盲目のドラゴンⅣ
「ぶははははははは! 自業自得すぎて草不可避!」
「うるさいなぁ、もう!」
まさかの置き去りを食らったセドラーシュは、コーイチ少年が放つ炎を『聖盾』で防ぐ。大きな光の盾が守れる範囲は結構広く、後ろにいるノゾムとラルドには炎の影響がまったくなかった。
「くさふかひ……?」
ノゾムはラルドの言葉に首をかしげた。『くさ』って、草のことだろうか。それが不可避ってどういう意味?
不可避……避けられない、草が生えてくるのを止められない? 雑草まみれの荒れた庭みたいに?
確かにセドラーシュの心は今、荒れ果てているみたいだけれど。
「セドラーシュさんって、どうしてネルケに冷たいんですか?」
「それを聞いて、君に何かメリットあるの?」
セドラーシュの言葉はトゲトゲしい。相当に苛ついているようだ。しょぼんと肩を落とすノゾムを見て、セドラーシュは舌打ちをした。
「見ていてイライラするんだよ、あいつ」
苦々しく吐き捨てられた言葉が胸に突き刺さる。何を隠そう、その言葉は、ノゾムもリアルでよく言われる言葉だからだ。
「それは……トロい、から?」
あいつ鈍臭ぇんだよ、とか。あいつが入ると絶対に負けるから仲間に入れたくない、とか。何を隠そう、ノゾムのリアルの友人は、弓道部の佐藤くんだけである。
セドラーシュは眉を寄せた。
「ああ、そうだよ」
「それじゃあ……俺も、イライラさせてしまうかもしれませんね……」
ネルケを見ていると親近感が湧くなーとは思っていたけど、こんなところまで似なくていいのに。
「うん、現在進行形でイライラしてるよ。話があるんだったら早く済ませてくれないかな!? 『聖盾』はずっと出しておけるわけじゃないんだからね!?」
らしくなく声を荒らげるセドラーシュに、ノゾムはハッとした。自分が何故ここに残ったのか、すっかり忘れていた。
「コーイチくん!」
……で、いいんだよね? 今更だけど。
レーダーに映っていた名前は間違いなく『コーイチ』だったし、彼以外に人はいなかったし。
「君は俺の親父なのかな!?」
「いや何言ってんの!?」
セドラーシュが「頭大丈夫かコイツ」みたいな顔で見てくるけど、気にしない。気にしたら負けだ。コーイチ少年はギロリとノゾムを睨めつけて、大きく息を吸い込んだ。
「出ていけーーーーッ!!!」
特大の炎の塊が光の盾に直撃する。盾は炎を防ぎ切ったが、防ぎ切ったと同時にバリンと大きな音を立てて砕けてしまった。
「あーくそ! 威力が急に増したな!」
「セドラーシュさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃない。話は済んだ?」
「いや、返事がないし……」
「今のが返事代わりだったんじゃないの? 『違う』ってことでしょ? 違わないなら、子供を攻撃してくる父親なんか最低だから縁を切ったほうがいいと思うよ」
確かにそのとおりだ。もしも彼が親父で、ノゾムを認識した上で攻撃をしたのなら、さすがにショックである。
「とにかく、これで終わりなら……ローゼ! 早く引き上げてくれ!」
セドラーシュは天井付近の横穴に向かって叫ぶ。先に横穴に到着していたローゼたちは、そろってこちらを見ていた。
「ローゼ! ……ロザリー!!」
盾が壊されたからか、セドラーシュは必死の形相だ。
ロザリーって誰だろう。
「うるさいわねぇ。本名で呼ばないでよ」
ローゼは気だるそうな声で言う。ロザリーというのは、ローゼの本名だったようだ。
外国の人だったのか。
「ただいまMPの回復中〜」
「ふざけるなよお前ぇぇぇぇッ!!!」
『視力補正』の効力により見えるローゼは、なるほどMP回復のチョコレートを優雅に頬張っている。
怒鳴り散らすセドラーシュのことなど、視界の端にも入っていない。
「おいコーイチ! オレたちに戦う意志はねぇから! 攻撃すんのやめろ!」
ラルドは頑張ってコーイチ少年を説得しようとしている。
「信用できるか! アイツを傷つけたくせに!」
コーイチ少年は相変わらず聞く耳を持たず、腕を振り下ろす。ラルドが大剣で受け止めた。
ノゾムとラルドがドラゴンを攻撃してしまったのは事実なので、信用できないと言われても、仕方がない。
「ローゼ!!」
セドラーシュの切実な声が、洞窟内に響いた。
***
「ろ、ローゼさん、早く助けんと!」
下の様子とローゼの横顔を交互に見ながら、ネルケは慌てて言った。ローゼはゆっくりとチョコレートを食べながら、「いいのいいの」と片手を振る。
「セドリックの馬鹿も、たまには痛い目を見たほうがいいのよ」
「セドリック? セドラーシュじゃなくて?」
「ああ、そうそう。セドラーシュ。セドでいいわね」
セドラーシュの本名はセドリックというらしい。こちらも外国の人だったようだ。ローゼが彼を『セド』と呼ぶのは、本名と似た名前で呼び分けるのが面倒だかららしい。
ネルケの後ろでは、ナナミがバジルを肘でつついている。
「あんた、リーダーなんでしょ? 止めなさいよ。ノゾムたちまで上がってこれないじゃない」
「いや無理だ。あの2人がああなった場合、放っておくに限る」
頭蓋骨のマスク越しにどこか遠くを見ながら、バジルは小声で答える。ナナミは訝しげに片眉を上げた。
「あんたたち、リアルの知り合いなの?」
「小学校時代からの腐れ縁だ」
性格はてんで合わない3人だが、不思議と好みのゲームは同じ。そのため一緒にゲームをするようになり、その流れでこのゲームでも行動を共にしているらしい。
「幼なじみってわけね」
ナナミはなるほどと頷いて、眉間にしわを寄せる。腐れ縁なのは結構なことだが、このままではノゾムたちの身が危ないのではないか。
頑張ってコーイチを説得しようとしているみたいだが、コーイチは聞く耳を持たないようだし。
「…………」
ナナミは口元に手を当てる。どうするべきかを、考える。
ナナミに出来ることなど、そうない。戦闘が特に好きなわけではないナナミは、戦闘用のスキルをあまり習得していないからだ。
ナナミが手に入れているスキルは盗賊の『盗みの心得』と『エスケープ』、狩人の『視力補正』、トレジャーハンターの『鍵開け』、錬金術師の『エンチャント』など。
この中で戦闘に役立つのは『エスケープ』くらいだろう。
(何か……何か出来ること……)
「……怪我をさせたことで、怒っとるんやったら……」
ふいに、ネルケが呟いた。そのつぶらな瞳は、いまだ鼻に刺さった矢を気にしているドラゴンを映している。
「怪我を治せば……」
ナナミはハッとした。
ネルケの小さな肩を、思わず掴む。
「それだわ!」