魔王Ⅵ
天空神の口調が突然変わったことに、サフィールは目を見開く。
目の前のモジャモジャな髪と髭の爺さんが、年若い青年に変化した。青年は長く伸ばした金色の髪を後ろで緩く結び、よれよれのシャツを着ている。疲れたように笑みを浮かべる青年に、サフィールは息を呑んだ。
「……神様相手に、何を話しているのかと思ったら。別れの挨拶なら、直接言ってほしいものですね」
「……永遠に会えなくなるわけじゃないと言っただろう?」
「『たぶん』と付いていましたけど?」
「……」
サフィールはポリポリと頭を掻いた。
「神様に伝えとけば、お前にも届くだろうと思ったんだよ。何しろお前は神の目を通して、この世界のすべてを見ているんだからな」
「『すべて』ではないですよ。目の届かないところはどうしても出てくる。そういうところを俺の代わりに見て対処してもらえるように、NPCをAIにしたんですから」
「さらっと言えるのがすげーな」
五感のすべてをリアルに感じられる、フルダイブ型のVR。そのシステムを生み出したのが、この青年だ。
歳はまだ20代半ば。大学は飛び級で、10代で卒業してしまっている。このフルダイブ型VRがどうやって作られているのかについては、何度か説明されたけど、結局理解できなかった。
「テストは何度もしたけど、思わぬバグが出てこないとは言い切れない。プレイヤーたちの安全のために、必要なことです」
「そりゃあなぁ。アニメや漫画でよくあるような『ゲームに入ったまま出られない』なんてことになったら、困るしな」
フルダイブ型VRというのは、その世界にログインしている間は現実の体を放置してしまうということでもある。
もし『ログアウト不可』なんて事態になったら……すぐに復旧することが出来れば良いのだが、出来なかったら。下手すりゃ死人が出るだろう。そうなればサフィールたちは殺人ゲームの生みの親となる。
ゲームは楽しむためにやるものだ。命懸けでやるようなものじゃない。
「だが、お前が一番見ていたいのは弟なんだろう? ずいぶんいろいろ、やらかしているみたいじゃないか」
「今ちょうど、勇者たちと戦っていますよ」
「え、もう【勇者】になった連中がいるのか?」
青年の言葉にサフィールは素直に驚いた。なにせ、魔王城の攻略はとんでもなく難しい。
玉座の間に入るためには『7つの宝珠』が必要なのだが、そのうち1つは隠された地下にあって、さらにもう1つは『パスワード』を見つけなければ手に入れることが出来ない仕様だ。
しかも、パスワードの隠し場所は……このゲームにいる王の中でもっとも性格が悪いだろう黄の国の女王ミエルが、ものすごく愉しそうに用意していたのを覚えている。
あれを見つけ出すのは、かなり難しかっただろう。
「せっかくなので、一緒に見ましょうか」
青年は眠そうな顔をしたまま、ちょいちょいと指を動かす。すると、真っ白な壁の真ん中にスクリーンが現れた。
スクリーンの中では、5人の若者が金色のドラゴンと戦っている。マジかよ、すでに『黒の鱗』も剥がされているじゃないか。
魔法攻撃を無効化する『黒の鱗』は、特殊な素材を調合して作った薬か、【勇者】のセカンドスキル『白光』でのみ剥がすことができるシロモノだ。
【勇者】は魔王に対峙することで初めて転職可能になるので、魔王と初対面した時に『白光』を使うのは不可能。
なので、おそらくあの若者たちが使ったのは薬――ラウダナムだろう。
ラウダナムは、黄の国で女王のワガママに付き合えば『お詫び』として貰えることもある。あの女王も青年の弟に負けないくらいやらかしているので、薬を持つプレイヤーは意外と多くいるだろう。
黄の国に行ったことがないプレイヤーがどうかは知らんけど。
「……あれ?」
ふいにサフィールは目を丸くした。金色のドラゴンに対峙する若者たちの中に、見覚えのある顔があったからだ。
四方に跳ねた青い髪。頭に巻いた白いハチマキ。ドラゴンに向かって弓を放ったあとは、煙に巻かれたように姿を消す。たぶん『隠密』を使ったのだろう。
「あいつは、確か……」
ぽくぽくぽく、と頭の中で木魚を叩く音が鳴る。
確か……確か、サフィールがいつものように隣国でキャンプ気分を味わっているときに、シプレに連れてこられた若者だ。
確か……そう、確か、
「光一の息子……?」
だった気がする。あんまり覚えていないけど。名前も覚えていないけど。シプレが確か、そう言っていた気がする。
その時だった。
スクリーンの中で巨大な金色のドラゴンが、巨大な落とし穴にその身を落とした。
悲鳴を上げるドラゴンの背後に、光一の息子は再び姿を現す。弓に矢をつがえた格好で。
超至近距離からヘッドショットを食らったドラゴンは、再び大きな悲鳴を上げた。




