ゲーム嫌いがゲームを始めます
城を追い出されてしまった。
「まだ親父のこと聞けてないんだけど!?」
門の前でノゾムは思わず叫ぶ。その足元には、元凶である赤い狼が行儀よく座っていた。
どうするんだ、この狼。
アガトに渡すつもりで捕まえてきたのに。
「だから、運営の人なんでしょ? ノゾムのお父さん」
「いやいやいや。え? 運営? ちょっと何言ってるのか分からないよ?」
ノゾムの頭は、相変わらず考えることを放棄している。父親が運営の人間であるという話は、そう簡単に受け入れられるものではなかった。
「そうだ、『一緒に遊ぼうぜ』って……。あれは普通に、プレイヤーとして一緒にってことなんじゃ?」
「んー。そうだなぁ。ノゾムくんの父さんは、ゲームマスターみたいな感覚でいるのかもなぁ」
「ゲームマスター?」
なんだそれ。
訝しげな顔をするノゾムに、ジャックは簡単に説明した。
「TRPG、テーブルトーク・ロールプレイング・ゲームっていうゲームがあるんだ。机の上でやるゲームでな、RPGの原点ともいわれてる。
プレイヤーは自分が操るキャラクターを自由に創造し、進行役が伝える状況に応じて冒険を進めていく。例えば敵が現れたとして、戦うのか逃げるのか、はたまた説得してみるのか。
戦うとして、正面から挑むのか、裏をかくのか……。
そのゲームの『進行役』が、ゲームマスターと呼ばれるものだ」
つまり、
「ノゾムくんの父さんは、ゲームの作り手という立場で、ノゾムくんがどう遊ぶのかを見ているのかもしれない。もしかすると、案外近くにいるのかも」
「もしそうなら、1発どころか4〜5発はぶん殴らなきゃいけないんですけど」
「おお〜、殴れ殴れ〜」
ジャックはケラケラ笑いながら首肯する。
ノゾムは目を瞬いた。殴っていいの?
「それで、ノゾムはどうするの? ゲームが嫌いなら、無理して続けることはないと思うけど」
ナナミはノゾムの意思を尊重してくれるようだ。その後ろではラルドが苦虫をかみ潰したような顔をして黙りこんでいた。
ノゾムは考える。ゲームは相変わらず嫌いだ。だけど、弓は楽しい気がするし、ラルドとあちこちをウロウロするのも、楽しいと思える。
「俺は、少しでも興味が湧いたなら、やってみたらいいと思うけどね」
ジャックは笑顔で言う。
決めるのはノゾムくんだ、と。
ノゾムは唇を噛んだ。それを認めるのは、父親の思惑にはまっているようで、すごく腹が立つ。
「……このゲームって……バトルや生産の他に、何が出来るんですか……?」
絞り出すように紡がれた問いかけ。
ジャックはニヤッと白い歯を見せて言った。
「それに関しては、詳しい人たちがすぐそこにいるぞ」
***
朱色の城の門を守る兵士は、深い息を吐いた。
槍を片手に、ただ立っているというのも大概辛い。兜によって狭められた視界に映るのは、先ほど城から出てきた4人のプレイヤーだ。
アガトから有意義な情報は貰えたんだろうか。あの王は本当に面倒くさい人だから、大変だっただろう。
「……光一さんの子供、続けてくれるかなぁ」
隣に佇む相方がポツリと呟く。
それを受けて、そうだな、と返した。
事情は詳しく知らないが、あの少年はゲームが嫌いなのだという。それにも関わらず、光一が無理やりこのゲームに引き込んだのだとか。嫁さんにも協力してもらって。
このゲームの作り手の1人としては、もちろん続けて欲しいと思う。そして出来ることならば、「楽しかった」と思って貰いたい。
「だが、それを決めるのは彼自身だ」
どんなに傑作だと思って作っていても、クソゲーだと評価されることはある。
どんな名作だって、合わないという人間は必ずいる。
その現実に悲しくないと言えば嘘になるが、それを決めるのはプレイヤーたちであって、制作側にはどうしようもない。
「あのっ」
ふいに声がした。思考を飛ばしている間に、いつの間にか例の少年が目の前に来ていた。
驚いたことを顔に出さないよう気をつけながら、「何かな?」と問いかける。
少年はしどろもどろに言った。
「あの、このゲームって、バトルや生産の他に、何が出来るんですか?」
意外な質問だ。
少しは興味を持ってくれたということだろうか。
顎を指で撫でつつ、「そうだなぁ」と呟く。
「『ジョーヌ』という国にはカジノがあるよ。それと、図書館迷宮というものがある」
「図書館……迷宮?」
「迷宮のように入り組んでいる巨大な図書館だ。保管されている本は実際に読むことが出来る。世界中の本が集められているから、本が好きなら行く価値ありだよ」
「へぇ〜」
少年の目がわずかに輝く。
本が好きなのかな。
ちなみにルージュの隣国の『オランジュ』にはバトルアリーナなるものがあるが、バトルや生産以外で、という話だったので省かせてもらう。
オランジュを担当する王や兵士たちには申し訳ないが。
「ジョーヌの隣の『ヴェール』って国では、土地の開拓が出来る」
「開拓……?」
「村をつくるゲームってのがあるんだけど、それをバーチャルな世界で再現出来る……って言えば分かるかな? ハマる人はすごくハマると思うよ」
「ふうん……?」
少年はよく分からない、という顔をして相槌を打った。村づくり系のゲームはやったことがないのかもしれない。
村づくり系のゲームには『終わり』が存在しない。一応、特定の条件を満たすことでエンドロールは流れるが、クリアした後も遊べるものがほとんどだ。
息子にゲームを『クリア』させることに躍起になっていた光一は、その手のゲームを勧めたことがなかったのだろう。
光一自身、コツコツと地道にやり込むタイプのゲームは苦手そうだったし。
「ヴェールの隣の『ブルー』で盛んなのは、スポーツだな。雪に覆われた国だから、いつでもウィンタースポーツが楽しめるぞ」
「スポーツはちょっと……。運動おんちなもので……」
「身体がアバターだってこと忘れてないか? 身体能力はレベルを上げれば強化できる。フィギュアスケートで10回転とか普通に出来るぞ」
「10回転」
ゲームの中なので、とんでもプレイがやりたい放題だ。現実のスポーツもいいけど、あれはあれで面白いと思う。
他には『密林の国アンディゴ』と『常闇の国ヴィオレ』……だけど、この少年は、たぶん興味を持たないだろう。
『ヴィオレ』なんて魔王がいる国だしな。
「どうだい、ノゾムくん。興味出た?」
少年の後ろから、やたらと整った顔立ちの青年が近付いてくる。
少年はちょっと迷った素振りを見せて、はい、と頷いた。
「お父さんのことは無視していいんじゃないかな〜」
同感である。
是非ともあの男のことは無視して、思う存分楽しんで頂きたい。
少年は「教えてくれてありがとうございました」と頭を下げて、青年と共に去っていった。
なんだか複雑そうな顔をしていたが、「図書館に行ってみたいです」と聞こえてきたので思わずホッとする。
「そういや、もうすぐアップデートがあるんだよな」
相方が話しかけてくる。
「ああ。レベル上限の解放と、バトルアリーナでのチーム戦の追加な。でも、彼は興味ないんじゃないかな」
ゲームが嫌いな少年。
本当に、少しでも楽しんでくれたらと、祈るばかりだ。
第一章完結。
次は『バトル大国オランジュ』。
バトルには興味のないノゾムですが、図書館迷宮がある『ジョーヌ』へ行くには必ず通らなければならない国です。
ラルドとジャックはテンション上げそうです。