旅は道連れ、世は情け
胸の前で腕を組み、仁王立ちする金髪美少女。なまじ顔が整っているものだから、松明に照らされて凄みが増している。
少女の前で正座をするノゾムはダラダラと冷や汗を流した。隣で同じように正座をしているラルドは、こてんと首をかしげてナナミを見る。
「なんでここにいるんだ?」
「いちゃ悪いの? その前に言うべきことがあるでしょ!」
「運が悪いな〜!」
「だまらっしゃい!!」
ラルドはケラケラ笑う。こいつの神経はどうなっているんだ。
ナナミは頬をふくらませてそっぽを向いた。深緑色の瞳が少し濡れている。
「ご、ごめん、ナナミさん。『罠作成』を覚えたから練習してたんだ……まさかあんなタイミングよくナナミさんが来るなんて、思ってなくて」
「運が悪くて悪かったわね!」
「いや、あの、……ごめんなさい」
ノゾムには謝罪の言葉を重ねることしか出来なかった。ラルドはクツクツと喉で笑って、再度尋ねる。
「で? ナナミはなんでここにいるんだ?」
「……素材を採りに来たのよ」
「1人で? エカルラート山のモンスターめっちゃ強いのに。お前、スライム相手にも苦戦してたじゃん」
「あれは『魔法玉』を切らしていたからよ! ここには魔法しか効かないモンスターなんて出ないし。私だって1人で来たくはなかったけど、ジャックは用事があるって言うしさ」
ジャックの用事とは恐らく『テイマー』のことだろう。ノゾムは申し訳なく思った。
「ギルドの他のメンバーは?」
「……私、あいつらと仲良くないもの」
ナナミの顔に翳りができる。
どういうことだろう……ノゾムは首をかしげたが、ラルドは「ふうん」と呟いた。
「じゃあさ、オレたちと行くってのはどうだ?」
「あんたたちとぉ〜?」
「なんだよ、いいじゃん! 旅は道連れ世は情けってな。1人より2人、2人より3人のほうが生存率も上がるだろ」
確かにそのとおりだろうが、少し強引ではなかろうか。ノゾムは恐る恐るナナミの顔色を伺う。
ポカンと半開きになっていたナナミの小さな口は、やがてゆるゆると波打った。
「あんた、『孤高の戦士』じゃなかったの?」
「フッ、そのとおり。だがオレは、面倒見は悪くない」
「なあに、それ?」
ナナミはクスクスと笑う。さっきまで萎んでいたのに、まるで花が開いたようだ。
ぽけっと惚けていたノゾムは、次の瞬間、勢いよく地面に頭を叩き付けた。
(だーかーらー! 可愛いのはアバターだからであって、リアルじゃおじさんかもしれないんだってば……!!)
美少女なアバターがリアルでは男である。
ネットゲームでは、よくあることではなかろうか。
「おいノゾム、どうした!? 何があった!?」
「……また何か失礼なこと考えてない?」
ノゾムの奇行を心配するラルドと違い、ナナミは冷ややかな目を向けてくる。
なぜバレた。
ノゾムは額を地面に当てたまま、体をぷるぷると震わせた。
***
爆弾や槍の絵が描かれたパネルの下に、罠の解除ボタンがある。仕掛けた罠をすべて解除するか、それとも選んだものだけを解除するのかは、選択が可能だ。
山道一帯に仕掛けまくった罠をすべて解除して、ノゾムたちはエカルラート山へと再び歩みを進めた。
「エカルラート山には、またお父さん捜しに?」
「うん。ずっと山にこもってるコーイチさんがいてさ」
本当にこのコーイチさんは全然、まったく、ちっとも居場所が変わらない。こんな山の中で何をしているのだろう。
エカルラート山は、日本によくあるような森と一体化した山ではなく、岩肌の露出したゴツゴツした山だ。
山の頂上には派手な色をした大きな鳥が棲んでいる。……まさかあの鳥に挑むために山ごもりでもしているのだろうか。
「…………」
ナナミは口元に手を当てて黙り込む。
ラルドが首をひねってナナミを見た。
「どうした?」
「いや、前から気にはなっていたのよ」
「何が?」
ラルドは続けて問う。ナナミは細く整った眉をわずかに下げて「エカルラート山にプレイヤーが集まる理由よ」と答えた。
「この山にもダンジョンがあるんだけど、『悪魔の口』に比べると面白みがないというか……。ここでしか手に入らない素材を採りに行く以外に、正直行く理由がないのよね」
それなのにエカルラート山にこもっているプレイヤーが何人もいる。それがずっと謎だったのだと、ナナミは言った。
「コーイチさんも、その1人なのかな?」
「さあ? レアアイテムが眠っているっていうなら、私も加わりたいけど」
「なんかのイベントがあるのかもしれないな」
結局のところ、行ってみなければ分からない。
3人は松明を頼りにして暗い山道を登っていった。
***
一方そのころ、エカルラート山の内部では。
「うおりゃあ!!」
バジルが振り下ろした戦斧が襲いくる巨大ムカデの身体を引き裂く。巨大ムカデが青白い光となって消えたことに安堵の息を吐く暇もなく、今度はコウモリの集団が迫ってきた。
「ローゼ!」
「分かってるわ! ……『アイシクル』!!」
魔道士の初級魔法のひとつ、氷結の魔法がコウモリたちの動きを止める。バジルは再び戦斧を振り上げ、コウモリたちの身体をこなごなに砕いた。
暗闇に余韻が残る。パチパチと響く松明の炎が、マーブル状の黒々とした壁を怪しく照らした。
ここは、エカルラート山の内部に広がる巨大な溶岩洞窟。ルージュにある、2つのダンジョンのうちの1つである。
どこまでも暗く、深く、黒ばかりが広がるこの洞窟には『悪魔の口』のような華やかさも、面白みもない。特徴といえば変わった鉱物が採れることくらいだが……ここにばかり潜るプレイヤーは、何故か一定数いる。
「わあ……さすがバジルさん。強かぁ……」
「いいから早く回復してくれない?」
あんぐりと口を開けて呆ける犬のような姿の子供……ネルケに、キャスケット帽の青年は冷ややかに言う。ネルケの体はびくりと跳ねた。
「ご、ごめんなさい……」
キャスケット帽の青年はセドラーシュという。薄茶色の髪にアクアマリンのような水色の瞳。この瞳がまるで氷のようで、ネルケはとても苦手だった。
「まったく、トロいんだから」
「うぅ……」
いちいち一言多いところも苦手だ。しかもネルケ自身、トロい自覚があるので反論できない。
ネルケは泣きそうになりながら、彼に回復魔法をかけた。セドラーシュは左腕のリングを見ながらHPが回復していくのを確認している。
もっと早く回復できればいいのに、とネルケは思わずにはいられなかった。
「ああもう、陰気で嫌になるわ。ねえバジル、あの話は本当なんでしょうね?」
苛立った様子のローゼが問う。あの話、というのは王都カルディナルの酒場でバジルが仕入れてきた情報のことだろう。
ここ、エカルラート山のダンジョンにばかり潜るプレイヤーたち。
その目的は……。
「ああ、確かな筋の話だ。……この山には、ドラゴンがいる!」
いにしえの時代にこの山に潜り、ひっそりと隠れて暮らしているという伝説のモンスター。
その素材は高値で取り引きされ、討伐に成功した者は【ドラゴンスレイヤー】という特殊な職業に転職可能になるという。
本来であれば、アンディゴという国へ行かねば出会うことが出来ないモンスターである。
「山猫どもに差をつけるチャンスだ。フッフッフ……目にもの見せてやるわ、弓バカめ」
「前から思ってたけど、なんでバジルは弓が嫌いなわけ?」
「以前やっていたゲームで、弓使いと揉めて垢バンを食らっちゃったんだよ」
訝しげに問うローゼにセドラーシュは淡々と答える。
垢バンとは、ゲーム内で問題行動を起こしたりして、運営からアカウントを停止されてしまうことをいう。
ローゼは、心底呆れ果てたとばかりの顔をした。
「なにそれバカなの? やっぱり死んだほうがいいんじゃないの?」
「だあああああっ! うるせえええええっ!」
洞窟内にバジルの叫び声が響き渡る。
ネルケは大きな耳をぺたんと閉じて、鼓膜がキーンとなるのを防いだ。
バジルの叫び声に呼応してモンスターたちが集まってきたのは、このすぐ後のことである。