旅立ちのその前にⅢ
ギルドは3人以上の仲間がいれば、簡単に作ることが出来る。
国に申請をするとギルド街に拠点を持つことが出来て、国から降りてくる依頼――クエストをこなすことで、ギルドを運営していく。
運営の仕方は各ギルドのリーダーに任されているが、ほとんどのギルドはクエストの報酬の何割かを運営費に充てて、残りをクエスト達成者に渡しているそうだ。
「ギルドに所属しているプレイヤーは拠点の中に部屋を与えられるの。だから私、不動産屋に行ったことないのよね」
「いっそ、これを機に引っ越しちゃえば?」
「それもいいかもね」
ナナミは本当にギルドの仲間が苦手らしい。それでも所属しているのは、ジャックがリーダーを務めているからだろうか。それにしちゃ扱いが雑だった気がするが、兄妹というのはそういうものなのかも知れない。
ひとりっ子のノゾムには、よく分からないけれど。
職人街を抜けて、広場の近くにやって来る。絶えず光が降り注ぐそこには、相変わらず新人勧誘のプレイヤーたちで溢れていて、とても賑やかだ。
不動産屋は、その広場の向かいに建っていた。
三角形の赤い屋根に、白いレンガの壁。木枠の窓の前には色とりどりの鮮やかな花が並んでいて、不動産屋というよりもお洒落なカフェか、雑貨屋のようだった。
建物の前には大きな掲示場があって、スペースいっぱいに物件情報が貼られている。……ここだけちゃんと、不動産屋っぽい。
「広場のそばのアパート……月々5000ゴールドから。なんか安くない?」
リアルで中学生のノゾムは、部屋探しの経験などもちろんない。けれどもここに掲示されている値段がどれも破格の値段だということは分かる。月々5000円で住める家などあるだろうか。
「いや、高いほうでしょ。ノゾムはどうやってお金を稼いでる?」
「どうやってって、モンスターが落とす宝箱とか……あ、そっか」
このゲームのアイテムドロップ率は、かなり低い。お金はモンスターを倒せば必ず手に入るものではなく、モンスターがドロップした宝箱の中に、アイテムと一緒に詰め込まれている。
一度に手に入る金額そのものは多いけれど、その『一度』がなかなか来ないのだ。
「ギルドに入って、クエストをとにかくたくさん請け負うとか、フィールドで手に入れた素材を売るとか、アイテムに加工して売るとか……お金を稼ぐ手段ってのは限られているのよ。たかが月々5000ゴールドでも、人によってはかなり厳しい。毎日ログインしている人ばかりじゃないからね」
「そうだよね……」
ノゾムは学生で、今は夏休みだから毎日ログインできているが、リアルが多忙な人だとそうはいかないだろう。
賃貸か、持ち家か。どのエリアに建っているのかでも、代金は違ってくる。
一番高いのは城の近くにある豪邸だ。ゼロが後ろに8つも付いている。こんな家に住めるプレイヤーが、果たしているのだろうか。
「郊外のほうが安いみたいだな。倉庫代わりに使うだけだし、安いとこでいいよな?」
ラルドの問いかけに、ノゾムは頷いた。
街はずれに位置する物件は、どれも安い上に広い。大きな庭がついているのに、10万ゴールドくらいで買える家もある。持ち家ならば、毎月ずっとお金を払う必要はない。ローンさえ払い終えたら、その家は自分たちのものとなる。
「家賃は折半するとして……あとは道具箱と転送陣を買わなきゃな」
「えっと……?」
『転送陣』というものは初めて聞く。
「転送陣っていうのは、部屋に貼っておくだけで、いつでもどこからでも部屋に帰ってくることができるようになるアイテムだよ」
旅先で携帯用の『ミニ転送陣』を壁に貼ると、そこから自室へ移動することができるらしい。冒険を再開するときには、また『ミニ転送陣』を貼ったところから始めることができる。
遠出をするなら、あると便利。それが転送陣なのだそうだ。
旅立ちの前に買うものはたくさんあって、精霊水晶を売ってかなり余裕があったはずのノゾムのお金は、あっという間に底をついてしまった。
「矢も補充しなきゃなのに……」
「自作すれば?」
「作れるものなの!?」
さらりと告げたナナミにノゾムは目を見開く。そういえば、K.K.は武器を作って売っていた。弓が作れるのだから、当然弓矢を作ることも可能なはずである。
だがしかし、
「俺、すんごく不器用なんだけど……。大丈夫なのかな?」
「…………」
「…………」
ナナミとラルドは沈黙した。
「……やってみなきゃ分からないわ!」
「そうだぜノゾム! 挑戦あるのみだ!」
「今の沈黙は何!?」
何かを誤魔化すように親指を立てる2人にノゾムは思わず叫ぶ。
大丈夫じゃないのか? まさか弓矢作りにおいても『センス』とやらが必要なのか!?
ロウは蝶々を追いかけて遊んでいる。
飼い主がこんなに苦悩しているというのに、のん気なものである。