目的地は遥か遠く
どうやらチャラ男はモンスターが苦手なようだ。そういえばミーナが『モンスターに遭ったら逃げるって言ってた』と、言っていたっけ。
そんなミーナは泣きながらロウを抱きしめて礼を言っている。ロウはノゾムを見上げて、褒めて褒めてと言わんばかりだ。
「えっと……よくやったね、ロウ」
とりあえず褒めてあげると、ロウはえっへんと胸を張った。なんだこいつ、可愛すぎか。
「この子がそばにいれば、オスカーも近付いてこないかもしれません」
「そ、そうね」
よろしくね、とナナミはロウを撫でる。ノゾムはなんとなくそんなナナミを直視出来ず、視線を右往左往に泳がせた。ラルドに目を向ける。
「それよりも、今の人って……」
「ああ、そっくりだったな。メガネはしてなかったけど」
たまたま同じ名前なだけだと思っていたが、チャラ男は名前どころか、顔までオスカーと同じだった。こんな偶然があるだろうか?
「でも別人だろ。顔は確かに同じだったけど、中身が全然違ったじゃん」
それにオスカーは一度、ロウに会っている。ロウがノゾムのテイムモンスターであると知っている。その時は、ロウの頭を撫でていた。
そんなオスカーが、あんなふうに逃げるはずがない。
「まあとりあえず、今は怪鳥だな。復活したみたいだし」
「えっ」
後ろからばさりと音が聞こえる。振り返ると、暗闇に赤く輝く巨大な鳥の姿が見えた。
「今度こそ羽根を落としてもらうぜ!」
「わあ、大きな鳥! 私も一緒に戦っていいですか? 憂さ晴らしをしたいので!」
キラキラと目を輝かせて剣を構えるミーナは、やっぱり武闘派だ。見た目はおとなしそうな娘なのに。
ラルドは快諾した。ノゾムはまた戦わなくてはいけないのかと、心底ウンザリした。
***
結局、怪鳥と何回戦ったのか分からない。10回以上戦ったのは確かだが、途中で数えるのが面倒になってやめてしまった。
途中で何度もレベルが上がり、ラルドは【魔道士】のセカンドスキル『中級魔法』を習得。ミーナは「オスカーのバカー! アルのアホー!」と叫びながら飛び込んで剣を振って……ようやく、怪鳥は大きな宝箱を落とした。
宝箱の中身は大量の赤い羽根と、鋭い爪、硬そうなクチバシ、それと巨大なタマゴだ。宝箱の底のほうには、金貨が敷き詰められている。
本当に、なかなか落としてくれない分、一度に落とす量が半端じゃない。
「これでようやく矢が完成するわね」
「長かった……」
リアルの世界ではまる1日が経過し、空は明るくなっている。途中で何度か休憩は挟んだけど(というかこのゲームの仕様により、挟まなければならないのだけど)とにかく疲れた。
「スッキリしましたーっ!」
ミーナは晴れやかな顔で伸びをしている。戦闘中の般若のごとき顔は、どこにもない。憂さ晴らしは無事にできたようだ。
ラルドが首をかしげて問うた。
「アルって誰だ?」
「人でなしです」
ミーナはさらりと告げる。なんでも、ミーナがオスカーと一緒にいた原因は、ほとんどその『アル』という人物にあるのだという。事情は分からないが、またしても般若に戻りかけているミーナの顔を見て、ノゾムたちは「触れないほうがいいな」と判断した。
宝箱に意識を戻す。
「オレ、タマゴが欲しい!」
「食べるの?」
「バカ言え。孵化にチャレンジするのだ!」
マジでか。
孵化なんて出来るのか?
タマゴはバスケットボールくらいの大きさだ。ダチョウのタマゴよりも大きいだろう。ラルドはそのタマゴを大切そうに抱きかかえた。孵化が可能かどうかは分からないが、ラルドがやってみたいなら、やってみたらいいと思う。
「ミーナとノゾムは?」
「あ、私は遠慮します。戦闘に参加させてもらえただけで、感謝ですので!」
「俺は金貨だけ……。爪とかクチバシとか貰っても、困るし」
使い道も特に思いつかないし、そもそもナナミが作っている矢はノゾムのためのものだ。だったら、自分の取り分はナナミにあげたい。
「そう? だったら遠慮なく」
「ずりぃ! それならオレ、爪も欲しい! アクセサリーに使えそう!」
「えー……」
「えーじゃねぇよ!」
ナナミはしぶしぶ爪をラルドに渡した。
大量の羽根をナナミのアイテムボックスにしまい込んで、最後に金貨を分け合い、空っぽになった宝箱は消える。
これで目的は達成だ。
「それじゃあアブリコに戻って……次の街まではSLに乗る? それとも歩く? 私はどっちでもいいけど」
ナナミの問いかけにノゾムとラルドは閉口する。SLに乗ると、移動は楽だが、その道中の素材の採集はできなくなる。線路が通っていない街や村にも行くことができない。
「……いったんSLに乗って、Uターンする」
SLにも乗りたいし素材も手に入れたいラルドは、そう提案する。ナナミは呆れた顔をした。
「それはイヤ。面倒くさい」
「ぐぬぅ……」
ラルドは渋面をつくった。
「……だったら歩く……」
「ええっ!? 俺はSLに乗りたいんだけど……」
素材やスキルに興味のないノゾムは、断然SL派だ。SLに乗りたい!
「それじゃあ、じゃんけんで決めましょう」
それで恨みっこなしよ、とナナミは言う。
ノゾムとラルドはお互いの顔を見て頷いた。
「よぉし。ノゾム、オレはグーを出すぜ!」
「え、そんなこと言う!?」
さっそく相手を迷わせる作戦に出たラルドに、ノゾムは眉を寄せる。
こういう駆け引きは、大の苦手だ。
「最初はグー! じゃーんけーん……」
***
「それでは皆さん、また機会があれば一緒に狩りに行きましょう!」
ミーナはそう言って大きく手を振った。ノゾムたちはそれに応じながら、アブリコの村の駅……の、脇に続く小道へ向かう。
ノゾムはじゃんけんに負けた。ラルドの裏の裏の裏を読もうとして混乱し、あっさり負けた。
「だからグーを出すって言ったじゃん」
「うるさいな! 次に駅のある街に着いたら、今度こそSLに乗るからな!?」
「お。それじゃあ、駅があるたびにじゃんけんするか?」
「嫌だけど!?」
ラルドは楽しそうにケラケラ笑う。自分だってSLに乗りたがっていたくせに、このやろう。
アブリコで購入した地図によると、ここから一番近いのは『ペーシュ』という村らしい。オランジュには地図に載っていない村もいくつかあるそうだから、間違えないように気をつけなければ。
オランジュの首都『ノワゼット』は、山岳地帯を越えてずっと南、海と大河に面したところにある。大河の向こうは砂漠になっており、そこがノゾムの目指す『ジョーヌ』という国だ。
「図書館が遠いよ……」
遠く広がる山々を見て、ノゾムは思わず遠い目になった。