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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第1章 はじまりの国ルージュ
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エカルラート山の洞窟

 ゴツゴツとした山道を進んでいくと、やがて目の前に大きな穴が現れた。穴の中は暗く深く、近付いてみると、中から風が吹いているのが分かる。


「ここがダンジョンの入口よ」

「こ、ここに入るの?」


 夜だからというのもあるだろうが、底の見えない大穴は得体が知れず、まるで黄泉の入口のようだ。


 恐怖におののくノゾムの背中を、ラルドが強く叩いた。


「大丈夫、オレがついてる!」

「心配しなくても幽霊なんか出ないわよ。モンスターなら出てくるけどね」

「それも嫌だなぁ……」


 ノゾムは思わず笑った。笑うと少しだけ恐怖がやわらぐのだから、不思議だ。


 松明を頼りに穴の中へ入っていく。入口付近はだいぶ広い。壁は黒くてテカテカしていて、天井や地面も真っ黒だ。松明を先にかざしてみると、さっそく道が二手に分かれているのが見えた。


「どっちに行くの?」

「私にまかせて」


 ナナミがそう言って取り出したのは、『悪魔の口』で使っていた自動マッピングが出来る魔法の羽ペンと、羊皮紙の束だ。羊皮紙にはすでに地図が描かれている。


「これがダンジョン内の地図よ。完成度は7割ってところだけど」

「へぇ。結構でかいダンジョンなんだな」


 地図に描かれた道は網目のように複雑に入り組んでいる。入口に近いほど細かく書き込まれているが、奥のほうはまだ白紙だ。


 地図によると、どうやら右は行き止まりになっているらしい。


「それじゃあ左だね」

「いや待てノゾム。まずは右側に行こう!」

「え、なんで?」


 行き止まりだと分かっているのに。首をかしげるノゾムに、ラルドは拳を握りしめて言った。


「行き止まりには……宝箱があるかもしれない!」

「そうなのかなぁ??」


 そんなにキリッとした顔で言うことだろうか。

 ノゾムは呆れたが、ナナミは笑顔で頷いた。


「そのとおりだわ!」

「え、本気? 本気で言ってるの? 宝箱なんて、あっても先に誰かが開けてるんじゃないの?」


 というか地図に行き止まりが記載されているのだから、ナナミは一度はそこに行っているんじゃないのだろうか。


「誰かがアイテムを手に入れたら、宝箱は自動的に復活するようになっているのよ。場所はランダムに変わるんだけどね」


 宝箱の中身は最初に訪れた者しか手に入れることができない、なんてことにならないようになっているらしい。だからラルドの言うとおり、運が良ければ、行き止まりには宝箱があるのだとか。


 ラルドは「ひゃっほーい」と言いながら右側の道へ進んでいく。


「ちょっとラルド! レアアイテムは私のものよ!」ナナミがそう言ってその後を追っていった。


「え? お、置いていかないで……!」


 松明があるとはいえ、真っ暗な洞窟の中。まさかいきなり置いていかれるなんて、ノゾムは思ってもみなかった。というか、「オレがついてる」って言ってくれたばかりなのに!


 その時だ。



「…………ぁぁぁ……」



「ひぃっ!?」


 なんか聞こえた!


 まるで悲鳴のような、いや、きっと風の音だろう。そうに違いない。だんだんと大きくなっているのなんて、きっと気のせいだ!



「いやああああああああああっ!!!」

「ぎゃああああああああああっ!!?」



 上から聞こえる悲鳴。ぶつかってくる何か。衝撃に倒れ込んだノゾムは、あろうことか持っていた松明を自分の頭の上に落とした。


「や、火傷するぅ!!!」


 パニックに陥ったノゾムは、松明の炎が燃え広がらないことにまったく気付きもしない。炎はちょっぴり暖かいだけだ。


 『アルカンシエル』はリアルを追求したゲームだが、安全設計はバッチリなのである。火傷をするなんてことは有り得ない。


「おおおお、落ちる! 死ぬ! 死んじゃう! 死にたくないよぉぉぉぉ!!」


 もちろん高所から落下した場合も同様だ。ちょっぴり落下の衝撃はあるものの、死にはしない。HPが少しばかり減るだけである。


「ノゾム〜、宝箱はなかったぜ〜」

「何してんの、あんたたち?」

「「はっ!?」」


 もみくちゃになってわあわあ言っていた2人は、戻ってきたラルドたちのおかげで、ようやく無事を自覚した。


「や、火傷してない!?」

「ふぇぇ、生きとる〜。ウチ、生きとるよ〜っ!」




 ***




 ナナミは天井に向けて松明をかざした。暗くてよく見えなかったが、そこには人が1人通れるくらいの、穴が空いている。


「ここから落ちてきたのね……」

「あ、足を滑らせて……。ウチ、鈍臭くて……。ごめんなさい……」


 ぺこりと頭を下げる、二足歩行の大きな犬。大きな耳はぺたんと下がり、ふわふわの尻尾もくるりと丸まっている。背丈は人間の子供ほど。ぶかぶかのローブを身にまとっている。


 どこかで見た気がするな、とノゾムは首をかしげた。


「あんた、確かラプターズの……」

「ラプターズ……!」


 ナナミの呟きを拾ったノゾムは思い出した。この子供は、ジャックたちのギルド『レッドリンクス』のライバル、『ラプターズ』のメンバーの1人だ。


 子供は目を見開いた。


「う、ウチのこと知っとうと?」

「私は一応、レッドリンクスの一員だから」

「レッドリンクス!?」


 子供はびくりと身を跳ねさせた。ふわふわの尻尾を内側に引っ込めてガタガタと震えだす。


「そんなに怯えなくても、取って食いやしないわよ!」


 明らかに恐怖する子供に、ナナミは呆れ気味に叫んだ。


 子供の名前は、ネルケというらしい。仲間たちと一緒にここへ入ってきたが、うっかり足を滑らせて落ちてきたのだそうだ。


 仲間たちというのは、あのとき一緒にいた人たちだろう。


 バジルがいるのなら、矢を当ててしまいそうになったことを謝らなければならない。


「ここで待ってればこいつの仲間、迎えに来るかな?」

「そうだね。1人で待たせるのは可哀想だし、一緒に待ってあげようよ」

「お父さんのことはいいわけ?」


 ナナミが尋ねてくる。

 ノゾムは頷いた。


「クソ親父のことより、こっちのほうがずっと大事」

「……ノゾムって、お父さんのことになると口が悪くなるわね」


 そうだろうか。そうかもしれない。

 ノゾムは苦笑を返した。


「あ、あのぅ……」


 恐る恐るネルケが手を上げる。ラルドは首をかしげて「どうした?」と問いかけた。


 ネルケは申し訳なさそうな顔をしながら、「えっと」「その」を何度も繰り返し、しどろもどろに言った。


「迎えには……来ない、かも」

「え?」

「ウチがはぐれたことも、気付いてない……かも」


 バジルたちは戦闘の最中だったそうだ。ネルケはパーティーのサポート役だそうで、戦闘中はいつも離れたところで様子を見ている。足を滑らせたのは、そんな時だ。


 バジルたちがネルケの不在に気付くのは、きっと戦闘が終わってからだろう。


「いないことに気付いても、気にかけてもらえんかも……。ウチ、トロいし、役に立たんし……」


 しょんぼりとするネルケは、自分が放った言葉にダメージを負っているように見える。なんてネガティブな子だろう。ノゾムも同じようなところがあるので、なんだか親近感を覚えた。


 ふるふると震えるネルケに、何か言わなければと思うけれど、何を言えばいいのか分からない。


 どうしよう、と思っていると、隣にいたラルドがネルケの前にしゃがみ込んだ。


 ネルケは初対面の人間が近付いてきたことに警戒している。


 ラルドはニカッと笑った。


「大丈夫!」


 つとめて明るく言うラルドに、ネルケは「へ?」と呆けた声を出した。ラルドはネルケの頭をぐちゃぐちゃと撫でまわした。


「もし本当に気にかけてもらえないなら、オレたちと一緒に来たらいい。なあに、オレは孤高の戦士だが、面倒見は悪くない。子犬の1匹や2匹、面倒見てやるさ!」

「ラルド、子犬なのはアバターだからじゃないの? 中身は人間だと思うよ?」


 ペットみたいな扱いをするのはどうなんだろう、とノゾムは思わず口を挟んだ。ネルケは「孤高……?」と首をかしげている。


 うん。孤高と言うわりに、ラルドのコミュニケーション能力は高すぎるよね。


「ていうか、ネルケは女の子でしょ? 気安く頭を撫でるのはやめなさいよね」

「なに? お前、メスなのか!」

「メス言うな」


 ナナミはピシャリと言う。ネルケは呆然とノゾムたちのやり取りを見ていたが、しばらくして、耐えきれないとばかりに吹き出した。


「ふふ……おかしいっ! 何なん、あんたたち……あはははははっ!」


 ネルケが笑ってくれたことに、ノゾムはホッと安堵した。ラルドはニィッと笑みを浮かべている。不気味な洞窟の中なのに、安心できるのだから不思議だ。


 ネルケはひとしきり笑って、口を開いた。


「ありがとう。でもウチ、バジルさんたちのとこに戻るよ」


 役立たずとはいえ、バジルたちに何も言わずにあんたたちについていくわけにはいかんと、ネルケは言う。ネガティブでも、筋の通った子供である。


 ラルドはぎゅっと眉を寄せた。


「ワンコ……」

「ワンコ言うな」


 本気なのか冗談なのか、心配そうにつぶやくラルドに、ナナミが再度ピシャリと言った。

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