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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第1章 はじまりの国ルージュ
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まずは情報収集から

『とにかく“話しかける”ことだ。画面にいるやつ全員に、話しかけろ。誰かが必ず、先へ進むためのヒントをくれる』


 小学生のころ、父はそうアドバイスをくれた。


 希――ここからはアバター名『ノゾム』で表記しよう――は人見知りだ。知らない相手に声をかけるなんて、それだけで相当な勇気がいる。


 しかし“先”に進むためには情報を集めなければならない―-ノゾムは頑張って道行く人たちに声をかけた。


 結果、誰も『光一』という人物に心当たりはなかった。


(ほんとに辞めちゃおっかな、このゲーム……)


 ああでも、母さんには『根性がない』と言われそうだ。ノゾムはガックリと肩を落とした。苦手なことをやり続けたせいで、精神的にもヘトヘトである。


(お腹も減ってきたし……)


 左腕のリングに目を向ける。胃袋ゲージはもう残り少ない。何か食べたいところだけど、どこで食べたらいいんだろう? レストランとかあるのかな?


 所持金は、最初から1000ゴールド持っている。このゲームの中のお金の単位は『ゴールド』だ。他にはアイテムボックスの中に、HPを回復させるポーションが3つ。初期装備の木の弓に、木の矢が10本。


(とりあえず何か食べて、それからプレイ時間が終わるまで聞き込みを続けよう。それで何も情報が得られなかったら、そのときはやめよう)


 やれるだけのことはやったはずだと、ノゾムは自分に言い聞かせた。




 ***




 食事処は街のあちこちにあった。ヨーロッパ風の街並みにピッタリな洋風のお店もあれば、中華風のお店もあるし、インドの本格的なカレー屋さんもある。立ち食い蕎麦のお店もあった。世界観はどうなってる。


 露店で軽食を買うのもいいけど、知らない人たちと話しまくって疲れたので、どこか落ち着いたところで食べたい。ノゾムは適当な食事処に入った。こぢんまりとした、中世ヨーロッパ風の世界観に見事にマッチした洋食屋さんである。


「いらっしゃいませー。空いている席へどうぞー」


 中には5人掛けのカウンター席と、4人掛けのテーブルが3つしかない。しかし繁盛はしているようで、席のほとんどは埋まっていた。


 空いているのはカウンター席だけだ。ノゾムは迷ったが、早く食べて出ればいいだけだと割り切って、空いている席に座った。


「こんにちは。初めてのお客様ですよね? 私は店主のレイナといいます」


 にっこりと笑顔で話しかけてきたのは、カウンターの中にいる若葉色の髪の女の子だ。長い髪を後ろでひとつにまとめ、切りそろえられた前髪と太めの眉が活発そうな印象を与えている。


 店内を見渡す限り、彼女のほかに店員はいない。こぢんまりとした店とはいえ、1人で切り盛りしているのか……。


 ノゾムは「どうも」と頭を下げて、すぐにメニュー表に目を落とした。お腹が減っているからではない。ノゾムの人見知りは、女の子相手に特に発揮されるからだ。さっき広場で銀髪の女の子から逃げたのも同じ理由だ。まあ彼女の場合、丈の短すぎるタンクトップのせいで目のやり場に困ったのもあるけれど。


 メニューは日本語で書かれていた。そういえば、ゲームの中の文字は設定した言語に翻訳されると説明書に書いてあったな。


 所持金の1000ゴールドを超えるものもあるけど、安いのもちゃんとある。


 ノゾムは380ゴールドのナポリタンを注文した。


「ナポリタンですねー。すぐに出来上がるので、少々お待ちください」


 レイナはそう言って、今度はまな板の上の食材を切り始めた。すごい。手元が全然見えない。しかもこんな速さで調理をしながら他の客の注文を聞いているし。


 感心しながら見ていると、ふいにレイナの目が再びノゾムに向いた。


「お客様はもしかして、新人プレイヤーですか?」

「え?」

「いやなんか、雰囲気が初々しいな〜って。違いました?」

「違い、ませんけど……」


 そんなに雰囲気が出ているのかな?


 ノゾムは自分の顔を両手で挟んで、頬をふにふにと引っ張った。レイナは「やっぱり」と笑う。朗らかな笑顔だ。


「でもまだリリースされて1週間ですからね。トッププレイヤーとの差なんて、まだ全然ですよ。まあ、廃人どもに比べるとアレですが……」

「はいじん?」

「なんでもないのです。あ、生産職はオススメですよ! 『料理人』に興味があるなら、転職方法をお教えします!」

「え、えーと……」


 グイグイ迫ってくるレイナに引きつつ、ノゾムは「大丈夫です……」と首を横に振った。レイナは肩を落とすが、その間にも調理の手は止まらない。大丈夫、それ? 指を切っちゃったりしない?


「えっと、レイナさん……は、プレイヤーなんですか?」


 お店の人だから、NPCなのだと勝手に思っていたけど。


「はい。実はプレイヤーでもお店を構えることができるのですよ。私はプレイを開始して間もない頃に『料理人』になって、それから冒険はほとんどしていないんですけどね。食材は街でも手に入りますし」

「へぇ……」


 そういうプレイスタイルもあるのかと、ノゾムは差し出されたナポリタンを受け取りながら思った。ちなみに調理速度が異常に速いのは、レイナがすごいからではなく、そういうスキルを習得しているかららしい。


「でもでも、モンスターからドロップしないと手に入らない食材もあって! このゲーム、アイテムドロップ率が異常なほど低いのですよ。炎上案件です」

「モンスターが食材を落とすんですか?」

「落としますよー、お肉とか」


 ノゾムは口に入れようとした付け合わせのソーセージを皿に戻した。それはいったい、何の肉だ。


「なので、食材が余ることがあったら是非とも譲ってほしいのです。もちろんタダとは言いません。お代はお支払いしますよ! おいしいご飯も作りますよ!」

「……えーっと、今のところ俺、モンスターと戦う気はないんですよね……」

「え、そうなんです?」

「ちょっと人を捜してて……」


 レイナは長いまつ毛に縁取られた目をぱちくりと瞬かせた。そうだ、レイナならもしかすると知っているかもしれない。これだけお客さんが入っているのだから、情報もたくさん入ってくるだろう。


「光一って奴なんですけど、心当たりないですか?」

「コーイチさん……うーん、聞いたことないですねぇ」


 瞬殺だった。ノゾムは苦笑いを浮かべて、ナポリタンをフォークに絡ませた。口に含むと、なんだか懐かしい味が舌の上に広がった。太めのパスタに、色とりどりの野菜とトマトケチャップが絡み合っている。


 ゲームの中なのに……味覚までこんなにリアルにする必要が、どこにあったんだろうか。とにかく美味い。


 お肉を食べる勇気はないけど、これはいろんな料理を食べたくなってくる。


「プレイヤー検索機能を使ったらどうだ?」


 ナポリタンに舌鼓を打っていると、ふいに隣から、そんなセリフが聞こえてきた。


 ノゾムの隣でカレーライスを食べていた青年だ。襟足の少し長い黒髪に、黒縁の大きなメガネ。メガネの奥の宝石のような黒い瞳は、まっすぐにノゾムを映している。


「さすがです、オスカーさん!」


 それだ! と言わんばかりにレイナが歓声を上げた。

 青年の名前はオスカーというらしい。


 ノゾムは困惑した。


「プレイヤー、検索……ですか?」

「そういう機能があるのですよ。メニューの中にある『フレンド』の項目を開いてみてください」


 レイナに促されるまま、ノゾムは左腕のリングを弄ってメニュー画面を開いた。その中にある『フレンド』という項目をタッチすると、『フレンドリスト』なるものが出てくる。


 『フレンドリスト』に登録したプレイヤーとは電話やメールのやり取りができるらしい。ノゾムのフレンドは、当たり前だが、堂々のゼロである。


 その『フレンドリスト』の上に、検索機能はあった。


「そこに検索したいプレイヤーの名前を入れるんだ」

「リア友とゲームの中で会うのに便利な機能なのですよ」

「なるほど……」


 ノゾムはさっそく『コウイチ』で検索してみた。

 検索中……の文字が出てきて、それからすぐに、結果が出る。


「……7人もいるんだけど」



 『コウイチ』が4人。

 『コーイチ』が2人。

 『Ko-ichi』が1人。



「7人ならまだ少ないほうだろ。プレイ人口は10万人を超えたらしいからな」

「まだまだ増えていますしね〜」


 検索して出てきたプレイヤーの横には、現在のレベルや職業、現在地などが載っている。


 この7人の中にノゾムの父親はいるのかもしれないが、情報がこれだけでは誰がそうなのかも分からない。ノゾムは父親のゲームの中での職業など知らない。


「この現在地の、カルディナルって、どこですか?」

「ここですよー。『はじまりの国ルージュ』の首都、カルディナルです」

「……クルヴェットっていうのは?」

「たしか南のほうにある湖のほとりの村ですねー」

「……ガランス」

「エカルラート山のふもとにある村の名だな」

「そのエカルラート山にも1人いるんですけど、エカルラート山って何処ですか!?」


 7人のコウイチさんたちは、思い思いの場所にいた。知らない横文字の言葉ばかりが出てきてノゾムの頭はパンクしそうだ。


 オスカーは呆れた目でノゾムを見た。


「地図を買ってこい」


 この国の地図は、雑貨屋で300ゴールドくらいで売られているそうだ。

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