみついていたからだ。
ノゾムのうっかりで見つけ出せるんじゃ、と確かにラルドは言ったけど、まさか本当に見つけ出してくるなんて。ノゾムって、実はものすごく運が良いのではなかろうか。
そんなことを思いながら2人を見ていたラルドは、「ん?」と違和感に気付く。なんか様子がおかしい。
ノゾムは剣呑な顔をして何事かをブツブツ呟いているし、ナナミにいたっては完全なる無表情。能面を貼り付けたかのようだ。
いったい何があった?
「心頭滅却、心頭滅却……」
「なにブツブツ言ってんだよ、ノゾム。ナナミもその顔こわい。無駄に美少女なんだから余計にこわい」
「無駄で悪かったわね!」
ぎろりと睨まれる。能面が少し壊れて、ラルドはちょっと安心した。睨まれて安心するというのも、おかしなことだけど。
「ナナミも崖に落ちてたんだなー。実はドジっ子か?」
「……うるさい」
「で、豹は? その様子じゃ、捕まえられなかったみたいだけど」
ナナミの近くに豹はいない。ノゾムの背中から降りたナナミは、残念そうに崖の向こう側を見た。
「向こうへ跳んでいっちゃったわ」
なるほど。それを深追いして、崖から転落したのか。
崖の向こう側までは結構な距離がある。充分な助走をつけてジャンプしても、おそらく届かない。また崖下へ転落するのがオチだ。
ナナミは口元に手を当てた。
「どうにかして渡らないと……」
「って、ナナミさん、まだ諦めないの!?」
「当たり前でしょ?」
「いや、戻ろうよ! セドラーシュさんたちを待たせてるんだよ!?」
真面目なノゾムらしい言葉だ。
ナナミは唇を尖らせた。
「だったらあんたたちだけで戻りなさいよ。私はひとりでも行くから」
「はあ!?」
ワガママ全開である。レアアイテムを前にした時もこんな風だったが、おそらくナナミにとってはあの豹も、とてもレアな『お宝』なのだろう。
宝を前に引き返すことは出来ない、という気持ちは、ラルドにも分かる。
画面の隅に見える宝箱は気になるものだ。どうしたら手に入れられるのかと考えるし、『諦める』という選択肢は端から浮かばない。
だが、待たせているセドラーシュたちに悪いという、ノゾムの意見も分かる。というかたぶん、正しいのはこっちだ。ついて来ようとしていたネルケも、心配そうだったし。
ラルドは自分の左腕のリングを見た。チョコレートを食べたおかげで、MPは回復している。
これを使うと、また尽きてしまうが……チョコレートはもう1個持っているので、『帰り』の分は大丈夫だろう。
味方識別をノゾムとナナミ、ついでにロウに付いていることを確認して、ラルドは口論をする2人を見た。
「『レビテーション』」
3人と1匹の体がふわりと浮く。突然のことに、ノゾムとナナミの声が止まった。そのまま崖の向こうまで移動して、ゆっくりと地面に降りる。
【魔道士】のセカンドスキル『中級魔法』のひとつ、レビテーション。自分と仲間を浮遊させる魔法だ。
浮かせる人数と時間によって消費するMPの量が変わる魔法で、ラルドの今のMPでは、この人数とこの距離が限界だった。すっからかんになってしまったMPを回復するために、ラルドは最後のチョコレートをもぐもぐと頬張る。
「ラルド……?」
ノゾムが困惑した顔を向けてくる。
ラルドはもぐもぐと口を動かして、言った。
「さっさと豹を仲間にして戻ろうぜ」
「え!? いや、でも!」
「口論してる時間がもったいない」
おそらくナナミは引かないだろうし、ノゾムも意見を変えないだろう。長々と決着のつかない口論をするのと、3人で協力してさっさと豹を仲間にして戻るのと、果たしてどちらが早いだろうか。
どちらにせよ、セドラーシュたちを待たせることになるのは変わらない。ならば、収穫のあるほうを選ぶべきじゃないかと、ラルドは思う。
ナナミはにんまりと笑みを浮かべた。
「さすがはラルド。石頭のノゾムとは違うわね」
「石頭!? ナナミさん、俺のことそんな風に思ってたの!?」
「ごめんねぇ。私、子供だから」
嫌味ったらしく告げるナナミに、何故だかノゾムは「うぐっ」と声を詰まらせる。
ナナミは何を怒っているんだろう。ノゾムは心当たりがあるのか、「聞こえてたんだ……」と呟いている。ラルドにはさっぱりだ。
ラルドは首をかしげてナナミを見て、「確かに子供体型だな」と頷いた。顔は美少女であるが、体は小さくてメリハリはない。ロリコンが好みそうな体型である。ナナミの拳が飛んできた。
「あの、さっきのは、そういう意味で言ったんじゃなくて……」
ノゾムは何やら、しどろもどろに言い訳している。
ナナミは聞いちゃいない。
まあ、そんなことよりも。
「早く行こうぜ。セドラーシュたちを待たせちゃ悪いんだろ? ちなみに俺はチョコレートが尽きちまったから、中級魔法はあと1回しか使えない」
「MPが少ないのに、使いまくるからだろ?」
「だって魔法って、かっけーじゃん」
ローゼが放つサイクロンを思い出す。『魔法攻撃力』を上げると、あんなに派手で強力な魔法になるのだ。あれを見てテンションが上がらない奴なんて、いるわけない。
ただ困ったことに、『魔法攻撃力』を上げると『物理攻撃力』が上がらない。ラルドは大剣での無双も楽しみたいのだ。
剣と魔法、どちらを強化するべきか……非常に悩みどころである。
ノゾムは額に手をついてため息を吐いた。何を言っても無駄だと察したらしい。賢明だ。