旅立ちのその前にⅡ
名前をつけてもらって喜ぶ狼――もといロウを見て、ノゾムは苦い顔をする。
どうしてこうなった。
「『ロウ』って、ちょっと安直じゃない?」
ナナミが苦笑混じりに言う。確かにそうだ。とっさだったから、いい名前が思いつかなかった。
「めっちゃ尻尾振ってる! いいなぁ、オレもカッコいいやつ仲間にしよ!」
ドラゴンとか仲間にしたいよなぁ、と目を輝かせながら言うラルド。ドラゴンなんか引き連れていたら、街に入れなくなるんじゃなかろうか。
やはり、モンスターを入れられるポケットサイズのボール的なものが欲しい。
「すみません、K.K.さん。せっかく別れ方を教えてもらったのに……」
しょんぼりと肩を落として謝ると、K.K.は首を横に振った。
「お前は良い奴だ」
そうだろうか。
優柔不断なだけのような気がするが。
微妙な表情をするノゾムに、K.K.は笑顔で告げた。
「困ったことがあればまた来い。俺はだいたいいつもここにいる」
「は、はい。ありがとうございます」
彼女こそ良い人だ。次に来たときは、何か武器を購入しよう。それとも素材を持って来たほうが喜ばれるかな?
「それじゃあ次は――」
「部屋探しだな!」
アイテムの補充をして出発、かと思いきや、ラルドは急にそんなことを言い出した。ノゾムは首をかしげる。部屋探しとは何ぞや。
「アイテムボックスももういっぱいだからな。倉庫が必要だろ? 道具箱を買えば、ボックスの拡張もできるらしいぜ」
「へぇ〜」
確かにノゾムのアイテムボックスも、もういっぱいだ。ボックスには30個(30種類ではない)のアイテムしか収納できないのだ。【錬金術師】の『収納』を覚えれば、無限に収納できるようになるそうだけれど。ノゾムたちはその便利スキルを持っていない。
「なんだお前ら、部屋を持ってなかったのか」
ジャックが目を丸めて言う。
ノゾムは素直に頷いたが、ラルドは反抗的に口を尖らせた。
相変わらずジャックに対するラルドの態度は良くないが、オトナなジャックは気にしていないようだ。
「それなら不動産屋だな。金に余裕があるなら、賃貸より持ち家がいいぞ。ローンも組めるし」
「な、なんか急に、リアル感が増しましたね」
「んなこた知ってるし! このイケメン男め!」
ラルドはフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。なんでラルドは、こんなにもジャックに敵愾心を持っているんだろう。原因が判然としない。
首をかしげている、その時だった。
「あ! ジャックいた!」
ふいに通りから甲高い声が聞こえた。それと同時に軽快な足音が近付いてきて、誰かが割り込んでくる。
まず視界に飛び込んできたのは、四方に跳ねた、柔らかそうな銀色の髪。
「探したよ! 面倒なクエストが入っているんだけど、前衛が足りないんだよ! 一緒に来て!」
強引にジャックの腕を掴んで引くその女の人の耳は、エルフのように尖っている。目はルビーのような紅色で、つり目がち。丈の短いタンクトップを着ているせいで、おへそが丸見えだ。
ノゾムは極力視界に入れないように気をつけながら、内心で小首をかしげた。
(どこかで見たような……?)
「悪いシスカ。俺、いま忙しいんだよ……」
「はあああああ!?」
申し訳なさそうに謝るジャックに、シスカと呼ばれた女の人は露骨に顔を歪める。美人が凄むと怖い。シスカの紅い目がこちらに向いた。ナナミを映して、眉根が寄る。
「またナナちゃんの手助けをしてるの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「いくら可愛い妹だからって、過保護はよくないんじゃないかなぁ?」
ノゾムとラルドは思わずナナミを見る。ナナミは眉間にしわを刻んでシスカを見ていた。ジャックは困ったような顔をしている。
「ナナちゃんも、あんまりお兄ちゃんに頼りきりだと友達できないよぉ?」
「ご心配なく。友達ならいるんで」
「あ、そう?」
友達と聞いて、シスカの目がさっとノゾムとラルドに向く。「ふーん」と呟いているが、何が「ふーん」なのか、ノゾムには分からない。
「それなら、ジャックを連れていっても構わないよね?」
「ええ、どうぞ。首輪でもつけて連れていってください」
「おいナナミ!?」
にっこりと笑顔で告げるナナミに、ジャックはガーンとショックを受ける。シスカはそんなジャックの胸ぐらを掴んだ。下からギロリと睨めつける。
「あんまり非協力的だと、ボクがリーダーの座を奪っちゃうよ?」
「そんな!」
よく分からないが、ジャックは何かのリーダーらしい。そして今、その立場を追われそうになっている。
ジャックはがくりと肩を落として、ノゾムのほうに顔を向けた。男前が非常に情けない顔だった。
「すまん、ノゾムくん。どうやら俺が協力できるのは、ここまでみたいだ……」
「え、あ、気にしないでください。今まで助かりました。ありがとうございます」
「ほら行くよジャック」
首根っこを掴まれてジャックは引きずられていく。シスカのほうが小柄なのに、すごい力持ちだ。アバターだからだろうか。
ノゾムはまたもや首をひねった。
「なんかあのシスカって人、見覚えがある気がするんだけど」
「あ、オレも!」
ラルドが手を挙げる。
ナナミはどうでも良さそうな顔をして答えた。
「よく広場で新人の勧誘をしてるからね」
「なんかお前、仲悪そうだったな」
「まあね」
「てかあのイケメン男、ギルドのリーダーだったのかよ」
「まあね」
「しかも兄妹かよ」
「まあね」
ナナミの返事はおざなりだ。
ノゾムは顎に手を添えた。
「ということはナナミさんって、ちゃんと女の子だったんだ?」
「まあね……って、ちょっと待ってそれどういう意味?」
さすがに看過できなかったのか、ナナミは眉を寄せてノゾムを見る。ノゾムは自分の失言に気付いて慌てて口を押さえた。
「いやノゾム、『女の子』とは限らないぞ? おばさんかも!」
「よしあんたたち、そこに座りなさい」
ラルドの余計な言葉を聞いてナナミは冷たく言い放つ。目が怖い。ハイライトが消えている。
リアルのナナミは10代の女の子だそうだ。
正座をさせられこんこんと説教を受けながら、ノゾムはそっと安堵の息を吐いた。