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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第2章 バトル大国オランジュ
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ストーカーは犯罪です

「……なんでいるの?」


 その呟きはノゾムの口から漏れたものだったか、ナナミの口から漏れたものだったか。あるいは、全員が思わず出した言葉だったか。


 言われた当人はニコニコしながら、3人からの訝しげな視線を受けている。


 黒髪黒目。メガネはしていない。ナナミは眉間に深い縦じわを刻んで、足元にいるロウを見た。


「ロウ、お願い」

「ウォン!」


 ロウは凛々しい顔つきで前へ出る。チャラ男は一瞬だけビクッとしたが、今度は逃げなかった。


 無理やりに口角を持ち上げて、不格好な笑みを浮かべている。


「ふふふふふ……。分かっているんだよ、ずっと離れたところからキミたちを見ていたんだから」

「え、ストーカー?」

「ズバリこいつは、ただの『犬』だ!!」


 ナナミがドン引きしながら言った言葉を華麗に無視して、チャラ男は高らかと言い放った。ノゾムたちは目を点にした。


「モンスターかと思ってビックリしたけど、普通に考えたらモンスターが人間に従うわけがないものな。このゲームではペットも飼えるのか。何でも有りなんだねぇ」

「え、いや、あの……」


 どうやらチャラ男は勘違いをしているようだ。尻尾をふりながらノゾムについてくるロウを見ていたなら、その勘違いは当然かもしれないけど。


「こいつはモンスターですよ?」


 それと同時に、やはりこの男はオスカーとは別人であると思う。何故ならオスカーは、このことを知っているのだから。


「【テイマー】っていう、モンスターを仲間にできる職業があるんですよ。こいつは俺が仲間にした『ガルフ』っていう狼のモンスターです」


 チャラ男は不格好な笑みを浮かべたまま固まった。ロウが犬歯をむき出しにし、低く唸る。チャラ男は回れ右をした。


「……なんなんだ、あの人」


 あっという間に離れていったチャラ男を見て呆然と呟く。20メートルほどの距離をあけて、木の陰に隠れながらこちらの様子を窺うチャラ男は、どうやら去る気はないらしい。


「ナナミの顔が相当気に入ったんだな〜」

「もうやだ! 私この顔変えたい!」

「え」


 それはちょっと、とノゾムは思う。何しろ本当に美少女なのだ。無表情で黙っていると、人形のようである。


 髪型や髪色なら、街で変えることが可能だ。瞳の色も、カラーコンタクトレンズを装着することで変更することが出来る。


 しかし顔の造形だけは、最初に自分で決めたものから変更できない。ネタに走って変な顔にしたばかりに後悔するプレイヤーも、結構いるのだとか。


「こうなったら……。ロウ、ずっと私のそばにいてね?」

「おいおい。こいつはノゾムのテイムモンスターだろ? ナナミもなんか強そうなやつを捕まえりゃいいじゃん。テイマーなんだし。ほら、ドラゴンとか、クリスタル・タランチュラとか」

「あんな連中を連れ歩くなんて、正気の沙汰じゃないわ」


 ごもっともである。ノゾムだって、一見ただの犬に見えるロウだから連れていけているのであって、ドラゴンや蜘蛛だったら絶対に無理だ。


 ラルドは「なんで? カッコイイじゃん」と首をかしげている。そりゃあ、画面越しに見るならカッコイイだろうけど。このリアルすぎるVRゲームの中では無理だ。


「私はもっと可愛いのとか、綺麗なのがいい」

「クリスタル・タランチュラは綺麗だったじゃん。全身が水晶だぞ?」

「蜘蛛は嫌」


 果たして可愛いモンスターなんているのだろうか。ロウは可愛いけど、モンスターとして出てきた時は普通に怖かったし。


「オレはカッコイイやつがいいな。このタマゴから、怪鳥のヒナが生まれてこないかな?」


 ラルドは布で包んだ巨大なタマゴを抱きしめる。本気で孵化にチャレンジするらしい。布で包むだけで、果たしてちゃんと孵ってくれるのだろうか。


「ラルド、もっと温めたほうがいいんじゃない? 俺の上着も使う?」

「おお。ありがとう、ノゾム」


 ラルドは受け取った上着でタマゴを包む。その顔はまるで、カブトムシがサナギから孵化するのを心待ちしている小学生のようだ。ラルドの中の人って、何歳なんだろう。



 山道はあちこち枝分かれしていて、複雑になっている。古びた道先案内板がところどころにあるけれど、文字がかすれていて読めないものもあった。


 書かれている文字は日本語だ。このゲームでは、文字は最初に設定した言語に翻訳されるようになっている。口から出る言葉も同様だ。


 案内板を左折して、急勾配の斜面を上がっていくと、やがて小さな村が見えてきた。


「ここがペーシュ?」


 山間に木造の民家がポツリポツリと建っている。家と家の間には、田畑が広がっていた。屋根には瓦が使われていて、まるで日本の原風景。


 アブリコは西部劇のような感じの町だったので、ちょっと……いや、かなりの違和感がある。


「この村、剣術道場があるらしいぜ。そこで『居合い切り』を教えてもらうと【侍】に転職できるようになるんだってよ」

「居合い……って、ジャックさんが使ってたやつ?」

「そうそれ。カッコよかったよなぁ、腹が立つ」


 他には、店で刀が売られていたり、カラクリ屋敷があったりするらしい。ラルドはカラクリ屋敷に興味があるようだ。アスレチックも好きみたいだったしな。


「侍に、刀に、カラクリ屋敷……。もしかして忍者ってここにいるのかな?」

「かもな。手裏剣やクナイも売ってるらしいし、その可能性は高そうだ。探してみようぜ!」

「私は矢を完成させるわ」


 忍者なんて興味がないと言わんばかりにナナミは片手を振って言った。


「でもロウは置いていってね」


 未だに20メートルほどの距離をあけて様子を窺っているチャラ男。遠い目をしながら告げるナナミに、ノゾムは頷くほかなかった。

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