王様は理不尽
「一緒に遊ぼうぜ」と書かれた手紙と、最新のVRゲーム。あの日、唐突に送られてきたそれらが、すべての始まりだった。
「このゲームをプレイしているはずの、俺の父親を捜すのを手伝ってもらいたいんです。名前は光一。日本人ですが、今はアメリカで暮らしています。最近、連絡をくれないって母がボヤいていて……。『一緒に遊ぼうぜ』って手紙と一緒にこのゲームを送りつけてきたくせに、全然会えないんです。王様の力を借りたいんです」
お願いします、と頭を下げる。
アガトはそんなノゾムを玉座から見下ろして、わずかに目を細めた。
「個人情報の取り扱いについては、結構厳しくてな。警察とか、裁判所とかの要請があれば開示するが、それ以外は社員であっても安易に見ることは出来ない」
「……デスヨネー」
普通はそうだ。運営側には、ユーザーの情報を守る義務がある。
もしも運営がホイホイと情報を流したら、大変大きな問題になるだろう。
「だがな、お前の親父のことは知っている」
「へ……?」
ノゾムは瞠目した。
チンピラみたいなアガトの顔を、思わず凝視する。
「し、知っているって、どういう……」
動揺するノゾムを見てアガトは笑みを深くした。ジャックたち3人は、訝しげな表情で互いの顔を見合わせている。
アガトが口を開いた。
「そもそもな、なんでお前の親父がアメリカにいるのか、知ってるか?」
「い、いえ。ある日突然、『しばらくアメリカに行くことになったわー』って言い出して……。たぶん仕事の都合だと思うんですけど……」
そもそもノゾムは、父親が何の仕事をしているのか知らない。父親が仕事のことを教えてくれないからだ。母親もそれに乗っかっているし。
父親が渡米したのは、1年ほど前のこと。中学に上がったばかりだったノゾムは、自分もアメリカに行くことになるんじゃないかとヒヤヒヤしたし、父親がアメリカでやっていけるのか心配でもあった。
まあ、その心配はするだけ無駄だったわけだけど。
「そうだな、仕事だ。データのやり取りは国境を跨いでも出来るし、モニターを使った会議も出来るが、やはり、より煮詰めていくためには直接討論したほうがいいからな」
「……?」
どういうことか、分からない。
「お前のことはよく聞いていた。『ゲーム嫌い』なんだってな?」
「!?」
再び、動揺する。
キョトンと目を丸めたラルドが、アガトとノゾムを交互に見て、素っ頓狂な声を上げた。
「ゲームが嫌いなやつなんかいるの!?」
……いるだろ、そりゃあ。そういえば『ゲーム嫌い』については話していなかったっけ。
ノゾムは苦々しく顔を歪めた。
「俺のゲーム嫌いは親父のせいなんですけど」
「ん? そうなのか?」
「失敗するたびに隣でゲラゲラ笑うんですよ。ゲームも親父も嫌いになって当然じゃないですか」
アガトは口元を引き攣らせた。
「それは……」
「それで? 親父は今、どこにいるんですか?」
ノゾムは若干イライラしながら問いかける。アガトが知っているというなら、さっさと答えてほしい。回りくどいのは苦手だ。
「え? 今の話を聞いて察せない?」
「…………」
嘘だろ、とでも言いたげなアガトの様子にイラッとする。
回りくどい言い回しをした挙げ句に、『察しろ』という人間は、苦手を通り越して嫌いだ。
――アガトが親父と知り合いであることは分かった。親父からノゾムの『ゲーム嫌い』について聞いていることも分かった。
だが、重要なのは、今、親父がゲームの中のどこにいるのか、だ。
「ノゾムくんの父親は、王様と仕事をしている……?」
ジャックがポツリと呟く。ノゾムは目を丸めてジャックを見た。確かにそう考えれば、辻褄は合う。
そして、アガトの仕事といえば……。
「もしかしてノゾムのお父さんって、運営の人なんじゃないの?」
ナナミがおかしなことを口走った。
それを聞いたラルドが「マジかよ!?」と再び素っ頓狂な声を上げた。
「……うんえい……?」
ノゾムの脳みそは、考えることを止めてしまった。
ラルドたちは、そんなノゾムをほったらかしにしてワイワイと盛り上がる。
「運営の人間って、兵士とかの格好をしてウロウロしてるんだよな?」
「あと王様な。この人以外にも、この世界には何人も王様がいる」
「魔王もな!」
「魔王がお父さんだったら、さすがに同情するわよ……」
憐れみの目を向けてくるナナミに、ノゾムは「デスヨネー」と頷いた。
地底の主。常闇の国の王。簡単には辿り着けない場所で息子を待つ。あの親父なら、やりかねないことだけど。
「もしそうなら俺、親父と縁を切るよ……」
そしてこのゲームは辞めてしまおう。
そうポツリと呟くノゾムに、ジャックたちは焦った顔になった。
「いやいやいや、ノゾムくん。まだそうと決まったわけじゃないし!」
「そうだぜノゾム! 弓が楽しくなってきたって言ってたじゃん! 父ちゃんのことは置いておくとして、とりあえず遊ぼうぜ!」
「…………」
遊ぶ、と言われても。
そもそもゲームで遊ぶという感覚が、ノゾムにはよく分からない。
「無理強いは良くないんじゃないの?」
ナナミが静かに言う。そのとおりだ。
何事も、無理強いは良くない。
ラルドはそれに反論しようとして、口を開いて、閉じて、唇を尖らせた。不満げではあるが、理解はしているようだ。黄色い瞳が、なんだか寂しそうに揺れている。それを見て、ノゾムは「あ」と思った。
ノゾムが辞めてしまったら、ラルドはどうするのだろう?
ギルドに所属するのは嫌みたいだし、『孤高の戦士』の名のとおり、ソロでプレイするのだろうか?
……本当は寂しがりやなのに?
沈黙が満ちる中、アガトが玉座から降りてきた。ノゾムの足元に座る赤い狼に近付く。撫でようとして、ふいと逃げられた。
その後もなんとか近付こうとするが、狼はそっぽを向いて、ノゾムの後ろへ逃げる。
ぐるぐる、ぐるぐると、ノゾムの周りを回るアガトと狼を見て、ジャックがおもむろに口を開いた。
「テイムモンスターは、テイムした人間の言うことしか聞かないんじゃないのか?」
「…………」
アガトは狼を追い回すのをやめた。
狼はノゾムの後ろで尻尾を振って、大きなあくびを漏らしている。
アガトはフッと笑みを浮かべ、真顔でノゾムたちを見た。
「帰れ」
その目は薄っすらと滲んでいた。
運営の人なのに、まさか忘れていたんだろうか……。