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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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森の王者Ⅳ

七海(ななみ)って、なんかいつも、地味にピンチに陥ってるよな』


 ひどい兄だ。倉庫に長時間閉じ込められて、半べそを掻いている妹に言う言葉がそれか。


 倉庫に入る前は確かに明るかった空は、すっかり夜のそれに様変わりしている。


 七海は少なくとも5時間は薄暗い倉庫の中にいたようだ。


『周りが見えなくてついうっかり、ってパターンも多いけど、普通に運も悪いよな。ゲームでもしょっちゅうトラップに引っかかってるし……。で、今回はなんで倉庫にいたんだ?』

『……中に、綺麗な絵があって、』

『マジか。お宝じゃね!? お前、見る目だけはあるもんな!』

『だけって何……』


 ちっとも慰めてくれない兄に、七海は泣きたくなる。


『どうせあれだろ、絵に魅入って、身動きもしなかったんだろ。物音がしないから、誰かが倉庫にいるなんて考えもしなかったんだろうな〜、あのおばさん』


 誰が倉庫の鍵を閉めたのか、兄はすでに特定しているらしい。あのおばさん、と聞いて七海は眉をひそめた。先日この家にやって来た、新しい母親だ。


 この1年で3人も駄目になったというのに、父親はまだ懲りていないらしい。


『ていうか七海、声くらい出せよ。助けてって。なんで無言なんだよ。おかげで見つけ出すのが遅くなっちゃったじゃないか』


 兄が呆れた顔で言う。

 七海は唇を尖らせた。


『助けてって言って、誰も来てくれなかったら、悲しいもん……』

『まあ、それは確かに』


 悲しい、どころではないだろう。


 誰もが他人に手を差し伸べられる優しさや、余裕を持っているわけではない。そう理解できても、『誰も助けてくれなかった』という事実に対して受けるショックは、大きい。


 普通に絶望する。


『でも声を出していたら、俺はもっと早く七海を助けられたのかもしれないぞ?』

『むぅ……』


 それもまた事実だ。兄が七海を探してあちこち歩き回っていただろうことは、草と泥だらけの姿を見れば想像がつく。


 いったい兄は、どこを探していたのだろうか。


『助けて欲しい時は、助けてって言え。苦しい時は、苦しいって言えよ。そしたら兄ちゃんが、すぐに飛んでくるから』


 そう言って兄は、優しく頭を撫でてくれた。




 ***




 目を開けると青い空が視界いっぱいに飛び込んできた。崖の上からはパラパラと小さな石や砂が落ちていて、そのあまりの高さにナナミは唖然となる。


「……生きてる……」


 近くに川でも流れているのか、水の音が聞こえた。指先、手、足、と順番に動かしてみるが、どこにも怪我はなさそうだ。


 痛みもない。


(あああああ当たり前よね! ゲームの中だもんね! 痛覚もオフにしてるしね! でも本当に死ぬかと思ったぁぁぁぁッ!! 走馬灯を見たぁぁぁぁッ!!)


 ナナミの心臓はばっくんばっくんと暴れ回った。


 ゲームの中とはいえ、これはやばい。

 現実で眠っている体にも悪影響があるだろう。


 ああ、だから意識を失ったのか。


 モンスターに殺されて戦闘不能になる時も、視界が真っ暗になる。ゲームの中とはいえ、『自分』が殺されることで精神に悪影響が及ばないようになっているらしい。


(いつも地味にピンチになっていて悪かったわね! 今もピンチよ! だってまさか、あんな場所に崖があるなんて、思わないでしょ!)


 心の内で言い訳しながら、ナナミはメニュー画面を開いた。ナナミだって成長しているのだ。かつて、黙って倉庫に閉じ込められていた時とは違う。


 ちゃんと助けを求めることを覚えた。


「…………!」


 しかし、いざ通信をしようとしたところで、ナナミは手を止めた。いつものようにジャックに助けを求めるつもりでいたのだが、ふいにシスカの言葉を思い出したのだ。



 ――あんまりお兄ちゃんに頼りきりだと友達できないよ?



(いや、友達いるし)


 ナナミは苦い気分になりながら、フレンドの一覧を眺めた。ナナミのフレンドはとても少ない。だが、多ければいいというものでもないだろう。気の置けない友人が1人でもいれば充分だ。


 ナナミはフレンドの項目からノゾムの名前を選び、呼び出そうとした。だが、


「…………嘘でしょ……」


 ここは通信圏外であった。


(はあああああっ!!? 圏外!? この森ってダンジョンなの? ダンジョン扱いなの!? っていうかダンジョンの中でこそ通信が必要なんじゃない、運営ってアホなの!?)


 しかし何度見ても、何を試しても、画面の上の『圏外』の文字は消えない。


 ナナミは項垂れた。

 憔悴した顔をして、崖の上を見上げる。


(大声を出せば聞こえるかな……無理かなぁ。まだあの蜂の大群と戦っているかもしれないし……)


 自力で這い上がるしかないのだろう。ナナミは仕方なく立ち上がって、改めて崖を見た。


 掴まれそうなところに手を伸ばし、足をかける。足をかけた箇所は、体重をかけるとすぐに崩れた。


 別のところに足をかける。そこも崩れた。どうやらこの壁、相当に脆いようだ。


 ついでに掴んでいたところも崩れて、後頭部を地面にぶつけた。痛覚をオフにしていて本当に良かったと思った。


(どうやって登ろう……)


 幾度となくチャレンジする。

 結果は同じだ。ナナミは途方に暮れた。


 ナイフを崖に突き立てようにも、刃が短すぎて、それもうまくいかない。


(他には……『死に戻り』をしてペーシュの教会まで戻るか、『転送陣』を使ってルージュのアジトまで戻るか……)


 どちらにせよ、冒険はやり直しになる。

 だが他に方法が思いつかない。


 『死に戻り』をしようにも周囲にモンスターは見当たらないので、残る手段はアジトへの帰還、一択だ。


 シスカたちと遭遇する恐れのあるアジトへは、あまり戻りたくないが……。


(アジトに戻ったらノゾムたちと連絡を取って……ああ、ノゾムたちが森から出ないと通じないのよね、圏外だもん。それじゃあ、えーと……)


 頭を捻って、あれやこれやと考える。

 その時だ。



「ぎゃあああああああああああっ!!?」



 聞き覚えのある声が頭上から聞こえた。驚いて顔を上げると、そこには泣きながら落ちてくるノゾムの姿があった。


「ノゾムっ!?」

「あ、ナナミさんっ……へぶらっ!!」


 ノゾムは頭から地面に激突した。砂埃が舞う。

 倒れたノゾムはぴくりともしないが……先程のナナミのように、気を失っているだけだろう。


「ちょ……ノゾム、大丈夫?」


 それでも心配になって声をかける。


 ノゾムはうーんうーんと唸り声を漏らし、それから勢いよく起き上がった。


「ナナミさん、ここにいたんだ!? 探したんだよ!?」

「う、うん、ごめんね。うっかり落ちちゃって」

「それは俺もだけど」


 とにかく見つかって良かったぁ、とノゾムは情けなく表情を崩した。崖に転落したうっかり者が1名追加されただけで、現状が解決したわけではない。


 だが、ノゾムの顔があまりに情けなく安堵に満ちていたものだから、ナナミは思わず噴き出してしまった。

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