彼はただ、底抜けにアホなんです
一緒に遊ぶなら女の子がいい。
それも、とびきり可愛い女の子が。
しかし可愛い女の子ほど注意が必要であることも知っている。中身が男かもしれないからだ。男が好むツボをよく心得ている彼らは、巧みな言葉や仕草で男心を刺激する。
いつの間にか貢いでしまっていることに気付いた時には驚いた。しかもかなり年上の男であると知った時には、ショックを通り越して人間不信になりかけた。
あんな経験は二度とごめんだ。だからこそ、相手は十分に見極めなければならない。
(うわっ、可愛い……)
見極めなければならないのに、とびきり可愛い女の子を見かけると、ついつい目で追ってしまう。男の悲しい性である。
尾のように垂らした長い三つ編み。長いまつ毛に縁取られた、エメラルドグリーンの瞳。陶器のようになめらかな肌は、まるでよく出来た人形のようだ。
声をかけようとして、思いとどまる。もし彼女の中身が男だった場合、今度こそ、このガラスのハートは再起不能になってしまうだろう。
ああいう美少女は遠くから眺めるだけにしておくべきだ。そう、女神を崇めるように。
「ナナミさん、大丈夫?」
「なんか悪寒が……」
「風邪引いたのか? ゲームの中なのに」
さてさて気を取り直して、一緒に遊んでくれそうな子を探す。絶世の美女である必要はない。女の子なら誰でも、一緒にいると楽しいからだ。
きょろりと周囲を見渡して、ふと目を止める。視線の先にいるのは、不安そうに目を泳がせているおとなしそうな女の子。駅の前にポツンと佇んで、なんだか今にも泣き出しそうだ。
「ねえ、キミ、大丈夫?」
「……っ!?」
女の子の肩がビクリと跳ねる。急に声をかけられて驚いたらしい。
「あ、ごめんね。びっくりしたよね。オレはオスカーっていうんだけど……怪しい人間じゃないよ」
「…………」
「めっちゃ怪しんでる顔してる!」
女の子は明らかに警戒していた。それは仕方ない。初対面の、それも異性を前にして、無警戒でいろというほうが無理な話だ。
警戒されていることで、逆にオスカーはホッとした。彼女はきっと、リアルでも女の子だろうと思ったからだ。
「泣きそうな顔をしていたけど、連れはいないの? キミ、ひとり?」
「…………」
「実はオレもひとりなんだよねー。この前まで一緒にいた人たちがいたんだけど、何故か連絡が取れなくなっちゃったんだよ。なんでだと思う?」
「……お兄さんが鬱陶しいから、ブロックされたのでは?」
「ひどい!」
大げさに仰け反ってみせると、女の子は堪えきれないように噴き出した。クスクス笑う。うん、やっぱり泣きそうな顔よりも、そっちのほうが断然いい。
「ねえねえ、ひとりで暇してるなら、オレと遊ぼうよ」
「ナンパですか?」
「そう、ナンパ!」
素直に認めると、女の子はまた笑った。
この『もうひとりのオスカー』、邪悪な人間かというと、そうでもない。もちろん善人ではないが、女の子が大好きな、ごく普通の男である。
言動に裏表はなく、口から出てくる言葉はすべて本音。
「それじゃあ、狩りにでも行きましょうか」
「え、狩り? 無理無理! オレ、戦うのダメなんだよ。モンスターに遭ったら、そっこーで逃げちゃうよ?」
「えー?」
たとえ、口調が冗談っぽかろうが……。
嘘偽りは、一切ない。
***
暗闇の中で赤く輝く翼はまるで炎のよう。人間なんて一口で丸呑みに出来てしまいそうな嘴は長く尖っていて、羽ばたくたびに巻き起こる風は激しいうねりを起こす。
はっきり言って、強敵だ。ノゾムははじめての戦闘不能を味わった。停電したみたいに目の前が真っ暗になったかと思うと、眠りから覚めるように意識が浮上した。
思っていたよりも恐怖はない。やられた瞬間は、何が起こったのか分からなかったくらいだ。
だからといって、何回も味わいたいものではない。高価な『身代わり人形』を1つ失ってしまった。
ナナミとラルドとロウが怪鳥を引きつけている間に、ノゾムはワイヤーを張りまくる。準備を終えたら怪鳥をおびき寄せて、ワイヤーに絡まって動きが止まったところを集中攻撃。
何度かワイヤーを引きちぎられて張り直すハメになったけど、ひたすら攻撃して、攻撃して、ようやく倒せた。
……宝箱は落としてくれなかった。
「だから言ったでしょ。めったに落とさないって」
「むむむ。ヤツが復活するまで待機だな!」
倒されたモンスターは、一定時間を置くと復活する。いったい何度戦うことになるんだろうと、ノゾムはげんなりした。
ひとまずこの時間を使って回復することにする。お腹も減ってきたので、食料袋からアブリコで買ったサンドイッチを取り出して、頬張った。買ってからずいぶんと時間が経っているのに、レタスがシャキシャキしてて美味しい。
そんな時だった。
「いやあああああああっ!!!」
まったりとした時間を引き裂くように、甲高い声が場に響き渡った。びっくりして声のしたほうへ目を向けると、そこにはモンスターの群れに囲まれた女の子が1人いた。
「無理! 無理ぃ! 1人は無理ぃ!」
それはそうだろう。この山のモンスターは、けっこう強い。1人で複数のモンスターを相手に出来るプレイヤーなんて、そう多くはないはずだ。
「ソロプレイヤーかな? 1人で山に入るなんて、度胸があるな〜」
「どう見てもピンチじゃない」
「とにかく助けなきゃ!」
ノゾムは急いで駆け下りる。ロウがすぐについてきた。ラルドは「横殴りにならねぇかな?」と首をかしげている。
もし怒られたら、その時は謝ればいいだろう。