王様のクエストⅡ
湖のほとりの村、クルヴェット。
この村を出てまだ1日しか経っていないというのに、妙に懐かしく感じてしまうのは、この1日がとても濃密だったからだろう。
『悪魔の口』では水晶蜘蛛と戦い、エカルラート山ではドラゴンと遭遇し……。うん。ゲームでなければ体験できない、濃密な1日だった。
周囲を森に囲まれたクルヴェットは木造の建物が多く、お店はこぢんまりとした雑貨屋が1軒あるだけ。村の奥にある大きな訓練場がとにかく目立ち、キラキラと陽の光に輝く湖が美しい、簡単に言うならそれだけが特徴の、小さな村だ。
小さな村の、これまた小さな教会の前で、ジャックは待っていた。
「よう、ノゾムくん、ラルド。……あれ? なんでナナミまでいるんだ?」
「テイマーになれなかったジャックの顔を見に来たのよ」
「うぐぅ」
ジャックは胸を押さえて呻いた。
「ど、どうやって、テイマーの条件を満たしたんだ?」
「ジャックには無理よ。倒しそうだもの」
ノゾムはギョッとした。倒しそうって……確かにジャックは、ラルドと同じくドラゴンに挑みかかりそうなタイプだけれど……。子供がドラゴンを守ろうとしていることに気付いたら、ちゃんと思いとどまってくれるんじゃないか?
「倒しそう? つまり、倒さなければいいということか? よし。これから俺は不殺を誓おう!」
「テイマーになる必要はもうないんじゃないの?」
「俺は全職業を網羅する!」
それは不可能なのでは。エカルラート山のイベントでは、【テイマー】か【ドラゴンスレイヤー】のどちらかしか選べないようだったし。
それとも、この世界には他にもドラゴンがいるのだろうか?
あんなものがウロウロと徘徊していたら、恐怖以外の何物でもないが……。
「それよりまずは王様のクエストだろ。ノゾム、役所はこっちだ」
「あ、うん」
ラルドの案内のもと、村の中を歩いていく。役所にはすぐ着いた。教会のすぐそばにある、村の中では比較的立派な造りの建物だ。
入口には埴輪が置いてある。何故に埴輪。目と口をまあるくポカンと開けた間抜けなその顔をなんとなく眺めつつ、ノゾムはラルドに続いて中へ入った。
まず目に入ったのは、カウンターの向こう側で大口を開けて寝コケている小太りしたおじさんだ。
「おじさん! まーた寝てんのかよ。転職したいんだけど!」
ラルドがカウンターに手をついて叫ぶと、おじさんは「むにゃむにゃ」と呟き……また寝た。
「おじさん!!」
「んー、むむむ……」
おじさんは顔を歪めて呻きながら、ようやく薄っすらと目を開ける。小さな丸い目が、ラルドの顔を映してぱちくりと瞬いた。
「なんじゃ、お前さんか。なんか用か?」
「転職! したいの!」
「うむうむ。そうかそうか。よかろう。いろいろな職を経験するのは悪いことではない。身につけたスキルは、次の職でも必ず役に立つじゃろうて」
おじさんはそう言って朗らかに笑う。
優しそうなおじさんだ。
「転職するのはオレだけじゃないんだけど」
「あい分かった。お前さんらが現在就ける職業は、これじゃ」
おじさんの言葉に応えるように、ノゾムたちの前に半透明の板が現れる。
現在の職業が板の一番上に書かれていて、その下には転職可能な職業が一覧で表示されていた。ノゾムが転職できるのは、戦士、魔道士、盗賊、テイマーの4つだ。
「なりたい職業を指で押せば、転職は完了だ。簡単だろ?」
「うん……こんなに簡単だったんだね」
もっと面倒な手続きがあるのかと思っていた。おじさんはまたウトウトし始めるし、役所がこんな適当でいいのだろうか。
ノゾムは【テイマー】をタッチした。
《テイマーに転職しました》
《新たなスキルを習得しました》
無事にスキルを覚えたようだ。『トランス』かな? 少しワクワクしながらスキルの一覧を表示する。出てきた名前に、ノゾムは首をかしげた。
『破邪』……慈愛の心で、魔物を邪なるものから解き放つ。
「何これ?」
「テイマーのスキルだろ。これを使うと、モンスターが襲ってこなくなるんだ。仲間にするかどうかってのは、その後に選べるんだってさ」
「……トランスは?」
「トランスはセカンドスキル」
なんてこった。そういえばあれは『仲良くなったモンスター』の姿に変身できるというスキルだったっけ。まずは『仲良くなる』スキルが前提としてあるわけか。
「邪なるものって?」
「魔王だな」
さらりととんでもない単語が出た。
ゲームが嫌いなノゾムでも、さすがにその単語は知っている。
「このゲーム、魔王がいるの!?」
「らしいぞ? 地底の主、常闇の国の王……。光が当たる世界、地上を手に入れるために、邪悪な術で支配した魔物たちを地上に解き放っている……って、教会で聞いた」
「ああ……」
カルディナルの教会で延々と聞かされたという、オリジナルの神話のことだろう。ゲームのオリジナルの神話、というものが苦手なノゾムには、きっとその苦行は耐えられない。
「常闇の国ヴィオレ。この世界のどこかに存在するらしいんだけど、到達した奴はまだいない。地底っていうくらいだから、『悪魔の口』の最深部にあったりしてな。いつか行けるといいな」
「絶対に嫌だ」
魔王が支配する国に行くなんて、正気の沙汰ではない。
断固拒否するノゾムに、ラルドは「えー」と口を尖らせた。
ジャックが割り込んでくる。
「魔王っつったら、やっぱり勇者だよな。勇者っていう職業もあるのかな?」
「おお、勇者! いいな、なりたいな!」
キラキラと目を輝かせるラルドの心情は、ノゾムには理解できない。ナナミの盛大なため息が聞こえた。
「そんなことより、ノゾムのお父さんでしょ。色違いのガルフを探せばいいのよね?」
「ガルフ? あ、狼のこと? うん、赤い毛並みの狼を連れてこいって言ってた」
「すぐに見つかるかしら」
ナナミは難しそうな顔をする。どうやら狼探しも手伝ってくれるようだ。ありがたい。
「先に勇者になるのは俺だ!」
「なにおぅ!? 負けねぇぞこのイケメン野郎!」
ぎゃあぎゃあ言い合う2人は放っておいて、ノゾムは役所を出るナナミの後を追いかけた。