盲目のドラゴンⅥ
「体が軽い……?」
首飾りをつけたネルケは、すぐにその変化に気付いた。
虹色水晶はアクセサリーとして装着すると、全てのステータスを上げる。ナナミはこれに『魔法防御力上昇』の付与をつけたので、今のネルケの魔法防御力は2倍以上になっているはずだ。
「回復魔法は対象に触れなきゃ発動できないのよね?」
「う、うん」
ネルケはドキドキしながら頷いた。口から心臓が飛び出しそうだ。
【僧侶】のファーストスキル『神聖魔法』は、HPを回復させる『キュア』と、状態異常を回復させる『リフレッシュ』が使えるようになるスキルだ。
キュアもリフレッシュも、対象に触れて唱えなければ発動しない。
「……ドラゴンに近付く覚悟はできた?」
「が、がんばるっ!」
ぶるぶる震えながら頷くネルケに、ナナミは苦笑を浮かべて手を伸ばした。頭をよしよしと撫でられる。
「それじゃあ、行くわよ」
「うんっ!」
ネルケは意を決して応える。ナナミはそんなネルケの手を握って、岩陰から飛び出した。
***
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
「……ッ、ワイヤーが!」
ドラゴンと化したコーイチ少年の力はとてつもない。1本、また1本と引きちぎられるワイヤーにノゾムは慄いた。
さらにワイヤーを張る。1本引きちぎられるたびに、もう1本。ナナミとネルケに、近付かせないように。
振り回される腕。尻尾。口から放たれる炎。セドラーシュの『聖盾』がまた壊される。この『聖盾』とやらは物理攻撃も魔法攻撃も防ぐ優れものだけど、一度壊されると再び使用できるまでに少し時間が必要なようだ。
盾を失ったそこへ、炎が迫る。
「『サイクロン』!!」
ノゾムたちに到達する前に、炎は突然現れた竜巻に巻き取られて、掻き消えた。
洞窟内に竜巻。とてもじゃないが自然に発生したとは思えない現象だ。しかも竜巻に巻き込まれているノゾムたちにダメージはまったくない。
「ローゼ……っ」
セドラーシュは苦い顔をして、ローゼたちのいる横穴を見やる。穴の縁に腰掛けたローゼは、片手をこちらに向けて、楽しげに笑っていた。
「ふふっ、風の牢獄よ。これで時間稼ぎになるでしょ」
「そんなことよりネルケを止めろよ!」
「やぁよ。あの子が頑張ってるとこ、見たいもの。それよりあんた、ネルケがちゃーんと役に立ったら、土下座しなさいよ。土、下、座!」
セドの土下座なんて超ウケる〜、とクスクス笑うローゼは、たぶんそんなに性格は良くない。ローゼの隣にいるバジルが無言で顔をそむけている。
セドラーシュはギリリと奥歯を噛み締めて、ネルケの背中を見た。ネルケに対してひどいことを言っていたのに、その顔はとても心配そうで、ノゾムは「おや?」と首をひねった。
盲目のドラゴンは近付いてくる2人の足音に気付いた。頭をぶんぶん振るのをやめて(まだ鼻に刺さった矢が気になっていたらしい。申し訳ない)、口に炎を溜め込む。
「ネルケッ!!」
吐き出される炎。
セドラーシュの声。
そして、
「『エスケープ』!!」
ナナミがスキルを使う。
炎に包まれる寸前にパッと姿を消したナナミとネルケは、その直後に盲目のドラゴンの後ろに現れた。
ナナミはネルケの体を放り投げる。
ドラゴンの背中にべたんとくっついたネルケは、叫んだ。
「『キュア』ーーーーッ!!!」
太陽を思わせるまばゆい光が、暗い洞窟に満ち溢れた。