黒の森の戦いⅢ
第3ラウンド。ユズルが放った矢に『増殖』を使い、文字通り雨のごとき攻撃をメデューサに食らわせる。
かなりのダメージを与えたのは確かだが、倒すまでには至らない。そしてユズルはメデューサに睨みつけられて、石化した。
『増殖』で増えた弓矢の攻撃範囲はかなり広く、ジャックたちが即座に追撃することは不可能だ。ノゾムの矢は届いたけど、一発当たったところでやっぱり睨まれて、石化する。
それならばと第4ラウンド。今度はノゾムが先に死角から矢を放ち、ユズルが『増殖』を使ってその矢を増やした。間髪入れずにユズルは自分も矢を放ち、これもまた『増殖』で増やす。時間差での二段攻撃だ。さらにオスカーが『ロックブレイク』を『拡散』して追撃する。
メデューサのHPを、かなり削れたのは確かだ。しかしそれでもまだ、倒すには至らない。
「HP多すぎだろ!」
「リヴァイアサンには5回放ってたからなぁ」
伝説級のモンスターをそう簡単に倒されてたまるかという、運営側の意図をひしひしと感じる。
リヴァイアサンもメデューサも、強すぎだ。
「ジャックさんも、弓を使えてませんでしたっけ?」
ハンスの『リフレッシュ』で石化から復活したノゾムは、バトルアリーナを思い出しながらジャックに問いかけた。ジャックは声を上げて笑った。
「俺は近距離からじゃないと、ほとんど当たらねぇよ!」
「どこに飛んでいくか分からねぇ弓ほど、害悪なもんはねぇよ」
コイツに使わせるのはやめとけ、とジェイドは顔をしかめて言った。……そういやバトルアリーナでは、超至近距離から射撃してたんだっけ。
ジャックの弓の腕は、それほど高くないらしい。「練習をサボるからだ」というのはユズルの言である。
シスカの仲間のひとりが、困ったように眉を下げて言った。
「もうメデューサを倒すのは諦めましょう? 幸い、木の陰に隠れて視線を向けられないようにすれば、石化は免れるのだし……。石にされないように気をつけながら、森を抜けましょうよ」
おそらく、それが最適解だろう。リヴァイアサンもメデューサも、運営は『避けるべきモンスター』として配置したのかもしれない。
仲間の言葉にシスカは難しそうな顔をして俯いた。ジェイドがそんなシスカを見てニヤリと笑う。
「それがいい。シスカには手に負えねぇだろうしな」
「なんだとぉ!?」
「シスカ、挑発に乗るなよ! もう行こうぜ」
ジェイドに詰め寄ろうとするシスカを後ろから羽交い締めにして、彼らは去っていく。
その後ろ姿を見送って、ノゾムは自分の仲間たちを振り返った。
「俺たちはどうする?」
「オレはこのまま挑みたい。だって、あとちょっとで倒せそうじゃん!」
オレンジ色の目をキラキラ輝かせてラルドはそう言った。オスカーがそれを聞いて「確かにな」と頷く。
あと一歩、何かがあれば、倒せそうな気がする、と。
「……これは誰が一番に【勇者】になれるかっていう競争じゃなかったの?」
ナナミがにんまりと笑みを浮かべながら問うた。ラルドは「ぐぬっ」と呻く。それは、先ほどラルドが言っていた言葉である。
「それはそうだけどぉ……」
「オレはどっちでもいいぞ。お前らが戦うってんなら、盾になるだけだ」
エレンはキッパリと言った。普段は厄介で面倒くさい奴なのに、こと戦闘に関わる時には、エレンはカッコイイ。
口だけでなく本気で身を挺して盾になってくれるのだから、本当にカッコイイ。普段は面倒くさいけど。
「まあ、このまま立ち往生ってわけにもいかないしな。森を進みつつ、隙あらばメデューサに挑んでいこうぜ」
ジャックがそう提案する。それが一番いいかもしれないと、ノゾムたちは頷いた。
島の中央を目指して、黒の森を進んでいく。奥へ行けば行くほどに、例の紫のヘビとの遭遇率は増すようになっていった。
ヘビに遭遇すると、攻撃するしないにかかわらず、必ずメデューサは現れる。
そのたびにノゾムたちはメデューサに挑んでみるのだが、すべて返り討ちにされてしまった。
『リフレッシュ』を使いまくっているハンスと、『増殖』を使いまくっているユズルは、MP回復用のチョコレートをもぐもぐと頬張った。
「チョコレート、もう残り少ないんだけど……」
「『増殖』で増やせないか?」
「増やせるぞ!」
ジャックの問いかけに頷いたユズルは、すぐにチョコレートに『増殖』を使った。チョコレートは一気に50個くらい増えた。
それを見たジェイドは、目を瞬かせた。
「矢に使った時よりも量が少なくねぇか?」
「ああ、それは――」
「あれ? ねえ、あれってミーナじゃない?」
ふいにナナミが声を上げた。その視線の先には、森の中にポツンと立つ、一体の石像があった。
特徴的な2つのお団子。その姿は、確かにミーナである。
「いつぞやの『雨垂れ娘』じゃねぇか」
ジェイドが目を丸めて言った。ハンスがそれを聞いて「なにそれ?」と首をかしげた。
ミーナの周りには誰もいない。まさか、こんなところまで1人で突っ走って来たのだろうか……ミーナならやりかねない。
とにかく石化を解かないと、とノゾムはミーナに近付いた。『リフレッシュ』をかけるために、その体に触れようとする。
しかしその直前、見えない何かに腕を掴まれた。
「えっ?」
さらには足を掬われ、倒される。相手の姿はまだ見えない。シャッと何か、金属の擦れる音が鳴ったと思ったら、その男は唐突に目の前に現れた。
長い黒髪に、赤い瞳。手にはナイフを持ち、切っ先はまっすぐにノゾムの首に向けられている。
「その娘にさわるな」
険しい顔をして吐き捨てるのは、ノゾムがこのゲームで最も関わりたくないと思っているプレイヤー……アルベルトだった。