黒の森の戦いⅣ
「アル、ベルト……!」
険しい顔をして名を呼ぶノゾムに、アルベルトはその赤い目を瞬く。しばらくして目を見開いたアルベルトは「あの時の……」と呟いた。自分がナイフを向けているのが誰なのか、ようやく気付いたらしい。
呟いたあとは、石のように固まってしまった。
ノゾムの首にナイフを当てたまま、だ。
「ちょ、固まるならせめて、どいてからにしてよ! ナイフも怖いんだけど!?」
「……」
アルベルトは赤い瞳をゆらゆらと揺らしている。しばらくの沈黙のあと、ポツリと言った。
「殺すしかないか……?」
「どういう思考回路からそういう結論に至ったの!?」
相変わらずアルベルトの思考回路は謎である。
しかも、ものすごく物騒だ。
「よお、アルじゃないか! 久しぶりだな。ブルーで見かけて以来か?」
親しげに話しかけるラルドにアルベルトはびくりと肩を震わせた。ジャックは「『雨垂れ娘』の彼氏くんじゃないか」と言っている。ミーナのことは『雨垂れ娘』で固定されたのか。
アルベルトは「あまだれ……?」と訝しげな顔をしたけれど、すぐにそれがミーナのことだと察して、顔を真っ赤にした。
「彼氏じゃない!」
「いいからどけ!」
ノゾムは再度叫んだ。
アルベルトは「このまま人質にしたほうがいいんじゃないか」と悩んだみたいだったけど、結局は多勢に無勢な状況だと判断して、大人しくノゾムを解放した。
こいつだけ、どうも生きている世界が違うような気がするんだけど、なんでだろう?
「……まあいいや。今はとにかく、ミーナだね」
「おい、触るなよ!」
「触らなきゃ『リフレッシュ』かけられないでしょうが!」
また邪魔をしてこようとするアルベルトに、ノゾムは思わず叫び返す。
アルベルトはきょとんと目を丸めた。
「リフレッシュ?」
「そう!」
「ミーナに?」
「そう!」
「……なんで?」
「理由なんか別にないよ! しいて言うなら放っておけないからだよ! なんか文句ある!?」
このまま放っておくと『死に戻り』するぞと、ノゾムは怒鳴る。アルベルトはぱちぱちと目を瞬いて、その目をラルドに向けた。
「こいつ、頭大丈夫か?」
「ノゾムはすっげー良い奴だぜ!」
ぐっと親指を立てるラルド。アルベルトはさらに困惑した顔になったけど、少しの沈黙のあと、再びノゾムを見て、頷いた。
「……そういうことなら、頼む。石化解除薬が切れていて、困っていたところだ……あ、でも、ちょっと待って」
アルベルトはミーナのもとに向かうと、なぜかその腕をぎゅっと掴んだ。そしてノゾムに「頼む」と言う。ノゾムは訝しげに眉を寄せた。
「いや頼むって、その状態で?」
「ああ」
「相変わらずお熱いね〜」
「違う!」
ケラケラと笑いながら茶々を入れてくるジャックに、アルベルトはまた赤くなる。恥ずかしいなら手を離せばいいのにと思うけど、どうやらそれは必要なことらしい。
ノゾムは首をかしげつつ、ミーナの肩に手を添えてスキルを発動した。
「『リフレッシュ』」
アルベルトの行動の理由は、すぐに判明した。
「メデューサ、覚悟しなさい!! ――って、うわあっ!?」
復活してすぐに、いずこかへと走っていこうとしたミーナはアルベルトに腕を引かれ、あえなく拘束された。
ミーナは「何するんですか!」と抗議するが、アルベルトは「『何するんですか』じゃないだろ」と冷ややかな目をミーナに向ける。
「そうやってミーナが何回も何回も、なんっっかいもメデューサに挑んで石化してを繰り返すから、石化解除薬が切れたんだろ!!」
「え、薬なくなっちゃったんですか? なくなる前に『増殖』で増やせばいいって言ってたのに……」
「そうだね、それを思い出したのがラスイチを使った後じゃなければね!」
「あらまあ。らしくないミスですね」
「誰かさんがどんどん石化していくからだよ!?」
少しは立ち止まることも覚えよう!? とアルベルトは訴える。ミーナはぷっくりと頬をふくらませるが、こればかりはアルベルトの言うとおりだなぁと、ノゾムは思った。
「相変わらず猪突猛進なんだな……」とジェイドも呆れた顔をしている。
ぷっくりしていたミーナは、ややあって不思議そうに首をかしげた。
「あれ? 石化解除薬がないなら、どうやって石化を解いたんですか?」
「……こいつが『リフレッシュ』をかけてくれたんだよ」
「あら! ノゾムさんじゃないですか!」
「……知り合い?」
訝しげに問うアルベルトにミーナは頷く。ミーナはノゾムに向き直ると、深々と頭を下げた。
「助けてくださり、ありがとうございました。それでは私は、メデューサを倒しに行かなきゃなので!」
「待て待て待て待て!」
再び駆け出そうとするミーナをアルベルトは必死に止める。腕を引かれるミーナは不満そうな顔をして、アルベルトを見た。
「なんで邪魔するんですか!?」
「石化解除薬が切れたって言っただろ!? それで挑みに行くなんて自殺行為だ!」
「あ、それもそうですね」
なるほど納得、と頷くミーナ。アルベルトは大きなため息をついた。
……苦労してるんだなぁ。
嫌いな相手ではあるけれど、ノゾムはほんの少しだけアルベルトを憐れに思った。




