王城、再び
まるで埴輪だ。
王城の門を守護する2人の兵士は、揃いも揃って目と口をまん丸に開けて、ノゾムの隣に座る赤い毛並みの狼を見つめた。
まさかノゾムたちが本当に狼を連れて来るなんて、思いもしなかったのだろう。
ここに来るまでにも大勢に注目されて、中には目をキラキラさせながら突撃してくる人もいたりして、なかなかに大変だった。
【テイマー】という職業自体が珍しいものなのに、さらに赤い狼という珍しいモンスターを連れているのだから、仕方がないとジャックは笑っていたけれど。
というかこのゲームにはモンスターを入れるボール的なものはないのだろうか。こんなふうに連れ歩くしかないのなら、テイマーのスキルを使うのを躊躇してしまうんだけど。
「約束どおり『赤い毛並みの狼』を連れてきた。王様にお目通り願いたいんだが」
ジャックが勝ち誇った顔をして言う。
兵士たちは互いに顔を見合わせて、うち1人が城の中へと入っていった。残った1人は眉を下げて、なんとも言い難い顔でノゾムを見ている。
「なあなあ、ルージュの王様ってどんな奴? もさもさのヒゲを生やした爺ちゃんか? 頭にはキラキラの王冠をかぶってるのか?」
ラルドが好奇心に満ちた顔で聞いてきた。
『もさもさのヒゲを生やした爺ちゃん』のあたりで、ジャックと門兵がブフッと噴き出した。
ノゾムは呆れた顔でラルドを見た。
「どこから『もさもさのヒゲ』が出てきたの?」
「えー? だって王様といえばさぁ……。いや待て、最近じゃあバリエーションはもっと豊富だよな……」
「ごめん、よく分からない」
とりあえず爺ちゃんではないよ、と言うと、ラルドは「なーんだ」と口を尖らせた。ジャックと門兵はぷるぷる震えていた。
そうこうしているうちに、城に入っていった兵士が戻ってくる。
「どうぞ中へ。玉座の間にて、王がお待ちです」
入城の許可が降りたようだ。
「ウェーイ!」
「お宝はあるかしら……」
「ナナミ、盗みはダメだぞ」
ラルドとナナミ、それにジャックは、ズケズケと城内へ入っていく。もう少し緊張感とかないのか。
恐る恐るノゾムが歩き出すと、おすわりしていた狼もついてきた。狼というよりは、まるで犬だ。
「なんていうか……頑張れよ、ノゾムくん」
すれ違うときに兵士は神妙な面持ちでそう言った。よく分からなかったが、ノゾムはとりあえず頷いておいた。
(……あれ? 俺、名前教えたっけ?)
疑問が頭に浮かんだのは、玉座の間の入口に立った時だ。
見るからに頑丈そうな両開きの巨大な扉。扉の前にはこれまた兵士が立っていて、門兵たちと同じように何とも言えない微妙な顔でこちらを見ている。
城の入口からここまでは、ほぼ一直線。途中に、舞踏会でも開かれていそうな大広間と、二股に分かれてる大きな階段もあったけれど、迷うことなくここまで来れた。
城なんてものに足を踏み入れたのは初めてだが、実際の城もこんな造りをしているのだろうか? 気にはなるが、確かめるすべはない。
兵士が扉を開ける。その瞬間、飛び込んできた光景に、ノゾムは目を見開いた。
やたら豪奢な椅子に腰掛ける赤髪の男は、この『はじまりの国ルージュ』の王、アガトだ。2〜3人がゆうに並んで座れそうなあの大きな椅子が、おそらく『玉座』と呼ぶべきものなのだろう。
そして玉座の後ろには、アガトを守るように横たわる、真っ白なライオン。
「ホワイトライオン……? にしては、でかいし、角が……?」
大きなライオンの額には、円錐状の角が2本生えている。サファイアのような色の瞳といい、現実感がない。どこか幻想的だ。現実のホワイトライオンとは、完全に別の存在なのだろう。
呆然としていると、フサフサの何かがノゾムの足元を通った。ビックリして見てみると、それは子犬ほどの大きさの、フサフサした尻尾を持つリスだった。
以前、アガトの肩に乗っていたやつだ。
リスはノゾムたちを振り返ることなく玉座の端に移動する。向かう先には、甲羅に植物を生やした大きな亀や、鳥のような翼を持つウサギ、一本角を頭に生やした白馬などがいた。
「すっげー! 見たことないモンスターがいっぱいだ!」
「あ、あれ、モンスターなの?」
キラキラと目を輝かせるラルドにノゾムは問いかける。
確かに、見るからに普通の動物ではないが、モンスターのように凶暴な雰囲気も持ってはいない。ノゾムたちに対しても、彼らは敵意のひとつも持っていないようだ。
「『破邪』を使ったんだろ。あいつも【テイマー】みたいだな」
「へぇ……」
「それで、王様はどこだ?」
「え、本気で言ってる?」
玉座に座るアガトを見ても、ラルドは王様だと認識していないらしい。そりゃあまあ、不敬にも玉座に座っちゃっているチンピラに見えないこともないけれど。
ノゾムはアガトを指差した。
「あの人が王様なんだよ」
「え? ヒゲ生えてねぇじゃん!」
「だから、爺ちゃんじゃないって言っただろ」
なんで王様=ヒゲだと思っているんだ。
アガトはクツクツと喉を鳴らして笑っている。失礼な態度を取られているのに、気分を害したわけではないようだ。ノゾムはホッと安堵した。
ジャックが一歩、進み出る。
「約束どおり、『赤い毛並みの狼』を連れて来ましたよ。これで俺たちの頼みを聞いてもらえますよね?」
疑問系で投げかけた言葉なのに、そう感じないのは何故だろう。『聞いてくれるよな? 約束だったもんな? なあ不真面目な王様よお?』という副音声が聞こえてくるような気がする。
アガトはニヤリと口角を持ち上げた。
「もちろん」