空の怪物とジャックたちの上陸
ノゾムたちがメデューサに遭遇した、ちょうどその頃。グリフォンに乗って空からヴィオレに乗り込んだバジルたち『ラプターズ』の4人は――ノゾムの予想どおり、大変な目に遭っていた。
「早く、早く逃げろ!!」
「これ以上はスピード出ないわよ!」
「ひええええええええっ!!」
背後から迫るは巨大な黒竜。その大きさは『竜の谷』にいたドラゴンたちより、遥かに上だ。見るからに硬そうな黒い鱗。厳つい顔の中で刃物のように鋭く尖る双眸は、空からの侵入者たちを油断なく睨んでいる。
「なんなんだよ、こいつは!? バハムートか!?」
「ああ、まさにそんな感じだな。そういえば知ってるか、バジル? バハムートってもともとは、イスラムの伝承に出てくる巨大な魚なんだぞ。クジラって話もあったかな?」
なんでゲームじゃドラゴンなんだろうね、とマイペースに首をかしげるセドラーシュ。バジルは「知らねぇよ!!」と声を荒らげた。
「セド! そんな呑気なこと言ってないで、この状況をどうにかしなさいよ!」
「いや無理でしょ。グリフォンより向こうのほうが機動力が上だし。『死に戻り』したくないなら、ここらで覚悟を決めて戦うしかないね」
空中戦だ。そう告げるセドラーシュに、ローゼは苦々しく顔を歪めた。ネルケはぷるぷる震えている。セドラーシュは後ろにいるバジルを見た。
「どうする、リーダー?」
「ぐぅ……、仕方ねぇ! やるぞ!」
バジルは戦斧を振り上げる。セドラーシュは「了解」と口角を上げて、手綱を引いた。バジルとセドラーシュが乗るグリフォンは、くるりと身を翻して黒竜と対峙する。
「バカなの!? アンタたち、本当にバカなの!?」
バカは死ねばいいのにと、涙目で叫ぶローゼ。セドラーシュはそれを聞いて「ふふっ」と笑った。
「リーダーには従うさ」
「いつも従ってくれたら嬉しいんだがなぁ……」
「終わったら落とそうっと」
「やめてくれ」
「アンタたちね……」
ローゼは頭を抱えた。ネルケはまだぷるぷる震えている。
「ろ、ろ、ろ、ローゼさん!」
「ああ、ネルケ。分かってるわ。こうなったら、あたしたちだけでも逃げ――」
「ウチ、がんばる!」
「何を言っているのかしら?」
ネルケはぷるぷる震えながらも、小さな手を持ち上げた。ふさふさの毛に覆われた肉球を黒竜に向ける。
「『ホーリーライト』!!」
「あ、ちょ!?」
光線が黒竜に直撃した。ローゼは真っ青になる。バジルは「ひゅう」と口笛を鳴らし、セドラーシュは「あちゃあ」と言ってネルケを見た。
黒竜の刃物のような目が、ネルケを捉える。完全に、ロックオンされた。
「何やってんのよぉーーーーッ!!」
***
「すっげぇ、真っ黒な森だ」
バジルたち、ノゾムたちに続き、ヴィオレの海岸に辿り着いたジャックたちは、海岸沿いに広がる黒い森を見て目を丸めた。
赤い月に、黒い城に、黒い森。不気味な光景がそこには広がっている。
「いかにも危ない感じだなぁ」
「笑いながら言うなよ、ジャック」
危ない感じ、と言いながら口元を緩ませるジャックに目ざとく気付いたハンスが言う。
ジェイドは不機嫌そうに眉を寄せて空を見た。
「バジルたちは、ずいぶん先に行っちまったみたいだな……俺たちも早く行こうぜ」
「まあ待てジェイド。気が急いていては、うまくいく狩りもうまくいかん」
MP回復のチョコレートをもぐもぐしながら、ユズルは言う。
「まずは慎重に、観察からだ」
「ユズルの言うとおりだな。どんな罠があるか分からないんだし」
「だからジャック、笑いながら言うなよ」
罠が楽しみなのかお前は、とハンスは呆れた顔をした。ジャックはそんなハンスに笑顔を向けて、ぐるりと周囲を見回す。
この黒い森は、ずいぶんと大きいようだ。迂回して城に向かうことは難しそうである。森に入らない、という選択肢はないらしい。
「ん……?」
ふと、森の入口に人影があることに気付いた。5人組だ。よーく見ればそれは、先にヴィオレに到着していたノゾムたちだった。
彼らもまた、ジャックたちに気付く。ジャックたちの後ろから、続々と上陸してくる他のプレイヤーたちにも気付いた。
「もう追いついてきやがった!」と眉をひそめるのはラルドだ。
ジャックは首をかしげつつ、ノゾムたちのもとに足を向けた。
「おいジャック、どこに行く?」
ジェイドが聞いてくる。ジャックはノゾムたちを指さした。ジェイドはノゾムたちに気付くと、怪訝な顔を浮かべた。
「何やってるんだ、あいつら。先に到着したのに」
「なぁ。どうやら、足を止めなきゃならない訳があるみたいだ」
ここは話を聞いておくべきだろ、とジャックは言う。どんな罠があるにせよ、事前情報はあるほうがいい。
ジェイドは無言でジャックを見て……肩をすくめた。
「素直に答えてもらえるといいな」




