魔王城4階と5階
すばしっこいロボットを追いかけるのは、なかなか大変だった。
挟み撃ちにしようとしてもヒョイッと避けられて、回り込もうにも速すぎて、ついて行くのがやっと。
クルヴェットの森でロウを捕まえた時もなかなか難しかったけど、このロボットの厄介さはそれ以上だ。
『スポーツの国』ブルー。体を動かすことそのものをスポーツと呼ぶのなら、これは確かにスポーツだろう。
体がアバターなので疲労を感じることはない。どれだけ走っても、息が切れることもない。むしろ走れば走るほどに、爽快感がある。リアルの自分の体では、こんなに激しく跳んだり走ったりはできない。
「ノゾム、『罠作成』!!」
「あ、そっか」
ラルドに言われてハッとする。闇雲に追いかけているけど、手段はそれだけではないのだ。
ノゾムは急いで『罠作成』のパネルを出した。壁と地面との間にワイヤーを張り巡らせて、ロボットを追い込んでいく。
「ワンワンッ!」
ロウがついにロボットを押さえ込んだ。その瞬間、ロボットの腹から、青い宝珠が飛び出してくる。
地面に転がった宝珠を拾い上げたラルドはニカッと笑った。
「これで5つ目ゲットだぜ!」
青い宝珠を掲げると、天井へ向かって青いハシゴが現れる。階段じゃない場合もあるのか。
天井がとても高いので、ハシゴの長さもけっこうなものだ。
ハシゴを登っていくノゾムたちを、ロボットはぼんやりと見上げている。
ハシゴを登りきると、到着したのは真っ暗な空間だった。暗闇の中、聞き覚えのある声が聞こえてくる。激しい剣戟の音も。
いったい何なんだろうと目を凝らして、ノゾムはびくりと肩を震わせた。
「ジェイド、そっち行ったぞ!」
「わーってる!」
「もう嫌だぁぁぁぁっ!!」
聞き覚えのある声の正体は、ジャックたちだ。3階で追い抜かれてしまったけど、どうやら追いついてしまったらしい。
そして彼らが戦っている相手――それは、決して狭くはない空間のほとんどを埋め尽くすほど巨大な体を持った、一つ目の黒い大蛇だった。
鋭い牙を剥き出して襲いかかってくる大蛇をジェイドが跳躍してかわす。大蛇の頭は、ジェイドを丸呑みにできそうなほどに大きい。
滝のように涙を流し、逃げ惑うハンス……うん、気持ちは分からないでもない。
何なんだろう、あの化け物は。
「ジャックたち、なんてやつと戦ってるのよ……」
ナナミが茫然と呟く。巨大な黒い大蛇は、ジャックにどれだけ斬られても、ユズルにどれだけ矢で貫かれても、ぜんぜんダメージがないようだった。
『増殖』を併用し、矢を雨のように降らせても、大蛇は平然としている。ヤバくない? あれ、リヴァイアサンを倒したっていう攻撃方法だったよね?
加勢したほうがいいのかと思ったけど、ノゾムたちの前には見えない壁があって、ジャックたちのところへは行けなくなっている。
ノゾムたちは、彼らの戦いを見ていることしか出来ないのだ。
「大蛇の後ろに宝珠がある」
オスカーがポツリと呟いた。よくよく見れば確かに、大蛇の背後には藍色の宝珠が入った箱が置いてあった。
ジェイドがその箱に手を伸ばす。
大蛇に素早く邪魔された。
「……なるほど。あの大蛇から宝珠を奪うというのが、このフロアの試練なのか」
「俺たちが入れないのは?」
「人海戦術を防ぐためじゃないか? いくらあの大蛇が強くても、大勢で攻めてこられたら簡単に宝珠を奪われてしまうだろう。だから、パーティー単位で相手をしているんじゃないか?」
ユズルの放った矢が大蛇の目に直撃する。その瞬間、大蛇の体が大きく仰け反った。その一瞬の気隙をついて、ジャックが宝珠を手に取った。
一つ目の大蛇の姿が消える。
どうやらジャックたちは、無事に試練を乗り越えたようだ。
「あの大蛇って、伝説の生き物だったりするんですかね?」
「そうなんじゃないか? 『密林の国』アンディゴは伝説の生き物がたくさんいる国だったからな」
しかしオスカーいわく、『蛇の怪物』の伝説は世界中にあるので、あれがどの伝説の生き物なのかは分からないという。
ジャックが宝珠を掲げた。藍色の螺旋階段が、部屋の隅に現れる。
階段を上がる途中、ジャックはこちらに気付いて手を振ってきた。ラルドが「ぐぬぅ」と呻き声を漏らす。
ジャックたちが上のフロアへ行ってしまうのと同時に、藍色の階段は消えた。
一つ目の黒い大蛇が再び現れ、ノゾムたちの前の透明な壁が消える。
「さあ、次は俺たちの番だ」
入ってきた人間たちに、大蛇はたった1つの大きな目を向ける。金色の瞳がギラギラと輝いた。
……蛇に睨まれた蛙って、こんな気分なのかな。
ノゾムは心臓がひっくり返りそうな心地だった。




