王様のクエストⅢ
飛びかかってくる猿に矢を放つ。自ら逃げ場のない空中へ来た猿は、当然のように矢に貫かれて、あっけなく青白い光となって消えた。初日にあれほど苦戦したのが、嘘のようだった。
コントロールには、まだ難がある。距離があればあるほど、狙いが外れてしまうことが多い。しかしちゃんと、ノゾムは弓を扱えるようになっている。
……ちゃんと、成長している。
「おいノゾム、いたか?」
ガサガサと草を掻き分けてラルドが近付いてきた。
クルヴェットの森は意外と広い。赤い毛並みの狼を捜すために、ノゾムたちは手分けをして森の中を捜索していた。
「いや、普通の狼しか見てないよ。それより猿が鬱陶しくて」
「ああ……あの猿、すぐ襲ってくるもんな」
改めて戦ってみると、あんまり強くないのだ。あの猿は。頭も良くないようだし、先ほどのように簡単に隙を見せてくれる。
しかし……襲ってくる頻度が高い。お前らどんだけ人間が嫌いなんだよと言いたくなるくらいに、目ざとくこちらを見つけては襲いかかってくる。
もう少し腰を据えて捜索したいんだけどなぁ……。
「こっちもさっぱりだ。もうちょっと向こうを捜してみようぜ」
「うん」
弓を片手に捜索を続ける。しばらく進むと、今度はハチミツの入ったツボを抱えた巨大なクマが現れた。
はじめて見た時は恐ろしくてその場で回れ右してしまったけれど、水晶蜘蛛やドラゴンを見た後だと愛らしささえ感じてしまう。というか、何故ハチミツなんか抱えているんだ。お前は某黄色いクマさんか。
ラルドは「ひゃっはー!」と叫びながらクマに飛びかかる。クマは青白い光になって消えた。あとにはハチミツが入った宝箱が残った。
「飽きないなぁ……」
「何が?」
「モンスターと戦うのがだよ」
ラルドのレベルなら、今更クマを倒したところで経験値的な旨味はないはずだ。現にクマは、ラルドの一撃であっさりとやられてしまった。
「まあな!」
ラルドは得意げに親指を立てた。
楽しそうで何よりである。
再び猿が現れた。猿はノゾムたちに気付くと、すぐさま飛びかかってくる。ノゾムは冷静に弓を構えて討ち取った。
なんで逃げ場のない空中に自分から行っちゃうんだろう……やっぱりこの猿、賢くない。
「ノゾムもだいぶ上手くなったよなー」
「うん、でも……実は弓って、かなり迷惑な武器らしいんだよね」
「え? 迷惑?」
ラルドは首をひねる。何が迷惑なのか、分からないといった顔だ。
「ほら、このゲームってさ、『命中率』がないじゃん。だから矢がどこに飛んでいくか分からない。初心者のうちは特に……バジルさんには2回も当たりそうになっちゃったし、もしかするとラルドにも当てていたかも知れないよ?」
「あー、最初に会ったときかぁ。あんとき結構近くにいたからなぁ。オレはノゾムに全然気付かなかったけど」
「モンスターしか見てなかったからね」
『横殴りしてすまんかったー!!』とジャンピング土下座をするラルドの姿は、まだ記憶に新しい。
あのときのノゾムは戦闘不能になる寸前だったので、ラルドが割り込んできてくれてむしろ助かったけれども。
「当たっちまったら謝ればいいだけじゃね?」
「ラルドも簡単に言うなぁ……」
「だってそうじゃん。え、まさかノゾムやめるの?」
勿体ねぇ、とラルドは言う。先刻のセドラーシュのように。
あんなに練習したのに、勿体ねぇ、と。
ノゾムは弓に目を落とした。矢をつがえて放つ。何度も繰り返したその動作。現実世界でだって、時間があれば何度もその動きをやった。
繰り返し、繰り返し、バカの一つ覚えのように。
不器用なノゾムでも、『一つのことを繰り返す』ことだけは出来たから。
「全然当たらなかった時はつまらなかったけど、当てられた時は、なんていうか……その、気持ちがよくてさ」
目の前で口を開ける水晶蜘蛛。矢を射った次の瞬間、弾けた青白い光。
あのときの感触を、よく覚えている。
「ゲームをしていて楽しいって思ったのは初めてだったから……戸惑い? みたいなのがあった、のかな? でも、うん、そうだな……」
ゲームを好きになったわけではない。
でも、面白いと思った。
「やめたく、ないな……」
親父を見つけ出してゲームをやめたら、弓道部にでも入ってみようか。弓道部には佐藤もいるし。
そう思えるくらいには、ノゾムは弓にハマってきている。
「だったら……ん? 初めて? ゲームを楽しいって思ったのが? それじゃあなんでやってんだ? ……あ、父ちゃんを捜すためか。でも……んんん?」
ラルドは首をひねって唸り声を漏らす。
どうしたんだろう……ノゾムは問いかけようとしたが、そのときタイミングよくリングからアラームが鳴った。
プレイ時間終了のアラームではない。
ジャックからの通信だ。
「え、ら、ラルド、受信の時はどこを押したらいいの」
「そこのボタンを……」
言われたとおりのボタンを押すと、リングの向こうからザザッと砂を撒いたような音が聞こえてきた。
『見つけたぞ! 赤い狼だ!』