もうひとつのヒント
一方その頃、魔王城・正門――
「やぁぁぁぁぁッ! とりゃぁぁぁぁぁ! せぇぇぇぇぇいッ!」
気合いを入れた叫び声を上げて、飽きもせずにケルベロスに挑んでは吹き飛ばされるミーナを、アルベルトはただ見守っていることしか出来なかった。
いや、一応、最初はアルベルトも協力しようとはしたのだ。例えば『スモーク』を使ってケルベロスを『毒』状態にしてやろう――とか。短剣をケルベロスの頭上を目掛けて投げて、『増殖』で増やして……ユズルがリヴァイアサン相手にやったように、ナイフの雨を降らせたりだとか。
しかし、どれも効果はなかった。毒の煙に包まれてもケルベロスは『毒』状態にはならなかったし(状態異常に耐性があるのかもしれない)、ナイフの雨を食らってもかすかに唸り声を上げただけで、目覚めることもなかった。
本当に、何なんだろう、このケルベロス。
こんな奴を攻略する方法なんて、本当にあるのか?
「えぇぇぇぇぇいッ!!」
首をかしげるアルベルトのことなど見もしないで、ミーナはひたすらにケルベロスに挑み続けている。
ミーナは本当に諦めが悪い。だが、この諦めの悪さがなかったら、アルベルトはきっと今頃、ここにいなかった。
オランジュで犯罪者として牢に放り入れられて、バトルアリーナに参加させられて。アルベルトはあの時、すっかり諦めてしまっていた。
牢から出ることも、バトルアリーナで勝ち抜くことも。そもそもこのゲームを続けることすらも。全部全部、投げ出してしまおうと思っていた。
そんなアルベルトに、わざわざ面会に来たミーナは言ったのである。
「牢を出たら私を追ってください。私は『竜の谷』に向かいます」
『竜の谷』といえば、ヴィルヘルムが単身でドラゴンを討伐して【ドラゴンスレイヤー】の転職条件を満たしたという場所である。
鉄格子の中にいるアルベルトは驚いた顔をしてミーナを見た。まさかミーナも、同じことに挑戦するつもりなのか、と。
「……やめときなよ。ドラゴンがどれだけ強いかは知らないけど、1人で挑んで勝てるような相手じゃないだろ。あのヴィルヘルムとかいうやつが単身で成し遂げたという話も、本当かどうか分からないんだし」
まあ、実際に奴は【ドラゴンスレイヤー】になっているのだから、ドラゴン討伐に成功したのは確かなんだろうけど。
「やるならせめて、もっとレベルを上げて、スキルをたくさん習得してからにしなよ。あと猪突猛進な戦い方を改めて」
「私は私のやり方を変えるつもりはないですし、今すぐにドラゴンに挑みたいんです!」
「……あのねぇ」
「それに『1人で挑む』つもりもありません。言ったでしょう? 私を追いかけてきてください」
鉄格子越しにまっすぐな目を向けてくるミーナに、アルベルトは閉口した。目をぱちぱちと瞬かせて、ミーナの顔を見る。
「本気で言ってる?」
「私はいつでも本気です」
「俺は犯罪者だけど?」
「ええ、人でなしですね」
きっぱりと言われてしまった。
ミーナは鉄格子を握り締めて、顔を寄せてきた。眉間にはしわが寄っているが、表情からは嫌悪感などは感じない。むしろ――なんだろう。心配そうな顔だ。
「でも、理由があるんでしょう?」
「……」
「まあ、どんな理由であれ、人を殺すのはどうかと思いますけど。たとえゲームの中であれ、ね。とにかく、アル。バトルアリーナを勝ち抜いて、牢を出たら、私を追いかけてください」
「嫌だって言ったら?」
「私は待ち続けます。1人でドラゴンに挑みながら!」
え〜、マジかよ〜。
ミーナの宣言を聞いてアルベルトはドン引きした。ミーナは言いたいことだけ言うと、くるりと身を翻して、バトルアリーナの地下に併設された牢から出ていってしまった。
その後、アルベルトはなんとかバトルアリーナを出ることが出来た。ヴィルヘルムが先にいなくなっていたことが大きい。アルベルトが使う『隠密』からの奇襲は、ヴィルヘルムには効かなかったけど、たいていのプレイヤーには効果的だった。
バトルアリーナを出た後はヴェールに向かった。ヴェールはモノづくりがメインの国だけど、色々なものが採集できる場所でもある。『スモーク』で使用する草を補充するのに適した場所なのだ。
毒草、薬草を問わず、色々な植物を採集しながら、アルベルトはふとミーナのことを思い出した。
まさか本当に1人でドラゴンに挑んでいるのだろうか……いや、まさか……まさかなぁ……。
まさかまさかと思いつつ、アルベルトは念のために『竜の谷』を目指した。ドラゴンに遭遇しても、『隠密』を使えばやり過ごすことが出来るだろう、とも考えていた。
そして――アルベルトは唖然とした。『竜の谷』にて、ミーナは本当に1人でドラゴンに挑んでいたのだ。
アルベルトがいることに気付いたミーナは満面の笑顔になって、「ドラゴンさん、これからが本当の勝負ですよ!」と宣った。
え、俺も戦うことが決定してるの?
ミーナは見たことのない炎の剣を使用していた。ヴェールにいる知り合いに作ってもらったものらしい。本当はオリハルコンが欲しかったんですけど、と戦いの最中に言われたが、なぜにオリハルコン。
「オリハルコンならヴィルヘルムさんにも通るかなって」と言うが、え、ミーナの最終目的ってアイツなの? もしかしてドラゴン討伐はその前段階だったりするの?
とにかく、こうしてアルベルトは再びミーナと行動を共にすることになったのである。本当に、なぜにこうも諦めが悪いのか、アルベルトにはさっぱり分からない。
(でもさすがに今回は、無理だよなぁ)
吹き飛ばされてきたミーナを、体を張って受け止める。ミーナは「ぐぬう」と呻いた。ケルベロスは相も変わらず「ぷひゅー」と間抜けな寝息を立てている。
せめて、どうにかして、起こすことが出来たら。
「まだまだ負けませんよぉ……!」
「本当に諦めないね、ミーナって」
「諦める理由がないからです! 絶対に攻略方法はあるはずです! ……あっ! あれを見て下さい、アル!」
「何を見るって?」
「ケルベロスの首輪です! 何か書いてあります!」
アルベルトは目を窄めてケルベロスを見た。ケルベロスには、確かに首輪がはめられている。革製の、普通の赤い首輪だ。ケルベロスの体に合わせて作ったのか、ずいぶんと大きいようだけど。
その首輪の表面に、確かに何か書いてある。
「『人形の死は真理の中に。頭を削れ』……?」
その文の後ろには、薄っすらと『E』の文字がある。どういう意味だろうか。
「あれってケルベロスの倒し方じゃないですか!?」
「いや、違うでしょ。ケルベロスはどう見ても『人形』じゃないし」
しかし、何かの攻略のヒントではあるかもしれない。
『死』は『真理』の中に――念のために憶えておくかと、アルベルトは思った。