盲目のドラゴン
「ねねね、ねえ! 思わず逃げちゃったけど、ラルドくん、ひとりで大丈夫なんかな!?」
ネルケがビクビクしながら尋ねてくる。ナナミは「仕方ないでしょ」と肩をすくめた。
「ラルドってば、ぜんぜん言うこと聞かないんだもの」
「まあ、ラルドだからね」
ノゾムは苦笑を浮かべつつ、右手で掴んでいた男の子の手を離した。ギリギリではあったけど、なんとかドラゴンの攻撃を避けることが出来たようだ。
ラルドは炎に包まれているけど。
「なんでぼくを連れてきたんだよ!」
男の子は警戒心いっぱいの顔で、ノゾムたちを睨む。ノゾムは首をかしげて男の子を見た。
「『なんで』も何も、あのままだと君も巻き添えを食らっていただろ? ナナミさん、この子のこと、ちょっと見ていてもらってもいいかな?」
「別にいいけど……」
「ありがとう」
短く礼を言って、その場を離れる。ラルドのもとに戻るのではない。松明も持たず、暗闇に紛れるように、静かに、ゆっくりと移動する。
『弓は隠れて射つ、これ大事』
ドラゴンまでの距離は、およそ10メートル。狙うは頭か、首。的が大きいので、狙いが大きく外れることはないだろう。
弓に矢をかけたまま、しばらく待つ。
『すぐには射つなよ。敵の動きと、仲間たちの動きを観察するんだ』
炎に包まれたラルドだが、戦闘不能にはなっていない。横に構えた大剣を盾代わりにでもしているのか。あるいは『戦士』だから丈夫なのか。理由はまあ、どうでもいい。
ドラゴンが吐き出す炎が途切れた瞬間、ラルドの大剣は光を放った。
「ブーストォォォォォッ!!!」
振り上げられたラルドの剣に、ドラゴンが注意を奪われた一瞬。
ノゾムが狙ったのは、その一瞬。
『射ったらすぐ――』
(あ、逃げなきゃ)
ジャックの言葉を思い出したノゾムは、すぐにその場から駆け出した。
矢はドラゴンの鼻っ柱に突き刺さる。上がる悲鳴。ドラゴンが怯んだ隙を見逃さなかったラルドが、大剣を振るう。
「うっ!? かってぇ!」
ブーストをかけたラルドの一撃は、ドラゴンの硬い皮膚を浅く傷つけるだけに終わった。
ノゾムがさっきまでいた場所にドラゴンの尻尾が叩きつけられる。移動していなかったら、ぺしゃんこになるところだった。ノゾムはジャックの教えに心から感謝した。
「…………あああああッ!!!」
男の子が声を荒らげる。その視線の先には、鼻に刺さった矢をどうにかしようと頭を振っている、ドラゴンの姿。
「よくも……よくもやったなッ!!」
忌々しげに吐き捨てられる言の葉。
男の子は自分の胸に手を当てて、叫んだ。
「『トランス』!!」
――とらんすって、なんだ?
そんな疑問を挟む余地もなく、まばゆい光が男の子の身体を包み込む。細く頼りなかった腕がむくむくと膨らみ、頭がまるで、トカゲのように変形する。
ギザギザがついた大きな尻尾。分厚い指の先の鋭い爪。ついでに背中には小さな翼……体の大きさに比べると明らかに不釣り合いだが、飛ぶ必要のない洞窟暮らしで退化してしまったのだろう。
兎にも角にも、ラルドが対峙している盲目のドラゴンと同じ姿をしたものに、男の子は変身してしまった。
「グガアアアアアアアアッ!!!」
「まずい……っ! 『エスケープ』!!」
ナナミはネルケの手を取り、振り下ろされる巨大な腕から逃げてくる。
パッと消えたかと思えば、そこから5メートルも離れていない場所に現れたナナミたち。『エスケープ』は対峙するモンスターの死角へと移動するスキルだ。
ノゾムは慌てて2人に駆け寄った。
「大丈夫!?」
「ええ、間一髪だったけど」
ナナミもネルケも、怪我はないようだ。いや、そもそもゲームの中なのだから、怪我なんかするはずもないのだけど。
ノゾムはホッと息を吐いて、男の子だったドラゴンを見た。
「あれは……。あの子は、モンスターだったってこと?」
人に化けるモンスター。
そういうのがいたということだろうか。
だがしかし、それなら『プレイヤー検索』で出てきたのは何故だ? あれは『プレイヤー』を探すためのものだから、モンスターは表示されないはずだ。
「あの子、『トランス』って言っていたわ。あれはスキルよ」
「スキル?」
「確か……【テイマー】が覚えるスキルだったはず。仲良くなったモンスターと同じ姿に変身できるのよ」
『テイマー』
『仲良くなったモンスター』
ノゾムの鈍い頭は、その言葉をすぐには理解することができなかった。
「くっそー! もう1回!」
ラルドが大剣を振り上げる。
ノゾムはハッとした。
「ラルド! 待って!」
ノゾムの叫び声にラルドはびくりと動きを止める。ドラゴンの大きな尻尾がラルドの体をぶっ飛ばした。
「ラルド!!」
壁に叩きつけられるラルド。崩れた黒い石の壁が、ラルドの周りに散らばり落ちる。
ノゾムは目を丸めた。
倒れたラルドの体が、赤く輝きだしたのだ。
「え、ラルドが光って……え?」
ラルドはすっくと立ち上がる。体は赤く輝いたまま、拳をかたく握りしめて、ドラゴンの腹にワンパンを叩き込む。
ドラゴンは吹っ飛んだ。
「え……?」
なに、あの力?
さっきまでと比べものにならないんだけど?
茫然とするノゾムに気付いたラルドは、いつものように片手で目元を隠して、フッと笑った。
「お前には初めて見せるな。これはオレの真の姿……ラルド・ネイ・ヴォルクテット、トゥルーフォーム!」
「トゥルーフォーム!?」
「……いや、それ、『火事場の馬鹿力』でしょ?」
ナナミが呆れた声でツッコんだ。
『火事場の馬鹿力』って、なんだ?
ラルドはドラゴンの尻尾に再度吹っ飛ばされた。赤い光が消える。ラルドはピクリとも動かない。かと思いきや、またしてもすぐに立ち上がり、ノゾムたちのもとへ逃げてきた。
「1回死んだせいで効果が消えちまった!」
「はぁ?」
「『火事場の馬鹿力』は、【戦士】のセカンドスキルよ。HPが残り10パーセントを下回ると、ステータスが大きく上昇するの」
「へぇ……」
ピクリとも動かなくなったのは、戦闘不能になったからだったらしい。『身代わり人形』によって復活すると、HPは全回復する。そのせいで『火事場の馬鹿力』の効果が切れてしまったのだろう。
「って、のん気に話している場合じゃない!」
ノゾムは慌てて、男の子だったドラゴンを見上げた。
「ごめん! 君の友達だなんて知らなかったんだ!!」