森の王者
アブリコからペーシュまで向かう道もあちこち枝分かれしていて複雑だったけど、ペーシュから先はさらに複雑になっていた。
なんといっても、道が途中で消える。今まで進んできた道がぱったりと途絶えて、その先は草の生い茂った鬱蒼とした森だ。
え、もしかして道を間違えた? と不安になるが、地図を確認してみると次の目的地『カピュシーヌ』は森を抜けた先にあるらしい。
カピュシーヌにはSLの駅があるそうなので、今度こそ乗りたいと思う。
それにしたって……。
「獣道すらないって、困ったね」
「真っ直ぐ突っ切っていけば出られるんじゃねえの?」
「そうだといいけど……」
途中に崖でもあって、真っ直ぐに進めなかったら困る。通れる場所を探している間に方向を見失ってしまうかもしれないし。
「また誰かさんが迷子になりかねない場所に出たね。今度こそはぐれないでくれよ、誰かさん」
「うぐぅ……」
「セドってば本当に意地が悪いわね」
「心配するな、ネルケ! 今度こそオレ様がちゃんと見ている!」
バジルたち一行は、自分たちが迷子になることよりもネルケがはぐれることを心配しているようだ。確かに、こんな森ではぐれてしまっては、探し出すのは難しいかもしれない。
ダンジョンではないので通信は使えるが、目印になりそうなものもないのに現在地なんて言えるわけもないし。
そこまで考えて、ノゾムはバジルたちを振り返った。
「あの、協力しませんか?」
ラルドとナナミが目を丸めて見てくる。
「あら、いいわね」
あっけらかんと応えたのはローゼだ。ネルケがその隣で顔をぱぁっと明るくした。セドラーシュも頷く。
「僕は構わないよ。誰かさんを見張ってくれる人間が増えるのは助かるし」
「……テメェ、またオレ様に矢を飛ばしてきたら、ただじゃ済まさねぇぞ」
「気をつけます!!」
バジルにギロリと睨まれて、ノゾムは慌てて言った。良かった、協力してくれるみたいだ。ノゾムはホッと安堵の息を吐いた。
ここまでプレイしてきて、ひとつ学んだことがある。それは、どんな困難なことでも、協力し合えば意外と乗り越えられるということだ。1人きりだったなら、ノゾムはきっと、ここまで来られなかっただろう。
「そっちの2人はいいの?」
セドラーシュが問う。ノゾムはハッとした。しまった、ラルドとナナミに了承を得ずに勝手に話を進めてしまった。
ラルドは眉を寄せている。
「オレは孤高の戦士なのに」
「孤高って柄じゃないでしょ、君」
セドラーシュが肩をすくめて言う。うん、ラルドはけっこう寂しがりだ。セドラーシュはそれを見抜いているらしい。
「……私は構わないわ」
ポツリと呟くナナミの表情は、どこか硬い。怒らせてしまっただろうか。ノゾムの喉から「ひぅっ」と変な音が漏れた。
セドラーシュはそんなナナミとノゾムに気付いていないかのように(絶対に気付いている。彼が気付いていないはずがない)爽やかな笑みを浮かべた。
「それじゃあ、決まりだね」
ノゾムはひくりと口元を引きつらせた。
自分が提案したことだけど……本当に良かったんだろうか。
***
踏みつけた草は、しばらく経つと起き上がり、通ってきた道を消してしまう。獣道すら見当たらないのはそのせいだ。
先頭にはラルドとセドラーシュ。2人は『聖盾』が使えるので、いざという時に一行を護れるよう、一番前にいる。
その後ろにはネルケとバジル。前の2人が阻んだ獲物をすぐに狩れるように、バジルは戦斧をかついで注意深く周りを見ている。
ネルケははぐれないようにバジルの前に置かれた。真後ろでギラギラしているバジルに冷や汗を掻いている。
そして最後尾にいるのがノゾムとナナミ、それにローゼだ。ナナミは先ほどから一言も喋らないし、ローゼはなんだか楽しそうな様子でネルケを見ている。沈黙が辛い。
「あ、あ、あの、そういえばナナミさん、矢を試して欲しいって……」
「……そうだった」
ナナミは思い出したようにノゾムを見上げて、アイテムボックスを開いた。出てきたのは赤い羽根のついた矢だ。ノゾムが以前作った歪みまくった矢とは違う、きちんとした形の綺麗な矢だった。
「す、すげぇ! ナナミさん、本当に器用だね。あ、えと、お代を……」
「怪鳥の素材を譲ってくれたでしょ。それで充分よ。というか、節約のためにDIYすることになったのに、お金を払ってどうするの」
「……そうだったね」
それでも悪い気がする。ナナミがこの矢を作るのには、結構な時間がかかったはずだ。
ノゾムが申し訳なく思っていると、ナナミはふっと微笑んだ。ノゾムの心臓がドキンと跳ねた。
「なんだったら、また素材を譲ってよ」
「そ、そんなんでいいの?」
「『そんなの』じゃないわよ。このゲーム、素材を集めるの結構大変なんだから」
そういえばそうだ。何せアイテムのドロップ率が異常に低いし。ノゾムはナナミの提案をありがたく受け入れることにした。
「とりあえず5本作ったから……。実際に射ってもらって、不具合なところを調整しながら残りは作っていくわ」
「うん。ありがとう、ナナミさん」
ノゾムはお礼を言って矢を受け取った。本当に見事な矢だ。使うのが勿体ない。ナナミは「別に」と言ってそっぽを向く。
いつの間にかこちらを見ていたローゼが、ニヤニヤしていた。さっきまでネルケを見ていたのに!
「いいわねぇ、青春ねぇ」
「発言がおばさん臭いんだけど」
「おばさんですってぇ!?」
「わ、やめてよ!」
ナナミの綺麗な金髪をローゼが両手でクシャクシャにする。ナナミは嫌そうな声を上げるが、ローゼは楽しそうだ。
先頭にいるセドラーシュが呆れた目を向けてきた。
「緊張感がないな……」
「何よセド、混ざりたいの?」
「馬鹿なことを言ってないで、そろそろ準備をしてくれないかな」
セドラーシュはそう言って槍を構える。まさかモンスターが現れたのか? ノゾムは慌てて周囲を見るが、モンスターらしき影は見当たらない。
「ノゾム、上だ!」
ラルドが叫ぶ。ノゾムは目線を上げた。分厚い木の枝の上に、長い尻尾を垂らした黄色い獣の姿があった。
「あれは……」
独特な模様の入った身体。
猫に似ているが、猫よりもずっと大きい。
アフリカや中央アジア、インド、中国など、広く分布しているが、確かアフリカ以外の地域では絶滅の危機に貧しているはず。
樹上を好み、狩った獣を木の上に引っ張り上げるほどの強靭な筋力を持っている。
「豹だ!」
額にちょこんと小さな角が生えていて、どうやらただの豹ではないらしいと察する。ただの豹でも、もちろん怖いけど。
豹はちらりとこちらを見て、大きな欠伸を漏らした。