王様のクエストⅣ
ジャックから指定された場所は湖の西側の、クルヴェットからは離れた場所だ。
ノゾムとラルドが向かうと、茂みの前に身を屈めたジャックとナナミの姿があった。ジャックが口元に人差し指を当てて手招きする。音を立てないように、近くに来いということらしい。
ノゾムたちはジャックたちと同じように身を屈めて近寄った。ジャックが茂みの奥を指差す。そこには狼の群れがあった。
黒い毛並みの狼たちの中に、1匹だけ赤い毛並みのやつがいる。
「あいつか」
「どうやって捕まえれば……」
周囲は森。下手に気付かれて逃げられようものなら、面倒だ。
「とりあえず逃げられないように、この周辺に罠を仕込んでおいた」
「ジャックさんも『罠作成』が使えるんですか?」
「当然」
俺は全職業とスキルを網羅する、と口角を持ち上げるジャック。最初に選べる4つの職業は、すでに3つ目のスキルまで習得済みだそうだ。
「で、肝心の『破邪』だけど……対象に直接触れなきゃ発動しないみたいだな」
「対象に直接、って……」
「回復魔法と同じだ」
ノゾムは目を丸めて、再び赤い狼を見た。黒い狼たちに守られる位置にいる。あれをかいくぐって、近付けと?
「邪魔な狼たちはとりあえず倒して、そのあとは赤い狼と追いかけっこだな」
「倒してって……ジャック、不殺を誓ったんじゃなかったの?」
「うぐぅ」
ナナミの指摘にジャックは苦い顔を浮かべる。しばらく逡巡し、ハッと思い出したように言った。
「いや待て。不殺がテイマーの条件だとしたら、モンスターを倒しまくってる俺には無理だし、お前たちだってそうだろう? でも、お前たちはテイマーになれている……。ということは、『倒さない』っていうのは特定の状況・特定のモンスターに対してだけだ。違うか?」
「鋭い……」
ジャックの推理は大正解だ。『倒さない』のはエカルラート山にいるドラゴンに対してで、他のモンスターに対してではない。
ジャックの勘の良さにノゾムは驚いた。
「つーわけで、この狼たちを倒しても問題はない、はず。だよな?」
「…………」
ナナミは面白くなさそうな顔をして「どうかしら?」と投げやりに返した。ジャックは「性格わるっ」と言って、腰に佩いた刀に手を伸ばす。
「んじゃまあ……そういうことで。行くとしようか!」
「おうよ!」
「え、え?」
ジャックとラルドが茂みから飛び出した。狼の群れは突然の闖入者に対して、当然のごとく臨戦態勢に入る。ジャックが仕掛けた罠……は、赤い線として見えた。ちゃんとノゾムたちに味方識別をつけてくれているようだ。
半径30メートルほどをぐるりと囲うワイヤーと、ワイヤーの手前にいくつも作られた落とし穴。赤い狼をそこへ追い込めば、捕まえられるはずだ。
「『ブースト』ッ!!」
ラルドが黒い狼たちに対して大剣を振り回す。狼たちのレベルもラルドよりだいぶ低いので、狼たちはあっけなく宙を舞い、青白い光となって消えていった。
ジャックも負けていない。鞘に納まったままの刀を握り前傾の姿勢を取り、迫りくる狼たちを睨めつける。
「『居合い斬り』」
刀を抜いて、戻した。ノゾムに見えたのはそれだけだ。それだけで、ジャックの周りにいる狼たちが一斉に消えた。
「なに、今の……」
「すげー! かっけー!」
オレも負けねー! と狼に突っ込んでいくラルド。
今のもスキルだろうか。あんな技が使えるスキルもあるのか。というかこのゲーム、いったいいくつのスキルが用意されているんだろう?
赤い狼が群れから外れる。逃げる気だ。しかしこの周辺にはジャックが仕掛けた罠がある。狼は落とし穴に足を取られて、動きを止めた。
そこへ向かうのはナナミだ。
素早い動きで駆け寄り、手を伸ばす。
「『破邪』――!」
しかし狼は、その手を寸でのところでかわした。足を穴から抜き、走り出す。
「ノゾム! そっちに行ったわ!」
言われなくても分かっている。
でも、どうしたらいい?
弓はダメだ。倒さず生け捕りにしなければならないのだから。ではワイヤーを使う? 張り巡らせている時間はもらえそうにない。
体を張って捕まえようにも、狼はなかなかの身体能力の持ち主だ。たぶん逃げられる。
あれもダメ、これもダメ、と考えているうちに狼はあっさりとノゾムの頭上を飛び越えた。なんという跳躍力。ノゾムは狼に向かって、手を伸ばした。
「ら……『ライトニング』!」
覚えたばかりの『初級魔法』のひとつを、狼に向かって放つ。ノゾムは【魔道士】のように魔法攻撃力が高いわけではない。【釣り人】の『精神統一』も使えない。そんなノゾムの魔法なら、直撃しても倒さずに済むんじゃないかと判断したからだ。
そしてその判断は正しかった。小さな稲妻に打たれた赤い狼は青白い光となって消えることはなく、その場に崩折れる。
ノゾムは慌てて駆け寄って、ふさふさの毛皮に覆われたその身体に触れた。
「は、『破邪』!!」
スキルの名前を叫ぶことには、慣れそうにない。ちょっぴりどもってしまったが、ちゃんとスキルは発動した。
光り輝く狼の身体から、紫色のモヤのようなものが抜け出るところを、ノゾムは間違いなく目撃した。
「クゥン……」
「あ、ご、ごめん、大丈夫!? 回復薬……は不味いよね。えっと、えっと……」
か細い鳴き声を漏らす狼にノゾムは焦った。とりあえずHP回復効果のあるサンドイッチを食べさせる。狼は立ち上がれるくらいに回復した。
敵意は完全に消えている。代わりに、狼はなんかキラキラした目を向けてきた。
「《ガルフは仲間になりたそうだ》ってナレーションが付きそうな顔をしてるな。ノゾムくん、これで連れて行けるんじゃないか?」
他の黒い狼を倒し終えたジャックが笑いながら言った。マジか。試しに「一緒に行く?」と尋ねると、赤い狼は嬉しそうに吠えた。
「さあて。王様のところに戻って、クエスト完了といこうかね」