ペーシュのカラクリ屋敷
畑に実っているのはトウモロコシ。道は土を踏み固めて作ったような簡易なもので、畑と道の間には木の柵がある。
村の入口から道に沿って進んでいくと、見えてきたのはお店だ。店頭にある傘立てのようなものの中に、刀や槍が入っている。これらが木刀だったら、まんま日本の観光地のお土産屋さんだ。
壁には和弓も飾られている。弓道で使われる弓だ。興味はあるが、ノゾムが使っているものとは扱いが違うそうなので、買うのはやめておこう。
手裏剣もさまざまな形のものがある。十字型だったり、卍型だったり、針みたいな形だったり。
「やっぱカッケェな〜、手裏剣。一個買っちゃお。すいませ〜ん、この十字型の手裏剣くださ〜い」
「あいよ。見たところ、お前さんには使えないようだが構わんかね?」
「もちろんっス」
ラルドと店主の会話を聞きながらノゾムは首をかしげる。代金を払って嬉々として手裏剣を受け取るラルドに問いかけた。
「使えないって、なんで?」
「使用できる武器は職業によって決まってるんだよ。【戦士】は剣、【狩人】は弓、【盗賊】は短剣って具合にな。一度でもその職業に転職すれば使えるようになるんだけど」
「へぇ〜」
それは知らなかった。何せノゾムは【狩人】でスタートして、四苦八苦しながらもずっと弓を使い続けてきた人間だ。
一度でも転職していれば他の武器も使える……ということは、弓を使わない狩人もいるのだろう。
弓は本当に扱いが難しいので、そっちのほうが楽だったかもしれない。まあ、今更他の武器を使おうなんて思わないけど。
「手裏剣を使う職業っていったら……」
「【忍者】以外にないだろ。なぁ、おじさん。この辺に忍者っているの?」
ラルドは店主に尋ねる。店主は「そうさねぇ」と顎に手を当てながら答えた。
「カラクリ屋敷で見かけたという話なら、聞いたことがあるよ」
「カラクリ屋敷か!」
店主は親切にも、屋敷までの道も教えてくれた。ノゾムとラルドは感謝の言葉と共に、店を後にした。
村の一番奥にある、石造りの高い塀に囲われた屋敷が『カラクリ屋敷』だ。屋敷の前にはたくさんのプレイヤーが集まっていて、まるで遊園地のアトラクションのようだった。
屋敷の中からは「わー!」だの「きゃー!」だのと悲鳴が聞こえてくる。
やはりどう考えても、遊園地のアトラクションだ。これがお化け屋敷だったら、ノゾムは全力で逃げている。
「……あれ?」
人でごった返す入口から少し離れたところに、見知った男の姿があった。男もこちらに気付く。キャスケット帽の広いつばの奥で、アクアマリンのような目が丸くなった。セドラーシュだ。
「なんだ、君たちも来たのか」
「来ちゃ悪いかよ」
ムッと顔をしかめながらラルドが返す。
セドラーシュは訝しげに眉を寄せた。
「そんなことは言っていないだろ。今、ネルケたちが入ってるんだよ。ネルケが行きたいって言い出してさ」
「ネルケが?」
意外だ。ネルケはこういうアトラクションが好きなのだろうか? しかしセドラーシュによると、どうやらそれは違うという。
「誰に触発されたのやら、最近やたらと色んなことをやりたがるようになってね」
ノゾムは目をしばたかせた。思わずラルドを見る。ラルドもまた、目をぱちくりさせていた。
――ラルドくんみたいに、めいっぱいこのゲームを楽しんでみる。
確かにあのとき、ネルケはそう言っていたけど……。
「僕は止めたんだよ?」
うんざりした様子でセドラーシュは言った。それはどういう意味だと問おうとしたところへ、男女の2人組が猛スピードで駆けてきた。
獣の頭蓋骨を模したマスクをつけた巨体の男、バジルと、ピンクのツインテールが特徴の女、ローゼである。
「ちょっとセド! ネルケ、先に戻ってきてない!?」
開口一番に問いかけてくるローゼ。ノゾムには何のことか分からなかったが、セドラーシュはすべてを察したような顔をしてローゼを見た。
「はぐれたんだね?」
「そうなのよ! ちょっと目を離した間に、いなくなってて!」
「だから止めたのに」
「うるさい!」
うるさいと言うが、現状、一番大声を出しているのはローゼである……これは指摘しないほうが賢明だろうか。
そして、なんてことだ。ネルケはまたしてもパーティーからはぐれてしまったらしい。
エカルラート山の洞窟で迷子になってから、まだ一週間も経っちゃいないぞ。
「お、俺、探してきます」
「『オレたち』な。ちょうど今から入るところだったし、ちょうどいい」
ノゾムとラルドが声をかけると、ローゼはようやく2人に気付いたようだ。バジルが顔を歪ませて「弓ヤロー」と呟いたのは、見なかったし聞かなかったことにする。
それより今は、仲間とはぐれて不安になっているだろうネルケのことが心配だ。
「ありがとう。あたしたちもまた入るわ。セド、あんたも来るのよ」
「なんで僕が?」
「つべこべ言わない!」
セドラーシュは不満たらたらな様子でローゼを見る。しかしふと、何かを思いついたように顔を上げた。
「万が一にもネルケが自力で出てきたとき、仲間が誰もいなかったら不安になるんじゃないかな?」
それは確かにそうだ。下手をすると、『自分を置いて行ってしまったのかも』と勘違いするかもしれない。ネルケはめちゃくちゃネガティブな子なので、それは十分に有り得る。
「だから僕はここで待っているよ」と爽やかに提言するセドラーシュ。もっともらしいことを言っているが、本音が「面倒くさい」であることは誰の目にも明らかだ。
「セド、あんた、サイテー」
「なんとでも言えばいいさ」
セドラーシュはふふんと鼻を鳴らした。