アブリコにてⅡ
癖のない少し長めの黒髪。垂れがちで、まぶたの下がった眠そうな目。おまけに右手に持った黒縁のメガネ。
どこからどう見ても、レイナのレストランで出会った青年、オスカーだ。
(いやでも、そっくりさんという可能性も……?)
この体はアバターだ。アバター作りの際に選べる顔のパーツは豊富だが、だからといってまったく同じ顔が出来ないとは言い切れない。
そもそもオスカーはとても真面目そうな人だった。女の人に「サイテー」と罵られ、あげく平手打ちされるなんて、とてもじゃないが……。
「なんだノゾム。この女の敵と知り合いなのか?」
「ラルド! 言い方!」
初対面の人にいきなり『女の敵』はないだろう。確かにそう見える光景だったが、何かしらの事情とか誤解とかあるかもしれないし!
オスカーらしき男性はメガネをかけ直し、訝しげな顔でノゾムを見た。
「お前は確か、レイナの店で……」
はい、オスカー決定。
そっくりさんなどではなく本人だと分かって、ノゾムはショックを受けた。
「お、オスカーさん、大丈夫ですか? その、ほっぺた……」
「……見ていたのか」
オスカーは苦々しく顔を歪め、叩かれた頬をさすった。
「問題ない。痛覚はオフにしている」
「そういう問題なんですか?」
「なあなあ、あんた、何やらかしたんだ?」
「ラルド!」
なんでそうグイグイいっちゃうかな!? オスカーの眉間のしわが渓谷みたいになっているじゃないか!
「……やらかしたのは俺じゃない」
「へ? 何それ、どういうこと?」
「お前には関係ないだろ」
なおもグイグイいくラルドに、オスカーはキッパリと告げる。ノゾムは「デスヨネー」と頷いた。ラルドは不満げだ。オスカーはそれ以上に不機嫌そうだ。
話はこれで終わりだと言わんばかりに踵を返そうとしたオスカーは、視界に飛び込んできた存在に思わず後ずさりした。
「な、なんだこいつ! なんでモンスターが村の中に!?」
ロウだ。退屈そうにあくびをしていたロウは、戦闘態勢に入るオスカーを見て首をかしげた。ノゾムは慌てて間に入る。
「待ってください! こいつは俺の仲間です!」
「……モンスターが?」
「【テイマー】っていう職業のスキルで……」
ノゾムの説明を聞いて、メガネの奥の目がぱちくりと瞬いた。
「そんな職業もあるのか……」
「知らなかったのかよオリバー」
「オスカーだ。あいにくリアルが忙しくてな、あまりプレイできていないんだよ」
そういえば、受験生らしいとレイナが言っていたっけ。オスカーはそっとロウに手を伸ばし、その頭をよしよしと撫でた。ロウは王様からは逃げていたくせに、オスカーにはされるがままだ。
「まるで犬だな」
「なあなあ、なんで叩かれてたんだよ〜」
「しつこい」
本当にしつこい。
オスカーはじろりとラルドを睨めつけて、「じゃあな」と言って去っていってしまった。
「ラルド……」
「ふっふっふ。オレの勘が告げているぜ」
何やら得意げな様子のラルド。ノゾムは訝しげにラルドを見た。まさか今のほんのわずかなやり取りで、何かに気付いたというのか。
「あいつはイジると楽しいってな!」
「オスカーさんに謝れ!」
ノゾムは思わず肩を落とした。ナナミも呆れた目でラルドを見ている。ラルドはケタケタ笑った。
「だってあいつ、返し方がなんか真面目なんだもん。でも悪いやつには見えなかったな。マジでなんで叩かれてたんだ?」
「余計な詮索はやめなさいよ。それより【槍使い】になるんでしょ?」
「おお、そうだった」
アブリコにある訓練所の場所は、ナナミが知っているらしい。さっそく案内してもらうことになった。
***
訓練所はすぐに見つかった。駅に次ぐ大きさの建物で、かがり火に照らされているのでとても目立つ。
「よく来たな」
入口に立つ、厳つい顔をした男が重々しく口を開いた。
「ここは身体の基本的な動かし方や各種武器の扱い方を学ぶ場所。新米の冒険者はもちろん、腕に覚えのある冒険者が新たな高みを目指すために、基礎を学び直す場所でもある」
口の周りに生えたゴワゴワとしたヒゲ。腕や胸に、無駄なくついた筋肉。
「おっさん、クルヴェットにもいなかった!?」
目をひんむいて叫ぶラルドの言うとおり、その男はクルヴェットの訓練所の前にいた男と、瓜二つだった。男は片眉を持ち上げる。
「む、兄者を知っているのか」
「兄者ぁ!?」
なんとクルヴェットの男は、この男の兄らしい。それにしちゃ似すぎだろう。ヒゲの形まで何もかもが一緒だぞ。
「NPCのキャラデザを使いまわしてるだけでしょ。他のゲームでもよくあることじゃない」
「あああ、そっか。リアルすぎるせいで違和感がハンパねぇ……」
そっくりさんだらけの世界。そりゃ違和感があって当然だ。
せめて髪型だけでも変えればいいのにと、男のツルピカな頭を見てノゾムは思った。