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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第1章 はじまりの国ルージュ
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朝ぼらけの山

 天井にぽっかりと空いた大穴から淡い光が降り注ぐ。どうやら洞窟の外では、夜が明けているらしい。


 ということは現実世界では昼頃だな。と、どうでもいいことを考えつつ、ノゾムたちは大穴から外に出た。瞬間、果てしなく広がる空が、視界いっぱいに飛び込んでくる。


「お〜! いい景色!」


 白と黄色と、ちょっぴり青が入り混じった淡い空の色。遥か彼方まで連なる山々。太陽はまだ山を出たばかりで、ちょっとずつ時間をかけて登っている。


 ひんやりと澄み切った空気も、何もかもがリアルで。


 いったいこのゲームを作った人たちはどこまでリアルを追求しているかと、ノゾムは思わず感心してしまった。


「くそっ、テイマー……くっそ……」


 バジルはまだブツブツ言っている。1人だけテイマーになれたかったことが、すごく悔しいらしい。


 そんなバジルをなんとなく見て……ノゾムはハッと思い出した。


「あ、あの、バジルさんっ!」

「ああんッ!?」

「ひっ!?」


 不機嫌そうに睨めつけてくるバジル。しまった。話しかけるタイミングを間違えたかもしれない。バジルはノゾムにガンつけながら、口を開く。


「なんだよテメェ、弓ヤローが。テメェがオレ様を射ろうとしたこと、許しちゃいねェぞコラ。ああん?」

「そ、その件は、大変、申し訳なく……」

「やめなさいよバジル。彼はネルケの恩人なのよ?」

「ぐぬぬ……」


 ローゼにたしなめられて、バジルは唸り声を漏らす。それ以上何も言ってこないところを見るに、やはり『ラプターズ』で一番権力が強いのはローゼなのだろう。そしてローゼは、ネルケのことをちゃんと大切に思ってくれているみたいだ。


「えっと、あの、昨日、この山で、矢が当たりそうになりましたよね……?」

「昨日ぉ? ……あっ! どっかで見た顔だと思ったら、ユズル(弓バカ)と一緒にいた奴じゃねぇか!!」


 怪訝そうに首をかしげていたバジルは、ノゾムを指差して叫んだ。思い出してくれたようだ。


 ノゾムはごくりと唾を飲み込んで、勇気を出した。


「あの矢は、俺が飛ばしたやつだったんです。ごめんなさい!」


 直角90度。深々と頭を下げる。セドラーシュが「うわぁ、バカ正直」と呟いたのが聞こえたが、無視した。


 ユズルに冤罪をかけ続けるわけにはいかないし、何より、悪いことをしたら、謝らないと。


「なんだとぉ……?」


 低く唸るようなバジルの声が怖い。ノゾムは謝る勇気は出せても、顔を上げる勇気は出せなかった。


 靴の先を見つめてダラダラと冷や汗を流すノゾムの耳に、再びセドラーシュの涼やかな声が聞こえてくる。


「だから言っただろ、あれはユズルくんじゃないって。彼の弓の腕はえげつないからね」


 セドラーシュはユズルの弓の腕を認めているようだ。ノゾムはユズルのめちゃくちゃな射撃を思い出して、「確かにあれはえげつない」と心の中で頷いた。


 回転しながらや、ジャンプしながらの乱れ射ち。しかもそれがすべて吸い込まれるように敵に命中するのだ。あれはえげつないと言われても仕方がない。


「あのクソ弓バカを褒めるんじゃねぇ! おい、弓バカその2! 今すぐこの場で弓を捨てろ! 狩人なんざやめちまえッ!」

「……っ」


 ノゾムは思わず唇を噛んだ。体が小刻みに震える。

 弓を捨てろ――その言葉が、頭の中で何度も響く。


 ジャックも言っていた。「弓はトラブルを引き起こしやすい」と。誰かをまた誤って攻撃してしまうかもしれない。特にノゾムは、ユズルのような才能がないのだから……。


「それは勿体ないんじゃない?」


 セドラーシュが言った。「何がだよ!?」とバジルが叫ぶ。セドラーシュは相変わらずの冷たい目をノゾムに向けながら、当たり前のことのように告げた。


「弓をまともに射れるようになるまで、どれだけの訓練が必要だと思ってるんだよ。安易に使えないからこそ『不遇』扱いされているんだろう? ユズルくんほどの命中率はないにしても、彼の矢はまっすぐに飛んでいるようだったし……今さらやめるのは勿体ないんじゃないか?」


 勿体ないを繰り返すセドラーシュに、ノゾムはポカンと口を開けた。何を言われているのか、すぐには理解できなかった。


 バジルは忌々しげに舌打ちする。


「まっすぐ飛ぶだァ? オレには当たりそうになったぞ!」

「どんまい」

「この野郎……っ」


 セドラーシュは顔を引き攣らせるバジルをさらりと無視した。神経が図太いな。バジルの顔はとてつもなく凶悪だぞ。


 セドラーシュは肩をすくめて、再びノゾムに目をやった。


「まあ、君がやめたきゃやめればいいけど。当てそうになったことを気にしているなら、次は気をつければいいだけなんじゃないの?」

「か、簡単に言いますね……」

「熟考すればいいってもんじゃないでしょ。まあ君の場合、単純なことを複雑に考えてそうだけど」

「一言多い! 当たってるけど!」


 確かにノゾムは、単純なことをずーっとウジウジと悩んでしまうことがよくある。まあ、単純なことだったと気付くのは、たいてい散々悩みきった後のことだけど。


 セドラーシュは帽子を目深にかぶり直した。この人がどういう人なのか、ノゾムはいまいち掴めないままでいる。


「あ、そうだわ! セド、ネルケに土下座しなさいよ。ちゃんと役に立ったんだから!」


 ふいにローゼが叫んだ。セドラーシュは「はあ?」と顔を歪めた。


「それは君が勝手に言いだしたことだろう? 僕は承諾してないけど?」

「あんたがネルケを追い詰めたんでしょうが!」

「知らないよ」


 まなじりをつり上げるローゼに、セドラーシュはそっぽを向く。


 ネルケが「はぐれたことに気付いてないかも」「気付いていても、気にかけてもらえないかも」と言っていたのは、おそらくネルケ自身のネガティブさと、セドラーシュの冷たい言葉が原因だ。


 セドラーシュはやっぱり酷い奴なんだろうか。いまいちよく分からない。


「ネルケ」


 ラルドがネルケの前で身を屈めて声をかけた。ネルケは大きな瞳をきょとんと丸めて、ラルドを見る。


「キツかったら、オレたちのところに来ていいんだぜ」


 何が、とは言わない。ネルケの大きな瞳が、わずかに揺れる。ふさふさの尻尾がゆらゆら揺れて、つぶらな目は右へ行ったり、左へ行ったり。


 トコトコとラルドに近付いたかと思うと、内緒話をするかのようにふさふさの手を口元に当てた。


「あのね、ウチね、バジルさんたちのこと、正直苦手やったとよ」


 ラルドだけに言っているつもりなのだろうが、ラルドの隣にいるノゾムにも聞こえてくる。逆隣にいるナナミも聞こえたのだろう。ぷぷっと噴き出したのが聞こえた。


「でもね……ウチのこと、捜してくれたとよ」


 気にかけてもらえないかと思ってたのに、ちゃんと捜して、見つけ出してくれたんだよ。


「ウチ、もうちょっとここで頑張ってみる。そんで、ラルドくんみたいに、めいっぱい楽しんでみる」


 気にかけてくれてありがとね、と告げて、ネルケは仲間たちのもとへ戻っていった。


 その小さな背中をラルドは切なそうに見ていたが、それが何故なのか、ノゾムには分からなかった。

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