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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
最終章 常闇の国ヴィオレ
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魔王Ⅴ

 口の中に飛び込んできた小瓶をドラゴンはごくんと飲み込んだ。体が巨大化すると同時に口も大きくなっていたので、その中へ投げ込むのは難しくなかった。


 瓶の中に入っていた白い粉は砂糖みたいな見た目だったけど、ちゃんとした薬だったらしい。ドラゴンは苦々しく顔を歪め、大きな舌を出した。


「うげぇ~! なに飲ませやがった!」

「『ラウダナム』っていう薬よ」

「ラウダナム!? お前らそんなレアな薬持ってたの!?」


 ビックリした顔をするドラゴンを見上げて、ノゾムは目をぱちくりさせる。


 ……レアな薬だったのか。そういえば、一緒に受け取っていたピンクマリモがそんなことを言っていた気がする。

「調合でしか手に入れられないアイテム」だとか、何とか。


 『ラウダナム』の効果はすぐに表れた。ドラゴンの体を覆う黒い鱗……いろんな色がめちゃくちゃに混ざり合って黒に見える鱗が、すーっと色を落としていく。


 黒の鱗の下に現れたのは、眩い黄金色の鱗だ。


 魔王のくせに、神々しさを感じさせる。


「これで魔法が効くようになったのか?」


 オスカーが首をかしげながら問いかける。ナナミは「さあ?」と肩をすくめて返した。


「試してみたらいいんじゃない?」

「それもそうだな。『ライトニング』」

「ぐおおおおおおおおおおっ!!?」


 ドォンという大きな音と共に巨大な稲妻に打たれて、ドラゴンは悲鳴を上げた。うん、ちゃんと効いてるっぽい。


 人間万事、塞翁が馬。まさかジョーヌの女王に振り回された『お詫び』が、こんなところで役に立つなんて……。世の中何があるか分からないものだなぁと、ノゾムはぼんやりと思った。


「くそっ! ……だが、もう一度強化をかけ直せば……」

「『ラウダナム』ならオレも持ってるぜ!」


 ドラゴンがオスカーの『ライトニング』を受けて苦しんでいる間に起き上がったエレンは、小瓶を掲げてそう宣言する。


 ドラゴンはギョッと目をひん剥いた。


「なんでお前らそんなに持ってるの!?」

「それだけあの女王が、あちこちで迷惑をかけてるってことだ」

「女王……? ミエルか!? ほんっとにもう、この世界の王はどいつもこいつも!」


 ドラゴンは大きな足で地団駄を踏んだ。うん、確かに、この世界の王様の半分はまともではなかった。


 モンスターに偏愛を注ぐルージュの王。バトルマニアなオランジュの王。ジョーヌの女王は言わずもがな。

 このドラゴンだって『魔王』を名乗っているのだから、『王』の1人ではあるだろう。


 そういえば、自国におらずに、隣国でキャンプ気分を味わっていた王様もいたな……。まともと言えるのは、ヴェールの王シプレと、アンディゴの王リラくらいじゃないだろうか。


「魔法さえ効けばこっちのもんだぜ、ヴィルヘルム!」

「だからそんな奴は知らん! 『黒の鱗』さえ剥ぎ取りゃ勝てると思ってるなら、大間違いだぜ!」


 大きな尻尾が、ドラゴンの怒声に合わせてダァンと地面に叩きつけられる。ひび割れる地面を見て、ノゾムは口元を引き攣らせた。


 そうだった。このドラゴンがヴィルヘルムなら、その強さはかなりのもの。ノゾムたちはその戦いぶりをバトルアリーナで見てきた。


 他のプレイヤーたちから散々狙われて、それでも相手をおちょくりながら勝利を得てしまうほどに、ヴィルヘルムは強い。


 魔法が効くようになったことでさっきよりは確実にマシにはなっただろう。だが、この後も厳しい戦いになることは間違いない。


 ノゾムは気を引き締めて、いっそう罠作りに精を出した。




 ***




 皿の上にあるクッキーを1枚取る。口に入れて噛むと、サクッと軽い音がした。


「芳醇なバターの香り……軽やかな口当たり……上品な甘さ。これは何枚でもいけるな」


 腕を上げたじゃないかと言う男に、壁を背に佇む白い翼の天使は無言で頭を下げる。


 正面に座る、やたらと大きな体の爺さんは、モジャモジャの白髭を撫でながら朗らかに笑った。


「お前さんは、相変わらず食べるのが好きじゃのう!」

「当然だ。食うことは、すなわち生きること。うまいものを食えば、それだけ生きる活力となる」


 堂々と持論を語る男は、普段は目深にかぶっているフードを外している。あらわになったのは、鮮やかな夏空色の髪だ。


 彼こそは『スポーツの国ブルー』の王、サフィール。ノゾムが「隣国でキャンプ気分を味わっている変わった王様」と認識している男である。


 そしてサフィールの目の前にいる爺さんこそ、この世界の神。


 ここは天上にある白の宮殿で、サフィールはその中庭にあるガゼボで天空神と向かい合ってお茶とお菓子を頂いていた。


「それで、今日はどうしたというのじゃ?」

「いや、そろそろ次へ行こうかと思っていてな」

「次とは?」


 小首をかしげる天空神。サフィールは紅茶を口にする。鼻腔をくすぐる茶葉の爽やかな香り。かすかな苦み。そのどれもが、ゲームの中とは思えぬほどにリアルだ。


「決まっているだろう。次のゲームだ。お前が作ってくれた『フルダイブ型VR』の技術を使って、新しいゲームを作る」


 そう、ゲームを作る。それこそがサフィールの仕事だ。


 焚き火を見つめて癒やされながら、美味しいご飯に舌鼓を打ちながら。サフィールはずっと頭の中で『次のゲーム』の構想を練っていた。それがようやく、まとまりそうなのだ。


「運営の仕事はすでに引き継ぎが済んでいる。これから数年は、新作ゲームの開発にかかりきりになるだろう。このゲームには、たまに息抜きにログインする程度だと思う」

「それは……さみしくなるのう」

「そう言うな。永遠に会えなくなるわけじゃない。たぶんな」

「たぶん」


 実はサフィールは、この『アルカンシエル』の開発のディレクターを務めていた。


 ディレクターとは、ゲームの企画を立て、計画を立て、指示出しをし、各部門で出来上がってきたものをまとめ上げる、いわば『現場監督』のような役目を担う。


 船頭多くして船山に登るというように、通常、ディレクターというのは1人の人間がやるもので、このゲームの開発では、それをサフィールが務めていたのだ。


 クセのある王たちが持ってくるものをまとめ上げるのは骨が折れたけど、なかなか面白いものが出来たのではないだろうか。


 ただひとつ言うなら、


「開発陣が運営を担うってのは悪くはないが……。運営が無駄にしゃしゃり出るものじゃないって言ってんのに、あいつらはよぉ」


 やれ「モンスターを簡単に倒されるのが嫌だ」とか。やれ「強い者同士の戦いが観たいんじゃ」とか。「すんごく難しいクイズを前にした時の苦悩に満ちた顔が好きなのよ」だとか。


 そんなよく分からない理由で、奴らはプレイヤーに干渉し過ぎだ。もっと自由にやらせろ。そうしたら、制作側が想像だにしなかった遊び方をするやつが、必ず何人か現れる。そのほうが絶対に面白い。


 サフィールはわりと『ブルー』を放置しているけれど、だからこそプレイヤーたちはやりたいように遊んでいる。勝手にスノーボードの大会を開いたりとかしているくらいだ。企画提案者は誰だ。あれめちゃくちゃ面白かったんだが。


 天空神はニコニコと笑いながらサフィールの話を聞いている。サフィールはポリポリと頭を掻いて、椅子に深く座り直した。


 静かな水面のような目で、まっすぐに天空神を見据える。


「それで、お前は満足したのか?」


 ずうっと昔、サフィールがまだ、駆け出しのゲームクリエイターだった頃。彼はある少年から、協力を求められた。


 ――弟のために『世界』を作りたい。


 そんなことをいきなり言われて、何を言い出すんだと、当時のサフィールは面食らってしまったものだが。


 天空神は目を伏せる。悲しげに眉が垂れ下がり、かすかに口角が上がった。


「ええ、もちろん。弟は楽しんでいるようですから」

 ゲームディレクター、サフィール。王たちの中では実は最年長。シプレは「偉大な先輩」として彼を慕っています。


「なのになんでゲームでは、そんなに食ってばっかなんスかー!」

「胃の負担を気にせずに美味いものを好きなだけ食べられるって、最高だろうが!!」


 どうやら健康が気になるお年頃のようです。

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