ペーシュのカラクリ屋敷Ⅳ
「忍者? ここ、忍者がおると?」
ローゼの後ろに隠れたネルケは、ローブの袖で目元をこすって首をかしげた。ラルドは頷き、眉根を寄せて天井を見上げる。天井裏から聞こえていた音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
もしかしたら、天井裏にいた誰かはネルケのもとへ案内するために、わざと音を立てていたのかもしれない。
その誰かが本当に忍者なのか……それは分からないけれど。
「天井裏を調べるしかねぇか……。あのオッサンを引っ張りださないと」
ラルドは顎に指を当ててブツブツ呟く。ネルケはさらに首をかしげた。オッサンというのが誰を指しているのか分からないのだろう。
天井から下半身を生やしたバジルを思い出して、ノゾムは笑っていいのか心配すべきなのか、本気で迷った。ローゼは口を手で押さえてプルプルしていた。
バジルがいる部屋へと戻ると、そこにはちょっとした人だかりが出来ていた。天井から下半身が生えているのだ。誰だって「なんだあれ」と思うし、足を止めるだろう。
それでも誰もバジルを助けようとしないのは、バジルの下半身がめちゃくちゃに暴れているからだ。天井が壊れてしまうのではなかろうか。それともゲームの中だから、そんなことは起こらないのだろうか。
「だあああああっ! ちくしょおおおお!」
バジルは雄叫びを上げる。ぽかんと見上げていたネルケは、その声を聞いて誰の下半身なのかを理解したらしい。
「ば、バジルさん? なんでそんなことに……」
「むっ、その声はネルケか? 無事か!?」
「え、あ、はい……」
無事じゃないのはバジルさんのほうなんじゃ……と言わんばかりの顔をするネルケ。ローゼはその後ろで、うつむいて肩を震わせている。
ラルドが人だかりをかき分けて、バジルのもとに近付いた。
「オッサン、今から出してやるから、ちょっと大人しくしててくれ」
「誰がオッサンだ!!」
失礼極まりないラルドの言葉にバジルは怒鳴るが、このままではどうしようもないことは理解しているらしい。暴れていた下半身は大人しくなった。
「ノゾム、そっち引っ張ってくれ」
「あ、うん」
バジルの右足をラルドが、左足をノゾムが掴む。せーの、の合図で同時に引っ張るが、バジルの体は抜けない。
「う、ウチも!」
ネルケがノゾムの後ろについた。周りで見ていた人たちも、互いに目配せしあって、手伝いに来てくれた。ローゼだけが面白そうな顔をして見守っていた。
再び、せーの、の合図で同時に引っ張る。なんかこういう童話があったな……と思いながら、ノゾムは力を込めた。
バジルの上半身は、ようやく天井から解放された。
「ネルケ! どこに行ってたんだよ! 心配しただろ!!」
「ごめんなさいぃぃぃぃっ!!」
バジルはネルケの肩を掴んで前後に揺する。頭をぐらぐら動かしながら必死に謝るネルケを横目に見て、ノゾムは手伝ってくれたプレイヤーたちに近寄った。
「あの、手を貸してくれて、ありがとうございました」
「いいって別に」
「なんか面白かったしな」
お礼を言うノゾムに、彼らは朗らかに言う。いい人たちだ。ラルドはやっと通れるようになった階段を上がって、天井裏を覗き込んだ。
「どこにいるのかな……。おいノゾム、行くぞ」
「あ、うん」
正直、屋根裏なんかに行きたくはないが(虫とか出そうだし……)忍者を捜すためには、行くしかない。
ラルドの後を追うノゾムを、バジルは不思議そうに見た。
「どこに行くんだ、あいつら?」
「忍者を捜しているらしいわよ」
「忍者? そういやぁ、あの黒ずくめのやつを見た後に、『忍者に転職できるようになった』とか出てきたなぁ」
「「「なんだと!?」」」
ローゼの言葉に思い出したように呟くバジルに、反応したのは部屋を去ろうとしていたプレイヤーたちだ。すぐさま踵を返して、彼らは階段を駆け上がる。
屋根裏にやって来た彼らを見て、ノゾムとラルドは目を丸めた。
「忍者はどこだ!?」
「どけよ、俺が先に見つける!」
「サムライ、ニンジャ、ゲイシャ、サイコー!」
屋根裏が、一気に騒がしくなった。屋根裏と言えど広いし、人が立てるだけの高さもあるので、大勢の人間が押し寄せて来ても狭いと感じることはないが……。
天井、落ちないかな、とノゾムはとても心配になった。
「うへぇ。あのオッサン、口を滑らせやがって。ノゾム、急ぐぞ。先を越されるな」
ラルドはそう言って薄暗い屋根裏を進んでいく。ノゾムはそんなラルドを見て、小首をかしげた。
「【忍者】って、なれる人数が限られてるの?」
「そんなことはないと思うけど」
【忍者】の転職条件は、忍者を見つけること。先着何人までとか、そんな制限は設けられていないはずだ。【忍者】よりもレアな【テイマー】でさえ、条件を満たした全員がなれた。
「だったら、みんなで協力したほうが良くない?」
ラルドは目を丸めて、ノゾムを振り返った。散り散りに動き出そうとしていたプレイヤーたちも、立ち止まってノゾムを見ている。ノゾムはびくりとした。何か変なことでも言っただろうか?
そのうち、ひとりが言った。
「それもそうだな。じゃあ、俺はあっちを捜してくる」
「俺はあっちだ」
「ニンジャは隠れるのが超上手いからな。みんな、気合い入れて捜せよ!」
プレイヤーたちはそう言って再び散り散りになる。ノゾムはホッとした。特に変なことではなかったようだ。ラルドは唖然とノゾムを見ている。ノゾムは首をかしげた。
「どうしたの?」
「え、いや……」
――こいつには競争心というものがないのだろうか。
ラルドの脳裏によぎったのは、そんな疑問だ。誰よりも先にクリアしたいだとか、勝ちたいだとか。そんな気持ちはないのだろうか、と。
「ラルド?」
ノゾムが呼ぶ。ラルドは応えない。ノゾムは少しずつ不安になってきた。ラルドは口元に手を当てる。
「……そうだよな」
勝負ごとならラルドは手を抜かないし、ライバルと協力なんて、絶対にしない。しかしこれは競争じゃない。こんな些細なことにムキになるなんて、それこそ『あいつ』と一緒じゃないか。
「よしノゾム、手分けして捜すぞ」
「うん。――あいたっ!」
「おいおい、気をつけろよ」
梁に額を強打したノゾムに、ラルドは呆れたように言う。痛覚はオフにしているはずなので、今の「あいたっ」は思わず出た言葉だろう。
痛くはないけど、ぶつかった瞬間に思わず「痛い」と言ってしまう。よくあることだ。