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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
最終章 常闇の国ヴィオレ
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魔王

 退屈だった。


 満足に動かない体。ベッドの上から見える変わらない景色。ゲームをしている時だけは気が紛れたけど、ふとした拍子に『現実』が見える。


 ……自分は、この画面の中にいるキャラクターのように、跳んだり走ったりは出来ないのだという『現実』が。


「お前が自由に動き回れる世界を、僕が作ってあげるよ」

「兄ちゃん、本当か!?」

「ああ。約束だ」


 そして生まれたのが、この『アルカンシエル』というゲームだった。


 兄は、見事に約束を果たしたのだ。


(『あの子』がこのゲームをプレイすることは叶わなかったけど)


 それでもその記憶を持つ『俺』はここにいる。


「俺は、『あいつ』のやりたかったことをやるだけだ」




 ***




 ……いろいろ気になることはあるけれど、ノゾムたちはひとまず玉座の間の入口にやって来た。


 大きくて立派な扉には、7つの宝珠を嵌め込む穴がある。これまでに手に入れてきた宝珠を1つずつ穴に嵌めてみれば、巨大な扉は「どうぞお通りください」とばかりに自動で開いた。


 扉の先には階段がある。階段の前には、つい最近も見た記憶のあるコウモリの翼を背中に生やした、端正な顔立ちの男の姿があった。


 病的なまでに真っ青な顔。細く引き締まった体。冷たさを感じさせる鋭利な目でノゾムたちを見据えたその男は、見た目に似合わず恭しく腰を折る。


「おめでとうございます。貴方がたは、ここへ辿り着くことが出来た、最初のパーティーとなります」

「最初の!? マジで!?」


 ドラキュラの言葉にラルドはキラーンと目を輝かせた。1番になりたがっていたからなぁ……喜びはひとしおだろう。


 他のプレイヤーたちは思っていた以上に手こずっているらしい。地下を見つけるのも、『あの子の名前』を見つけるのも、なかなか大変だったものな。


 ようようと頷くドラキュラを見て、オスカーは胡乱げに目を細めた。


「それで? 魔王と戦う前に、お前と戦えばいいのか?」

「いえいえ。私はただの案内役ですよ」


 戦うなど滅相もない、とドラキュラは首を横に振る。ラルドが残念そうな顔をした。「強そうなのに……」って、このドラキュラが強いなら、むしろ戦いを避けたほうがいいのではないだろうか。


「……さっき、墓場にいたよな?」

「誰も来ないので、暇だったのですよ。皆さまの奮闘ぶりは見ていて面白かったです」

「この野郎」


 やはりこのドラキュラは、いい性格をしているようだ。


「それで、案内っていうのは?」


 魔王はこの階段の先にいるのではないのだろうか? それともこの先は、さらに複雑に入り組んでいたりするのだろうか?


 訝しげな顔をするノゾムたちに、ドラキュラはにこりと柔らかな笑みを浮かべた。


「我が主、魔王様はこの先にいらっしゃいます。貴方がた『勇者候補』の皆さまは、魔王様と対峙したその時に『勇者』として認められることでしょう」


 【勇者】の転職条件は、魔王と対峙すること。それはあらかじめ分かっていたことなので、改めて言われるまでもない。


 もっとも『転職条件を満たす』だけなので、魔王と初対面した段階では【勇者】のスキルは使えないのだけど……【勇者】ってどんなスキルを覚えるのかな?


 やっぱりレアな職業だし、貴重なスキルを覚えるんだろうな。


「貴方がたが魔王様と戦っている間は、何人(なんぴと)たりとも玉座の間には立ち入れません。扉はガーゴイルが塞ぎます」


 立派な扉の左右に立つ2体のガーゴイル像は、やはり動くらしい。目的は他のプレイヤーたちの足止めだ。


 さすがの魔王も、何十人というプレイヤーに一度にかかって来られては困るのだろう。一度に挑戦できるのは、1つのパーティーだけのようだ。


「そして、これがもっとも重要なことですが……。一度魔王様の前に立ってしまうと、魔王様に勝つか、全滅してしまうまで、ここから出ることは出来ません」

「えええっ!?」


 勝つか、全滅するか!?


 おっかなビックリ固まるノゾムの隣で、ラルドは訳知り顔で頷いた。


「魔王からは逃げられない……。当然だな」

「当然なの!?」


 全滅してしまったら、ノゾムたちはプールプルまで死に戻ることになる。そうすると、再びリヴァイアサンのいる海を乗り越え、メデューサのいる黒の森をやり過ごし、ここへ戻ってこなくてはならないということだ。


 宝珠も集めなおすことになるだろう……なんて面倒くさい。


「引き返すなら、今しかないってことね」

「引き返すだって? 冗談だろ!」


 キラキラと目を輝かせるラルドは「行くっきゃない」と言わんばかりである。うん。ここまで来たら行くしかないけど、戦いの前にはやっておくことがあるよね?


 ノゾムは矢筒の中の矢を見た。数が心もとないので、アイテムボックスから取り出した矢を補充しておく。


 オスカーはチョコレートを食べて、ミイラとの戦いで減ったMPを回復。ナナミもアイテムボックスの中を確認する。


 ミイラとほとんど戦っていないエレンは、万全な状態のようだ。結果オーライと言えるだろうか。


「……って、戦うこと前提で準備してるけど、戦いは避けられないのかな?」

「それはもちろんです。我が主は、勇者たちと戦うことを何よりも楽しみにしておりますから」

「戦闘狂なの……?」


 魔王ってどんな奴なんだろう。

 会うのがちょっと怖くなってきた。


 ドラキュラは尖った牙を見せて、にこりと笑ってみせた。


「貴方がたが、我が主を満足させられることを祈っておりますよ」




 階段を上がりきると、広々とした空間に出た。天井も高いので、たとえドラゴンが暴れたとしても大丈夫だろう。


 正面には立派な玉座があって、玉座の上には、黒いローブを目深にかぶった人物が座っている。


「あれが、魔王……?」


 どんな怪物が出てくるのかと思いきや、ずいぶんと細い体をした人物だ。いや、細いとは言っても、ローブ越しにも引き締まった体が分かるくらいには立派な体躯をしているのだが。


 もっとこう……ねじ曲がった角が生えているとか、体長が10メートルを超えているとか、炎を吐くとか。あからさまな人外を想像していたので、正直ちょっと拍子抜けだ。


 その人物を視界に入れた瞬間、目の前には文章が浮かぶ。



《【勇者】に転職できるようになりました》



 この文章が浮かんだということは、やっぱりあの人物が『魔王』ということだろう。


 フードの下には仮面を被っている。顔の半分だけを隠す仮面だ。見えている口が、にやりと動くのが見えた。


「くっくっくっく……」


 なんか、聞き覚えのある声だ。


 喉を鳴らして笑う魔王は、だんだんと声を大きくさせて、やがて両腕を広げて叫んだ。


「よく来たな! まさか、お前たちが一番にやって来るとは!」


 喜色満面、といった様子で告げる魔王に、ノゾムたちは眉間にしわを寄せる。


 代表してラルドが言った。


「ヴィルヘルム……。お前、こんなところで何をしてるんだ?」

「俺はヴィルヘルムではない!」


 いや、どう見たってヴィルヘルムだろう。フードの下からわずかに金髪が見えているし、声だってまんまだし。


「俺は魔王だ! 魔王なので! 勇者たちをぶっ飛ばす!!」

「なにその理論?」

「問答無用だ!」


 玉座から立ち上がった魔王……ヴィルヘルムは、黒いマントを靡かせて、天井に向かって右手の人差し指を立てた。


「『いなずま』!!」

「いぃっ!?」


 ヴィルヘルムの掛け声と共に現れたのは、豪雨のように降り注ぐ無数の稲妻である。


 おかしい。ヴィルヘルムは、魔法をまったく使えないはずだ。しかも今の魔法は、


「イエティが使ってた魔法じゃねぇか!?」

「『とっぷう』!!」

「だああああああああっ!!?」


 続いて巻き起こるのは強力な突風。これまた、セレスト山で出会ったイエティが使っていた魔法だ。


 エレンとラルドが『聖盾』を張り、ノゾムたちはその後ろに隠れた。


「なんだよ。ヴィルヘルムのやつ、魔法が使えるようになったのか!?」

「ていうかあれ、ヴィルヘルムよね?」

「どう見てもそうだね……」


 ヴィルヘルム自身は「違うって言ってんだろ!」と言っているけど。別人を演じたいなら、せめて声を変えればいいのに。


「あいつが噂の『バトルアリーナの極悪人』か」

「あれ? オスカーさんは会って……ないのか。アンディゴで会ったのはリオンさんでしたね」

「まあ事情はよく分かんねぇけど、別にいいや!」


 ラルドはにやりと笑って、突風が途切れると同時に駆け出した。大剣を振り上げ、ヴィルヘルムに向かって容赦なく振り下ろす。ヴィルヘルムはそれを素手で受け止めた。


「バトルアリーナで観た時から、お前とは一度戦ってみたいと思ってたんだ! ヴィルヘルム!」

「ヴィルヘルムなんぞ知らんが――そいつは光栄だな!!」

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