魔王城の進み方Ⅱ
「何これ……綺麗」
絵の中の悪魔の口の中から出てきた赤い宝珠を、ナナミはそっと手に取る。
その瞬間、景色ががらりと変わった。ノゾムたちは4つの絵画がある部屋ではなく、どこかの廊下に立っていた。
すぐ後ろは行き止まりになっている。薄暗いこの場所は、どこか見覚えがあった。
「ここ、階段があった場所じゃない」
「こんなとこに戻されてもな……。どうやったら階段が復活するのか……」
その時だ。ナナミの持つ赤い宝珠が、まばゆい光を放ち始めた。
光は、地下への階段があった場所を照らし出す。不思議なことに、光がだんだんと形を持ち始めた。
光が落ち着いた頃には、一同の前には赤い階段が出現していたのだった。
***
「なるほど。つまりその『宝珠』が、上の階へ向かうための鍵ということか」
昼になってログインしてきたオスカーは、ノゾムたちから話を聞いてそうまとめた。
場所は玄関ホール。大きな扉の向こうでは、ケルベロスがすやすやと寝息を立てている。
ケルベロスに戦いを挑んでいたミーナたちがどうなったのか、それは分からない。
「地下から1階へ上がるために必要なのが『赤の宝珠』。そして2階へ上がるために必要なのが、」
「『橙の宝珠』だ! モンスターと戦ってたら、落としていったんだぜ!」
ラルドは喜々としながら宝珠を掲げる。オレンジ色に輝く宝珠だ。
てっきり魔王城の1階にも、地下にあったようなパズルがあるのだと思っていたのだが、いくら探しても見つからなかった。探し回っている間にもウジャウジャ出てくるモンスターたちを鬱陶しいなぁと思いながら退治していたら、突然ポロリと宝珠を落としていったのだ。
落としたモンスターは、何の変哲もない、蜘蛛のモンスターだった。
特定のモンスターを倒すこと、が条件ではないようだったが……。
「モンスターと戦った回数が条件だったのかもな。『橙』……オランジュか。オランジュは『バトル大国』だ」
「だから『バトル』が条件だったのか?」
「地下のパズルに描かれた絵は、どれも『はじめて』のものだったんだろう? プレイヤーが『はじめて』降り立った場所、『はじめて』戦ったモンスター」
クルヴェットはカルディナルを出て一番近くにある村なので、たいていのプレイヤーにとっては『はじめて』の村。
そして『悪魔の口』は、『はじめて』のダンジョンだ。
「『赤』……ルージュは『はじまりの国』だ」
「この世界にある『国』の特徴が、宝珠を手に入れるためのヒントってことか?」
「おそらくな」
口元に手を当てて呟くエレンにオスカーは頷く。
「このゲームの名前、『アルカンシエル』はフランス語で『虹』という意味だ。そしてこの世界に存在する『国』は、虹の色を冠している。順番どおりなら……2階にある宝珠の色は『黄色』、ヒントとなるのは『黄金の国ジョーヌ』だな」
「ジョーヌ……あんまりいい思い出がないですね……」
NPCたちが出してくるクイズがとにかく厄介だった国だった。性格の悪い女王に変に気に入られたせいで、ノゾムはとんでもなく大変な目に遭ったのだ。
「とにかく行ってみるか」
2階へ上がる階段がどこにあるのかは、オスカーが来る前に発見済みだ。
シスカに会った中庭で『橙の宝珠』を掲げると、オレンジ色の階段が出現する。
『レビテーション』では上がることは出来なかったが、階段を上がれば問題なく2階に到着することが出来た。
「『黄金』ってことは、宝物庫でもあるのかしら」
ナナミはウキウキしながら壁や床を探り出す。また隠し扉や隠し通路、隠しスイッチを探しているのだろう。
目を離すとまたいなくなっているかもしれない……。ノゾムは気を付けてナナミを見ていることにした。
2階にもまた、部屋がいくつかある。モンスターに気を付けつつ近くの部屋に入ってみた。
部屋には高そうな絵画だったり、ツボだったり、花瓶だったりが置いてある。どうやら客室のようだ。落ち着いた色の質のよさそうな家具が揃っていて、大きなベッドもついている。
ナナミは絵画の裏を覗いたり、ツボや花瓶の中を覗いたりしているけど、目ぼしいものは見つからないようだ。
「ジョーヌの女王は意地悪だったからな~……」とラルド。
オスカーは首をかしげて「それって関係あるのか?」と言う。
オスカーは客室に置いてある本を慎重に捲った。どこかにヒントのようなものが載ってやしないかと思ったのだろうが、残念ながら期待外れだったようだ。肩を落として本を戻した。
ラルドは引き出しの中を漁っている。ややあって、「あっ」と声を上げた。
「変なものを見つけたぞ!」
「なんだ!?」
「黄金!?」
「ちげぇよ!」
注目を浴びる中、ラルドが取り出したのは白と黒の面が交互に並んでいる、チェス盤だった。
それのどこが変なのかとノゾムは思ったが、ラルドがひっくり返したそれを見て目を丸める。……確かに変だ。チェス盤の上に置かれてある駒は、ひっくり返しても落ちてこない。
接着剤か何かで固定されているのだろう。
ラルドはチェス盤を振りながら言った。
「これはきっと、ダイニングメッセージとかいうやつだな!」
「『ダイイング・メッセージ』な」
「殺人事件でも起きたの?」
んなバカな。
「だが、何かのヒントではありそうだ。ラルド、よく見つけたな」
「へへっ」
ボードに置かれた駒は3つ。
白のクイーン。
白のナイト。
黒のルーク
……うん、まったく意味が分からない。
配置された場所に意味があるのか、色に意味があるのか。それとも、駒の種類に意味があるのか……。
「クイーンは女王……ナイトは騎士。……これってもしかして、あの女王と従者のことを表しているんじゃないだろうな」
「ジョーヌの女王と、カジノのマスターのことですか?」
やたらと女王に好かれていた気の毒なマスターを思い出す。黄色の髪に黄色の目をした、たしかトトと呼ばれていたっけ。
女王はその性格の悪さからノゾムの父親疑惑が浮かんでいたのだが、トトに対する態度から「リアルでも女性なのでは」という結論に至ったのである。
「ってことはこのチェス盤、特に意味はないってこと?」
白のナイトは、白のクイーンを守るような位置に立っている。うん、なんていうか、あの女王の願望が表現されたって感じがする。
宝珠とは関係なさそうだ。そう結論づけるノゾムに、オスカーは首を振った。
「いや、そう考えるのは早計だ。白の駒が女王と従者を表しているなら、黒のルークは何を表している?」
「うーん……。ルークって確か、城壁って意味だよな……?」
エレンが腕を組んで呟く。
オスカーは頷いた。
「『城』だったり『塔』だったり『戦車』だったりするな」
考えてみるが、答えは出ない。ノゾムたちはひとまず他の部屋も調べてみることにした。