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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第1章 はじまりの国ルージュ
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ようこそ『虹の世界』へ

 設定をすべて終えて画面の右上にある『×』を押すと、半透明の板は消えた。リングには残りのプレイ時間のほかに、現在のHPやMP、『満腹度』という胃袋型のゲージが表示されている。


 満腹度というのは読んで字のごとく現在の腹具合が数値化されたもので、この数値がゼロになるとステータスが下がるのだそうだ。

 下がるとは言っても少しだけなので問題はないそうだが、空腹感は感じるそうで、お腹が空いたら何か口にしたほうがいいとのこと。


「食事の中には一時的に能力を上げるものもありますので、ぜひ活用してください」


 にっこり笑顔で言う天使に希はとりあえず頷いておく。

 面倒くさいなぁとは、思っていても言わないでおく。


 リングには他にもいろいろな機能がついている。デザインも設定で変えられるので、オシャレにも邪魔にならないようだ。


「それでは最後に、この世界においての注意事項を述べさせていただきます」


 天使の真面目な声に、希はリングに向けていた目を天使に戻した。


「まずはプレイヤー、非プレイヤーを問わず、他人に危害を加える行為は禁止です」

「非プレイヤー?」

「NPCのことです。冒険者ギルドのスタッフや、店の従業員など、この世界には多くのノンプレイヤーキャラクターがいます。彼らはこの世界で生きています。ゆえに、他のプレイヤーに対するものと同じだけの誠意を持って接していただきたいのです」


 希はぱちくりと目を瞬かせた。


 NPCという存在は、シナリオを円滑に進めるためのモブに過ぎないはずである。彼らは決められたセリフしか言えず、決められた行動しか取れないはずだ。


(まさかNPCもみんなAIだったり……? 何それ怖い)


 天使には「SF小説の読みすぎ」だと言われてしまったが、やっぱりAIの反乱は起こり得ることだと思う。

 希はコクコクと何度も頷いた。


「続いて、戦闘以外でお金やアイテムを奪う行為も禁止です」

「それって当たり前では……?」

「戦闘中ならば構いませんよ」


 盗賊でも悪いことをしてはダメです、と天使は言う。それって盗賊って言わないんじゃ……と希は思ったが、あえて口をつぐんだ。


「それから、他人の住居へ無断で侵入。室内を勝手に物色。タルやツボを割る行為も厳禁です」

「だからそれって当たり前じゃ……」

「きちんと明言しておかないと、やらかす人が一定数いらっしゃるんですよ」


 マジでか。

 遠い目をする天使を見て、希は口元を引き攣らせた。


「以上の行為をおこなった場合、数日間、牢に入っていただくことになります。拒否すれば犯罪者として追われます。相手が犯罪者であれば、攻撃しても罪にならないどころか報奨金が手に入ります」

「なるほど……」

「あとは、現実世界での犯罪に繋がる行為も当然禁止です。密売の交渉などですね。これらの行為は発見次第、警察へ報告します。もちろん現実世界の警察ですよ」


 基本的には常識の範囲内で行動すれば問題はなさそうだ。


 他には、プレイヤー同士で揉め事があった場合は運営が介入することは基本的にないらしい。あまりに周りの迷惑になるようだったら、両人とも一時的に牢に入れられてしまうこともあるそうだけれど。


「注意事項は以上です。質問はありますか?」

「いえ、特には」

「分かりました。それでは、お別れの時間です」


 天使の周りが光り輝く。

 希の体も光り始めた。


 なんだなんだ、何が起きるんだ。あまりの眩しさに目を開けていられない。



「キミに天空神のご加護がありますように」



 その言葉を最後に、希の意識は光に呑まれた。




 ***




「ようこそアルカンシエルへ!」

「私たちと一緒に、冒険しませんか!?」


 唐突に聞こえてきた声に希はハッとした。そこはすでに雲の上ではなかった。公園だろうか? 大きな広場に、人がたくさん集まっている。


 耳の尖った人、ツノを生やした人。トカゲみたいな姿をした人に、獣の姿をした人などなど、「ここはどこの異世界だ!?」と思いたくなる人々である。いや、みんなアバターなんだろうけど。


 人外の姿を選ぶ人って、けっこういるのか。


「ギルメン募集してます! 和気あいあいとしたギルドです!」

「ダンジョン攻略のメンバーを募集しています。出来れば魔道士! 魔道士の人はいませんか!?」

「ポーション安く売ってるよ〜」

「え、ちょ、ちょっと……」


 いろんな人からグイグイと迫られて、希はたじたじになった。


 隣に光の塊が落ちてくる。何事だ!? と振り向いた希の目に映ったのは、人だ。呆然としているその人のもとへも、広場の人たちは押し寄せる。


 青々とした空からは、ひとつ、またひとつと、光が降ってくる。光のひとつひとつが、どうやら新しくゲームを始めた人たちなのらしい。


「ねぇ、そこのキミ! 職業は何を選んだの? うちのギルドに入らない?」


 耳の尖ったエルフみたいな姿の女の子が声をかけてくる。四方に跳ねた柔らかそうな銀の髪に、紅い目をした人だ。希は慌てて距離を取った。


「いや、俺はその、人を捜しているので……!」

「そうなの? 気が向いたらいつでも来てね。『レッドリンクス』ってギルドだから」

「は、はい……」


 希はなんとか人混みをかき分け、その場から抜け出した。広場を抜けて大通りに出る。大きく息を吐き、改めて顔を上げて――希は目を見開いた。


 石畳の道に、煉瓦(れんが)の建物。通りには露店を開いている人もいる。光が降り注ぐ広場の奥には朱色の城が建っていて、まるでヨーロッパのどこかにありそうな街である。


 どこからともなく漂ってくる美味しそうな匂い。石畳の道を歩いた時の独特な音。硬い感触。太陽の暖かい光まで、どれもがリアルに感じるけれど……。


(これ、本当にゲームの中……?)


 こんなものを、誰がどうやって作ったんだろう。作った人は天才か。あ、そういえばどっかの国の若き天才科学者が作ったとかなんとか、テレビで言っていた気がする。


 ゲームの世界を実体験してみたくて、作ったとか……天才の考えることは、希にはさっぱり分からないけれど。


「……あ」


 ショーウインドウの前で希は足を止める。ガラスの中にある商品が気になったのではない。ガラスに映った、自分の姿にくぎ付けになったのだ。


「そっか、俺もアバターになってるんだ」


 ガラスに映っているのはいつもの希の姿ではない。天使のもとで作った、あのマネキン……アバターの姿だ。マネキンは無表情だったけど、こっちは希の意思で自由に動かすことができる。


 毛先の跳ねたダークブルーの髪に、深い海色の瞳。奇をてらった顔にする勇気がなかったので、顔は可もなく不可もなく。結果的に、なんだか冴えない感じのものになった。


「いやあ、でもまあ、いっか。憧れの180センチだし。……ハチマキはいらなかったかもだけど」


 どうせ、母親の頼みどおりに父親の近況を聞いた後は、ゲームをやめるつもりなのだ。


 外見にこだわる必要はない……めちゃくちゃ時間をかけてしまったことは、この際忘れてしまおう。


「……それにしても、親父はどこにいるんだ?」


 一緒に遊ぼうぜ、なんて言っていたから、てっきり分かる場所にいるものだと思っていたけど……。


「え、てか今日って平日?」


 希はようやくそこに思い至った。そう、平日なら、父は仕事をしているかもしれない。そもそも希がアバターの姿をしているように、父親もまた、ゲームの中ではアバターのはずだ。どうやって見つけ出せばいいのか。


(待ち合わせをしようにも連絡取れないし……親父が気を利かせて捜してくれるとか……ないな、うん。俺が捜すしかないのか? どうやって? もうやだ、めんどくさい……やめたい)


 ゲームを開始して、1時間ちょっと。


 その大半をアバター作りに費やして、希は早々に投げ出したくなった。

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