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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
最終章 常闇の国ヴィオレ
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ナナミとジャック

 空が白く染まっていく。

 赤く輝く月は本来の色を取り戻し、夜と共に西の空へと追いやられる。


 『常闇の国ヴィオレ』にいたプレイヤーたちは、気がつくと『密林の国アンディゴ』の北部にあるプールプルという村に戻っていた。


 ヴィオレは再び島全体が透明な幕で覆われて、海の底に潜っていく。イベント期間の終わりである。


 また浮上することは……うん、きっとあるんだろうな。天空神は「半年に1回は封印が解ける」と言っていたし、魔王(おそらくヴィルヘルム)も「またやろうぜ」みたいなことを言っていたし。


 だから、魔王のもとへ辿り着くことができなくて海岸に崩れ落ちるプレイヤーたちよ。心配せずとも、またチャンスはやって来るはずだぞ。


 ノゾムは内心で彼らにエールを送って、仲間たちを振り返った。


「これからどうする?」

「私は一度、ヴェールに戻るわ。手に入れたマンドレイクを使った調合を試したいし」


 ノゾムの問いかけにナナミはあっけらかんと返す。そんなナナミのアイテムボックスには、マンドレイクが大量に収納されていた。


 『泣き声さえどうにかすればいいんじゃないか』という推論は当たっていたらしく、マンドレイクは上から袋をかぶせながら引っこ抜くことで、泣き声を聞くことなく問題なく採集することができたのだ。


 コツさえ掴めば簡単だった。メデューサの目を掻い潜るのは大変だったけれど。


「って、あれ? 『レッドリンクス』のアジトじゃなくて、ヴェールなんだ?」


 ナナミは一応、ジャックがリーダーをしている『レッドリンクス』に所属していることになっているので、ギルドのアジトに部屋がある。


 ジャックとシスカと何やかんやとあったので、最近はアジトに近付いてすらいないようだが、以前はその部屋にこもってアイテム制作などをしていたそうだ。


「ええ。ヴェールの土地には工房も作ったし、集中して作業をするにはもってこいの環境だと思うのよね」

「まあそうだね。基本的に邪魔は入らないし、リオンさんも手伝ってくれるし」

「ん。だから近いうちにアジトの部屋に置いてる物も移して、ギルドを脱退しようと思ってて」

「な、なんだって!!?」

「あ、ジャックさん」


 ふいに聞こえてきた素っ頓狂な声に顔を上げれば、少し離れたところに立つジャックが、目をまん丸に見開いてこちらを見ていた。


 ジャックのそばにはユズルとジェイドとハンスという、お馴染みのメンバーもいる。


 あんぐりと口を開けるジャックを見て、ナナミは「何よ?」と眉間にしわを寄せた。


「何か文句あるの?」

「え、いや、文句っていうか、その」

「別にいいんじゃねぇの? ナナミには、ノゾムたちがついてるんだし」


 ジェイドが肩をすくめながら、どうでもよさそうにそう告げる。ジャックは信じられないものを見るような目でジェイドを見た。


「お、お前! 自分だけ目的を果たせたからって!」

「目的? 何だそれ?」


 ユズルが首をかしげる。ジェイドはツンとそっぽを向いた。ジャックは恨ましげにジェイドを睨んで、ユズルを見た。


「こいつが俺と組んで『レッドリンクス』を結成したのは、遠距離攻撃タイプを選ぶだろう友達のために前衛をやってくれる仲間が欲しかったからなんだよ。自分には『盾』は無理だからってな」

「確かに、1人で突っ込んでいくジェイドに『盾役』は無理だな。……誰なんだ? その友達って?」

「お前だ、お前」


 指差されたユズルはキョトンと目を丸めた。ジェイドは顔を背けたままだ。

 しばらく沈黙があって、ユズルは「俺?」と怪訝そうな声を漏らす。


「俺に『盾』は必要ないぞ? 遠距離だろうが近距離だろうが、問題なく射撃できるし」

「うん。元アーチェリー選手だと聞いてはいたけど、動き回りながらあそこまで正確な射撃ができるとは思わなかったよ。アーチェリーって、動く必要ないよな?」

「俺は弓の天才だから」


 ユズルは「ふふん」と笑った。相変わらず、弓に対する自信がとても強い。それだけ努力をしてきた自負があるからだろう。


 怪我が原因で引退してしまったと言っていたが、きっとアーチェリーの成績も良かったんだろうな。


 アーチェリーのことは、ノゾムにはよく分からないけれど。


「俺は俺で、気が付くと1人でピンチになっているナナミの仲間になってくれる人が欲しかったから……それで利害が一致して、一緒にギルドを作ることにしたんだよ」

「へぇ、そうだったのか。それなら、ナナミには今ノゾムたちがいるんだから、別にいいんじゃないのか?」


 あっけらかんと告げるユズルに、そっぽを向いたままのジェイドは「だから俺もそう言った」とぼやいた。


「それは、そうなんだけど……」

「ジャックはナナミに目の届くところにいてほしいんだよ。シスコン兄ちゃんだから」

「だからハンス、それやめて」

「俺のフレンドにナナミのストーカーを頼むくらいだから」

「こらこらこらこら!」


 わちゃわちゃと言い合う彼らに、ナナミの眉間のしわはどんどん深くなっていく。


 ストーカーって……。まあナナミも、レイナに頼んで、ジャックの『生存確認』をしていたけれど。


「私のことより、自分の心配をしなさいよ……」

「え?」

「前から言おう言おうとは思ってたけど、ジャックあんた、今の生活を続けてたらいつか死ぬわよ? しかも一人暮らしだから、誰にも気付かれずにね!」

「なんか妹が怖いこと言ってくる!」


 ナナミの言葉に再びガーンとショックを受けるジャック。


 大袈裟なことを言っているようだが、ナナミは本気だ。本気でいつか、兄が孤独死するんじゃないかと思っている。


 一人暮らしで、引きこもって動画制作。徹夜で廃人プレイ。生活リズムはもちろんぐちゃぐちゃだろう。そんな生活をしていればいつか死ぬ。ナナミは本気でそう思っている。


「私のことは心配しなくていいから。ジャックが家を出たことも、別に怒ってないから」

「でも、あのクソ親父が!」

「美術品を見る目は一流なのに女の人を見る目はド三流な父親のことも、私は気にしてないから。一流の美術品が見れるだけでむしろ大満足だから」

「……まあお前は昔からそういうとこあるけどさ」


 絵画に夢中になって半日倉庫に閉じ込められてたこともあったしなぁ、と遠い目をするジャック。

 何それどういうこと。

 ナナミは「だから私のことは気にしなくていいから」と話を結ぶ。

 いや気になるけど。


 呆然とするジャックの肩を、ジェイドがポンッと叩いた。


「信じることだって大切なんじゃねぇの?」

「ジェイド……」

「ところでヴィルヘルムの奴は、いつバトルアリーナに戻ってくると思う?」

「……なに急に」

「いやほら、リベンジが」


 ジェイドの興味は、とっくに次へ移っているらしい。リベンジってことは、彼らは魔王に勝てなかったんだろうか。『ラウダナム』を持っていなかったのかもしれない。


 がっくりと肩を落とすジャックを、ナナミは少しだけ心配そうに見ていたけど、「それじゃあそういうことだから」と言って踵を返した。


 相変わらずこの兄妹のことはよく分からないけれど、ひとまず一区切りってことでいいんだろうか。


(俺も、区切りをつけなきゃな)


 白く染まる空を見上げる。朝焼けがとても綺麗だ。ゲームの中とは思えないくらいに、空気が澄んでいる。


 ノゾムはそんな空を見上げたまま、にんまりと笑みを浮かべて言った。


「待ってろよ、クソ親父」


 むろん、出会い頭にぶん殴ってやるつもりである。

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